第8話 女傭兵
リュースがひたすら剣を振っていると、その背中に声をかける者がいた。
「こんばんは。さっきは大丈夫だった?」
現れたのは革鎧を着た女だ。
年齢は二十代前半だろうか。
細身ながら華奢という印象は受けない。
しなやかな筋肉の持ち主である。
まるでどこかの令嬢のような顔立ちだが、纏う雰囲気は戦士のそれであった。
(強い。どこの人間だ?)
陰から観察する私は、現れた女を訝しむ。
一方でリュースも驚いていた。
素振りを中断すると、戸惑いを見せながら尋ねる。
「あ、あなたは?」
「わたしはアイニス。君と同じ傭兵よ」
「僕は、リュースです。よ、よろしくお願いします」
二人は握手を交わす。
女傭兵アイニスは柔和な笑みを浮かべていた。
リュースは照れながら目をそらしている。
私は舌打ちしたい気分を堪えた。
唇の端を噛みながら、両者のやり取りを見守る。
ここで手出ししてはいけない。
私は故郷の村でリュースの帰りを待っている設定なのだ。
絶対に姿を晒さないと決めていた。
見知らぬ女がリュースに近寄ったとしても、迂闊に殺してはならないのだ。
アイニスは宿の壁に寄りかかりながら苦笑する。
「随分と虐められてたわね。いつもあんな調子なの?」
「はい。なるべく顔を合わせないようにしていますが、見つかるとあんな風になります」
「ぶっ飛ばしちゃえばいいのに」
「ははは……それができたら苦労しませんよ」
リュースは悲しげに呟く。
さりげない動作で涙を拭ったのが見えた。
彼なりに悩んでいるのだ。
だからこそこうして地道な鍛練を繰り返している。
与えられた使命に応じようと努力していた。
そして、自らの苦労が報われていないことを、誰よりも痛感している。
しばらく黙っていたアイニスは、感情の読めない目付きでリュースを注視した。
敵意はないが、親愛とも違う。
探るような視線だった。
やがて彼女は質問をする。
「リュース君はどうして力を抑え込んでいるの」
「え?」
「弱いフリでしょ、それ」
アイニスが断言した。
その勢いを前に、リュースは言葉に迷いながら説明しようとする。
「えっと、僕は本当に弱くて……」
「光魔術を使う勇者なのに?」
「……ッ!?」
リュースは驚愕して後ずさる。
アイニスは無表情で首を傾げていた。
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