第3話 勇者の影
場に恐怖が満ちていく。
それに耐え切れなくなった二人の盗賊が私に跳びかかってきた。
「う、うおわああぁぁっ」
情けない動きから剣を振るってくる。
私は刃を指で挟んで止めてへし折ると、折れた刃を別の盗賊の片目に刺した。
悶絶するその男の首を掴んで振り回して、折れた剣を持って狼狽える者に衝突させる。
一緒になった転がった二人の盗賊は、首があらぬ方向に曲がって死んでいた。
それを目の当たりにした残りの者達が余計に怯え出す。
先ほどまで調子に乗っていたというのに、劣勢になった途端にこれだ。
その態度が私の神経をさらに逆撫でしてくる。
「喚くな。勇者に喧嘩を売ったんだ。覚悟はとっくにできてんだろ?」
死体を踏み越えて近付くと、盗賊達は露骨に後ずさった。
そして、私の言葉に驚いてざわめく。
「勇者だと!?」
「まさか、伝説の光魔術の使い手の……っ!」
こんな奴らでもさすがに勇者の名は知っているらしい。
まあ、常識とも言えるほどに有名なのだ。
噂や御伽噺くらいは誰でも聞いたことがある。
勇者――それは世界を救う最強の英雄を示す称号だ。
あらゆる時代で一人だけ存在し、固有の光魔術の習得を覚醒の合図とする。
基本的に血筋や種族は一切関係なく、唐突に出現すると言われており、今代の勇者が弟であるリュースだった。
元は平凡な村人だったリュースは、魔王討伐の宿命を背負わされたのである。
(それを支えるのが私の役目だ)
拳に集めた魔力が闇に変換されて、前腕部を漆黒色に覆い尽くしていく。
艶の無い表面は霧のように揺れ動きながら、独特の禍々しさを醸し出していた。
左右の拳を打ち合わせると、力が際限なく漲ってくる。
姉の私は勇者ではない。
宿命も何もないただの人間だ。
しかし、闇魔術の適性を持っている。
光魔術を習得した弟とは正反対の属性だ。
なんとも皮肉な話であるが、私はこれを気に入っていた。
全身を循環する闇の魔力は肉体を強化する。
可視化された両拳の闇は、絶大な破壊力を秘めていた。
何も小細工を施す必要もない。
鍛え上げた体術と闇魔術を組み合わせれば、私は最強になれる。
「クソ野郎どもが。まとめてぶち飛ばしてやる」
私は殺気を全開にしながら踏み出す。
死を予感する盗賊達を前に、獰猛な笑みを覗かせた。