第9話 強引な彼女
女傭兵アイニスの言葉を聞いて、私は眉を寄せる。
同時に彼女への警戒心を引き上げた。
(素性が知られている……なぜだ)
リュースは誰にも勇者のことを話していない。
顔もほとんど知られていないため、発覚するはずがないのだ。
情報屋のように耳が聡い者でも特定は難しいだろう。
(ひょっとして魔力の性質を感じ取れるのか?)
考えられるとすればその可能性だと思われた。
世の中には魔力感知に優れた者がいる。
中でも属性や性質まで区別できるような術者もいるらしい。
リュースは光魔術の適性を持っている。
光魔術はほとんど固有能力に等しいほど希少で、まず見かけることはなかった。
使い手はまず一般人ではないと断言できるほどだ。
アイニスがリュースの魔力を感知したのならば言い当てられたのも納得だった。
「僕が、その、勇者ですか?」
「誤魔化さなくていいよ。もう分かってるからね」
「……どうして分かったのですか」
「なんとなく。光って感じの魔力だからカマをかけてみたの。見事に引っかかってくれたね」
予想は当たっていた。
確証は持てていなかったアイニスは、言葉巧みに自白を促したのである。
それにリュースは……いや、私も含めてまんまと騙された。
素性を怪しまれることは今まで一切なかったので、どこか気の緩みがあったのだろう。
私は自責の念に駆られた。
その一方でアイニスの処遇について考える。
(目的次第では命を奪わなくてはならない)
勇者だと発覚すると、魔王軍の刺客が送られる恐れがあった。
今のリュースには早すぎる敵だ。
対決するにしても、もう少し成長してからだと考えていた。
アイニスに余計なことをされると困るのだ。
私と同じ考えだったらしきリュースは遠慮がちに頭を下げる。
「僕のことは、広めないでもらえると助かります」
「うん、いいよ。わたしが吹聴しても、どうせ誰も信じないだろうし。リュース君、勇者って感じじゃないから」
「……すみません」
リュースはまたも頭を下げた。
申し訳なさそうにすることはないというのに。
ここで反論の一つでもできれば立派なのだが、謝ることしかできないからリュースは弱いのだろう。
アイニスは苦笑いしながら手を叩くと、リュースの顔を覗き込んで尋ねる。
「それでさっきの話なんだけど、君はなぜ力を抑えているの? 本気を出せば、馬鹿にしてくる傭兵にだって負けないでしょ」
「僕はいつだって本気です」
「じゃあ精神的な制限があるみたいだね。無意識のうちに力を出し切れていないと思うよ」
アイニスがリュースの手を引いて歩き出す。
彼女は得意げな顔で笑った。
「付いてきて。鍛練に付き合ってあげる。一人より二人の方が効率的だよ」
「え、ちょっと……」
「ほら遠慮しないで。わたしも勇者を手伝えるなんて光栄なんだから」
抗議の言葉を流して、アイニスは宿屋から離れていく。
私は二人の後を静かに追うのであった。