疲れた俺、やってきた彼女
俺は疲れていた。もうこれで百連勤だった。入社した時六十キロだった体重は、今やJCより軽い三十キロ。毎日食べるのはインスタントラーメン。長時間のデスクワークで目は充血しきり、昨日はむせたら血痰が出た。入社する前は毎日のように見ていたアニメも、今は疲れて見る暇がない。そろそろ労働基準法違反で訴えようと思うのだが、電話をかけるのが面倒臭くてやっていない。
そんな俺だが、ある日ネットショッピングで面白そうなものを見つけた。生ハムの原木である。そんなもの買っても俺には生ハムを食って酒を飲んでいる暇などないのだが、しかし俺はそれに凄まじく惹きつけられて、気付けば購入ボタンを押していた。
俺はその二日後、二日ぶりにボロアパートに帰ってくるとドアの前に変な箱が置いてあることに気づいた。俺は箱を持ち上げ、思わず声を上げてひっくり返りそうになった。異様に重い……わけでもないのだろうが、今の俺の筋肉では到底持って運べそうにはなかった。地面に箱を下ろし、そこでようやく一昨日生ハムの原木を買った事を思い出した。
──もしかしたら、箱をここで開けて中身を出してからのほうが運びやすいかもしれない。
俺はそんなことを考え、その場でガムテープを剝がしだす。気づけば爪もボロボロになっていたようで、少しガムテープに爪をかけただけでささくれが出来た。俺は全力でガムテープを引っ張り、箱から引きはがした。俺は疲れた心にわずかな癒しを求めて、箱の中を覗き込む。
「ふにゅぁー……」
箱の中の物体が、気の抜けた声を上げた。
「え」
思わず声が出る。なぜなら、その物体は到底生ハムだとは思えなかったからだ。俺は驚く気力もなく、ただその場にへたり込んだ。その物体はガサゴソと音を立てて自ら動き、箱の中から転がり出て立ち上がった。
「せまい箱の中というのは、中々苦しいものですね……」
その物体は、少女の姿をしていた。しかも、人間離れした美貌の、薄桃色の髪の少女だった。まるで生ハムのような、鮮やかで美しいピンク色のドレスを纏った彼女は、足元にいる俺の存在に気づいたようで、俺に向かって花が咲くような笑みを浮かべた。
「貴方が私を召喚してくださった、山本昌一郎さんですね!私、昌一郎さんとお会いできて嬉しいです!」
彼女はかわいらしく、それでいて美しい声で、俺の名前を呼んだ。上司以外に名前を呼ばれるのは久しぶりだった。彼女はしゃがみこんで俺の手を取る。俺はより近くで、彼女の笑顔を見つめた。なんだかずっと見ていると、心の凍った部分が溶けていくような、優しい笑みだった。