色々なジャムの話
明日甘夏のマーマレードを作ると決まって俺は台所で、少し前に買っておいた蓋付き密閉瓶の準備をしていた。
使う前に煮沸するのだけども、改めて洗って乾かしてしっかり並べて。
そうやって並べるとお高い瓶だけあって中々立派な光景となってくれて……その光景を見やりながらうんうんと頷く。
するとそんな俺の様子を見てかテチさんが側へとやってきて……その光景を眺めてなんとも言えない表情をする。
「実椋的にこの光景は、そんな風に満足そうにする光景という訳か……」
更にそんな事を言ってきて、俺は笑顔を浮かべながら言葉を返す。
「そうだね、いい道具を買い揃える事ができて、そしてそれを使うことが出来る。
趣味としてこんなに嬉しいことは他に無いと思うよ。
後は明日のマーマレード作りが上手くいって……カビることなく長期保存できたなら最高だね」
「ふーむ……。
そう言えばジャムに保存食というイメージは無かったんだが、本当に長期保存なんてことが出来るものなのか?」
「他の保存食よりもカビやすいし、気をつけなきゃいけないことは多いけど、勿論出来るよ。
まずはしっかり熱して調理すること、砂糖をしっかり入れること、保存容器を煮沸してから使うこと、しっかりと脱気をしておくこと、そして出来上がったものを冷蔵庫に入れておくこと。
これらを守っていれば長期間でも保存出来るよ」
「ふむ……今言った脱気というのはどういうものなんだ?」
「えーっとね、熱々の状態のジャムを冷ますことなく瓶の中に入れるとか瓶ごと煮るかすると、その熱で瓶の中の空気が膨張するんだよ。
膨張している状態で瓶の蓋を一瞬の間に少しだけ、ほんの少しだけ開けてやると、シュッて音がして空気が抜けるんだ。
後はしっかり蓋をしておけばそれで脱気は完了、ちゃんとした密閉瓶じゃないと出来ないことだね。
脱気をしたからって中が真空状態になる訳じゃないんだろうけど、それでも空気が減って脱気状態になって、カビにくくなるって訳だね。
後は砂糖を多くするとか、カビにくい食材を使うことで更にカビる確率を下げる事ができるね。
砂糖たっぷりの梅ジャムとかなら2年とか3年でも余裕で保つんじゃないかな?」
砂糖を多くしたらカビにくくはなるけども、その分だけ甘くなってしまって……甘すぎてしまって、美味しくなくなるという問題があったりする。
長期保存が出来る上に丁度良い甘さで美味しい……そんな割合を見つける事ができたならジャム作りの達人という訳だ。
勿論鍋の側から離れないようにして焦げ付かないようにするとか、そういう基本的なことも忘れてはいけない。
……と、そんな事を考えながらカセットコンロを棚から取り出していると、テチさんがこくりと首を傾げる。
「……なんでそんなものを取り出したんだ?
コンロなら台所に立派なものがあるじゃないか」
その言葉に俺はカセットのガス残量を確かめたりしながら、言葉を返す。
「うん、勿論そこのコンロも使うよ。
最初はそこでやって……ある程度煮詰まったら居間に移動してこれを使って煮詰めるんだよ。
大量のジャム作りはとにかく時間がかかるんだ、その上焦げ付かないようにって定期的に木べらでかき混ぜなきゃいけなくてね。
それを台所で、何もしないでやり続けるっていうのは中々大変っていうか、暇でしょうがないから、居間のちゃぶ台でテレビを見ながらやるって訳さ。
カセットコンロもジャム作りには必須と言って良いほどの重要アイテムだね」
何もない台所で立ちながら木べらでかき混ぜるのと、居間で座りながらテレビを見ながら木べらでかき混ぜるの、どっちが楽か。
それはわざわざ説明するまでもない程に明白で……テチさんは俺の言葉に「なるほど」と納得してくれる。
「火力を強くしちゃうと焦げちゃうし、味も落ちちゃうからね、ジャム作りは丁度良い火力でじっくり丁寧に……ドラマとか映画でも見ながらやるのが一番だよ。
そう言えば曾祖父ちゃんも畑で子供達の面倒を見ながら保存食作りをしていたんだっけ?
それと似たようなものと思ってくれていいと思うよ」
「ふーむ……なるほどな。
ちなみに苺と梅と甘夏以外だと、どんなジャムを作ったことがあるんだ?」
俺の言葉にテチさんがそう返してきて……俺はなんとなしに台所の天井を見上げながら今までどんなジャムを作ってきたかを思い出していく。
「苺とか以外だとー……ブルーベリーとラズベリー、桃、オレンジに杏……ああ、後リンゴとナシも作ったかな。
ベリー系はそうでもないんだけど、リンゴとナシは品種によってジャムの味が大きく変わるから面白いんだよね。
ジャムにして美味しい品種もあれば美味しくない品種もある。
ちなみにナシのジャムは科学的にはどうかは分からないけど、熱を下げて喉の痛みを取るからって薬膳扱いされたりもしているね。
ジャムを舐めるだけなら体調の悪い時でもいけるだろうし、糖分も取れるし、悪くはないだろうね」
「ふむ……まぁ、確かに体調が悪くて食欲が無くてもジャムを舐めるくらいは出来るか。
そういうことならジャムの作り置きも、ただの趣味以上の意味もある訳か。
作り過ぎなければ冷蔵庫の片隅に瓶が一つか二つあるくらい、なんでもないだろうしな」
そんなテチさんの言葉を受けて、俺は遠い目をする。
そう作りすぎなければ問題無い、問題無いのだ……。
一人暮らしでそこまでパンを食べないのに何瓶も作ったりしなければ、一人暮らし用のそこまで大きくない冷蔵庫を無駄に圧迫することも無いのだ。
苺に梅にブルーベリーにリンゴにナシに、いくつかの柑橘のマーマレードに。
一人暮らしでそんなに作って一体どうするつもりだったのか……一人暮らし時代の冷蔵庫の光景を思い出す。
結局あれらは食べきることが出来ず、密閉瓶ごと同僚に譲ってしまって、味の感想も聞けないままで……。
あんな失敗は二度としないぞと、そんなことを考えた俺は……視線を戻して、不思議そうな顔をしているテチさんと、居間でゴロゴロとしているコン君を見て、まぁ、ここでならそんな失敗はしなくてすむだろうなとそんなことを思う。
テチさんとその家族、コン君とその家族。
畑で働く子供達とその家族。
ジャムを食べてくれるだろう、貰ってくれるだろうって人達が、数え切れない程にいるのだから。
そんな事を考えて俺は……遠い目をしたりしている俺を見て何事だろうかと不思議そうにしているテチさんに、にかっと笑顔を向けて……「明日が楽しみだね」と、そんな言葉を投げかけるのだった。
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