第7話 たゆまぬ努力
傭兵酒場の端の席。
漆黒の外套を纏って座る私は、掲示板の前で行われる諍いを傍観していた。
弟のリュースが双剣使いウィルクにからかわれている。
ちょうど肘打ちで殴り飛ばされたところだった。
鼻血を垂らすリュースは、情けない顔で呆然としている。
ウィルクとその仲間は、嘲りながら酒を頼み始めた。
そのままリュースを放置して宴会を進めていく。
彼らにとって弱者は玩具のようなものだ。
痛め付けて損害を踏み躙ることで楽しんでいる。
他の傭兵達も同様だった。
自分とは無関係な者が酷い目に遭う姿を眺めて酒を楽しんでいる。
取り残されたリュースは震えながら立ち上がると、そのまま逃げるように酒場を出て行った。
室内の傭兵達は一斉に大笑いする。
リュースを心底から馬鹿にしていた。
(ここにはクソしかいない。どいつもこいつもクソだ)
猛烈な殺意が膨れ上がるも、無闇に暴れたりはしない。
本気になれば、ここの連中など一瞬で肉塊にできる。
しかし、虐められるリュースにも原因があると思うのだ。
気弱な弟は常に怯えているように見える。
軽んじた態度を取られても言い返せず、ただ従順に従おうとしていた。
ようするに獲物にしやすい人間なのだ。
だからと言ってカモにするのは間違っているが、それでもリュースが弱いのは事実である。
私は傭兵酒場を出ると、リュースの後を追った。
彼が向かった先は安宿だ。
この街に宿泊する時はいつも使う施設である。
宿泊費の安さだけが売りで、他の点の劣悪さで名が知られていた。
傭兵としての稼ぎが少ないリュースは、日々の生活を妥協しなければ餓死しかねない環境なのだ。
傾きそうな宿の裏庭では、リュースが剣の素振りをしていた。
基礎の型を反復して練習を繰り返している。
「うぅ……くそ、なんで僕ばかり……」
泣き言を洩らしながら鍛練を重ねる姿は情けない。
しかし、それが現在のリュースである。
何も間違っていなかった。
彼の状態を端的に表しているのだった。
私は弟の努力を静かに見守る。
リュースの剣術は拙い。
勇者になった当初は王城で基礎訓練を施されていたが、早々に旅へと押し出されたのだ。
そのため純粋な力量は一兵卒にも及ばない。
リュースが早期に出立したのは、単独行動による魔王暗殺が表向きの理由だった。
無論、実際は違う。
国はリュースの弱さを失望して追い出したのだ。
だから一切の援助も得られず、動向すらも把握されていない。
誰からも期待されない弱虫勇者。
それがリュースだった。
向けられる失望を知らずに、彼は今日も素振りに精を出している。