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獣ヶ森でスローライフ  作者: ふーろう/風楼
第三章 イチゴジャム、ソーセージ、缶詰、そして兵糧丸

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獣ヶ森のあの木の名前は


 それからしばらくして、御衣縫さん達は挨拶も終わったことだからと帰っていった。

 缶詰キットやソーセージキットが届いたら一緒に作ろうと約束して、また他にも何か作ることがあれば呼んで欲しいなんて話もして……。


 そうして御衣縫さん達の見送りを終えた俺は、居間の入り口に立ちながらちゃぶ台の上に残された干し本シメジをじっと見つめて……いつまでも見つめ続けて、そのまま動けないでいると、さっさと自分の席に戻ってお茶をすすっていたテチさんが声をかけてくる。


「そんなキノコくらいで大袈裟過ぎないか?

 確かに美味いものだとは思うが、採ろうと思えばいくらでも採れるありふれたキノコだろうに」


 その言葉に俺は唖然としながら言葉を返す。


「いや、うん、少なくとも門の向こうではそんなことはないんだよ。

 ものにもよるけど3本4本で2000円とか、もっとすることもあるし……とても珍しい高級品……のはずなんだけどなぁ」


「そうは言ってもな、ここでは極々当たり前のキノコだぞ?」


「そうそう、オレも良く食べてるよ! そのキノコ!」


 俺の言葉に対し、テチさんとコン君がそんなことを言ってきて……それを受けて俺は御衣縫さんがもってきてくれたもう一つのお近付きの印、サクラマスの干物に視線をやりながら、席に戻り……そうしてからテチさんに視線を向けて、口を開く。


「前にもなんかそんな話を聞いたけど……サクラマスは大きいし、イノシシも大きいしたくさん獲れるし、畑の栗も凄く高級品として扱われているそうだし……。

 この森の力って思っていた以上になんか、凄いよね?」


 するとテチさんとコン君は同時にお互いを見やり、首を傾げ……そうしてからテチさんが代表する形で言葉を返してくる。


「さぁなぁ。

 大きいとか珍しいとか言われてはいるが、ここでは普通のことだしな……栗にしたってコン達が丁寧に世話をした結果とも言える訳だし……。

 まぁ、前も説明した通り、全てを話せる訳じゃぁないし、機密の部分もあるんだ。

 ……ま、あの木々のおかげで色々なことが良い結果になっているということはあるかもしれないな。」


「な、なるほど……。

 確かにあんなにも大きな木……門の向こうでは見たことなかったしなぁ。

 あれの種とか苗木とかを向こうに持っていったら、向こうも空気が綺麗になったり……するのかな?」


 実際そうしようと思った訳ではなく、ただただ純粋な疑問として俺がそう言うと、テチさんはなんとも言えない表情をしてから、俺の疑問に対する答えを口にする。


「そもそもだ、あの木々は別に獣ヶ森の固有種、という訳じゃないんだぞ?

 昔はあちこちに……それこそ日本中に存在していたそうだからな。

 存在していたのだが枯れてしまって、たまたま獣ヶ森だけに残ったというだけの話で……種やら苗木なんかを持っていっても、また枯らしてしまうだけなんじゃないか?

 ……まぁ、あの木の種は毎年秋になれば山程採れるし、少しくらい持ち出しても問題は無いんだろうがな。

 ……いや、そう言えば確か、毎年いくらかの種をあっちの政府に渡してるなんて話もあったような……? ん? これは機密になるんだったか……?」


 と、そんな説明を受けて俺は「なるほど」と小さくつぶやき……深く考え込む。


 政府に渡しているってことは、政府はあの木のことを……空気を綺麗にする力のことを把握しているのだろう。

 だが向こうではそんな木のことなんて見たことも聞いたこともない、都市伝説的な噂すらも存在していない。


 だけども状況から見ても、あの木がなんらかの力を持っているのは明白で、少なくとも俺が空気が変わったと感じるような何かがあるのは確実で……。


 この辺りの自治区が一体どうして存在しているのか、どうして日本に取り込まれていないのか……どうしてダムやら何やら作るにも維持するにも金のかかる色々な設備があり、御大層な門や壁なんてものまで作って、侵入者を防ぐ形で守っているのか……。


 ……テチさんが機密として教えてくれない、その答えがなんとなく見えてきた気がする。


 仮にあの木に空気を綺麗にしたり、周囲の作物や動物を大きく育てたりする力があったなら……エコや食糧増産などの目的での有効活用が出来るはずだ。


 本シメジの量産とか、松茸も量産出来るなら経済的な意味もあるんだろうし……もし仮にそこまでのことが可能なら、日本どころか世界にまで影響を及ぼしそうな大きな話になってきそうだ。


 そうした価値が、可能性があるから政府はここを後生大事に守っていて、ダムなどのインフラ支援をしていて、スーパーなどに並んでいる向こう側で作られた品々を輸出もしていて……その代わりにあの木の種を受け取り、何処かで研究しているのだろう。


 だけれどもその成果は出ていなくて、何年経ってもあの木が存在しているのはここだけで……あの木々がある限り、獣ヶ森は一種の聖域であり続けるのかもしれない。


 俺達が入り込んだという禁域とやらもそこにあるとんでもない毒キノコとやらも、あの木々の力があってのことかもしれないなぁ。


「……ところでテチさん、あの木って何か名前があったりするの?

 品種っていうか……昔から伝わっている名前っていうか」


 考えに考え込んで……ふとあの木ってなんて名前なんだろうと、そんなことを思ってその疑問をそのまま口にすると、テチさんは何でも無さそうな態度でさらっと答えを返してくる。


「ああ、老人達は扶桑ふそうとか神籬ひもろぎと呼んでいるな。

 どっちが正式名称かは知らないが……まぁ、どっちでも好きな方で呼べば良いんじゃないか?」


 扶桑、神籬。

 なんとなくのイメージでその言葉を知っていても、はっきりとしたことを知らない俺はすぐさまにスマホを取り出し、その二つの単語を検索にかける。


 扶桑。

 そこから太陽が昇るとされた伝説の巨木、太陽が毎朝若々しく再生してくるということから生命の樹とされている。


 神籬。

 神の依代。『ひ』は神霊、『もろ』はあもる、天下る、天から下る、『ぎ』は木。


 ああ、うん……なるほど……なるほど??


 扶桑伝説が先にあって、そこからあやかって扶桑と名付けられたのか。

 それとも……あの木こそが伝説の扶桑なのか。


 もう少しだけ詳しく調べてみると、扶桑の説明には不老不死がどうのなんて項目まであって……扶桑の木があれば太陽のように若返ることも出来るなんてことまでが書かれている。


 そんな説明をさらっと読んだ俺は……このことについては深く考えるべきでもないし、調べるべきでもなさそうだと結論付けて、開いたページを閉じて履歴をしっかりと消した上で……何もかも知らない振りをして、座布団の上に腰掛けて……何も考えないようにしながら、お茶をすすり、その味と香りに全意識を集中させるのだった。


お読み頂きありがとうございました。

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[良い点] 扶桑か 世界樹みたいなもんか 高天原?
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