矢之羽
御衣縫さんが預かった女の子、ヤノハちゃんは順調に健康体を取り戻していった。
体の状態があまりにもひどいからと、栄養多めの点滴がされることになり、それが良かったのか髪の毛や肌が艶を取り戻していって、じわじわとだけども体重も増えていった。
同時に身長も伸び始めたようで……御衣縫さんが言うには、夜にはあまりの成長速度だからか、ギシギシと骨が軋む音まで聞こえてくるらしい。
……なんだって急にそんなに元気になったのか? は、謎のまま、意識も戻らないまま三日ほどが経って、そうして診療所の医者が診に来てくれるとなって、無関係ではない俺達もその場にお邪魔することになった。
三日振りに会ったヤノハちゃんは、以前とは見違える程に生気に満ちていて……けぇ子さんや看護師さんがよく世話をしてくれているのだろう、編み込まれた髪はツヤツヤと光を放っている程だった。
寝息は力強く、寝返りもしているようで……よく動くのか寝相は悪いようだ。
そんなヤノハちゃんを診に来てくれたのは、ウサギ耳の医者で……まず何から始めるのかと緊張半分、興味半分で眺めていると、両手でもって頭を鷲掴みにして、マッサージをし始めた。
本当によく見る頭皮マッサージのように両手の指でグイグイと頭皮を揉んでいって……頭皮全体を揉み終えたらある箇所を重点的にマッサージし始め、なんだってまたいきなり頭皮マッサージを始めたのだろうと首を傾げていると、振り返った医者……耳と同じ白色の長い髪を揺らした、30後半くらいの女性が口を開く。
「この子、獣人だぞ」
「え?!」
俺が思わず声を上げ、足元にいたコン君とさよりちゃんはベッドに駆け寄り、ベッドをよじ登り、枕元に立ってヤノハちゃんをじっと見つめる。
そして由貴を抱っこしているテチさんは、半目となって医者を見やり……そんな視線を受けた彼女は肩をすくめながら言葉を続ける。
「獣人の中にも耳や尻尾がない者が稀にだがいるとは聞いているだろう?
そこにいる御衣縫さんと逆のパターンみたいなもので、外見上はただの人間でしかないんだが……体内の構造は獣人そのもので、人間とは程遠い造りになっているんだ。
つまりこの子の頭……頭蓋骨やその内部は、完全に獣人のものとなっていて、具体的には頭の上の耳のための空洞なんかがしっかりとあるんだ。
頭皮で覆われてしまってはいるが、手で押してやればそれがハッキリと分かる。
もちろん血液検査などをしてやっても良いが、そこまでするまでもなく100%間違いなくこの子は獣人だろう。
……で、獣人であることが体調不良の原因ではないと思う、獣ヶ森に来たことで体調が回復した理由も謎だが……仮説はある。
……これから色々と検査をしてみて、その結果でハッキリすると思うが、毒でも盛られていたんじゃないか?
人間なら即死するような毒だったが、獣人だったことでどうにか耐えることが出来た……で、毒を持っていた何者かと距離を取ったことで毒が抜けて回復しつつある、という感じだろう」
そう言われて……俺は何と返したものかと困ってしまう。
毒なんてありえない……とは言い切れない、特別な家の子で、獣人という特別な立場の子で、しかも家族から捨てられているような状況にもあって……常識どうこうで判断出来るような状況にはない。
「えっと、何の獣人なの? なんか犬っぽい顔してるけど」
するとコン君がそう声を上げて、女医さんが腕を組んでから唸り声を上げて……それから言葉を返す。
「なら犬なのかもしれないな。
獣人の子供の直感は侮れないからなぁ……君がそう思うのなら、その可能性が高い。
……犬の獣人がなんだって外にって疑問にも、色々な仮説がある。
政府関係者ならあのホテル周辺にやってきた際に誘拐なんてことも出来るんだろうし……先祖還りってこともある。
大昔は当たり前に混血していたそうだからな、今の総理って確か、先祖が華族か何かだっただろう? そうなるとその時に混血した血筋が、何かの要因で濃くなったとかなんとかで、先祖還りを起こしたとかなんじゃないか?
子供なのに人間な姿をしているのも……恐らくは先祖返りの影響だろう、あるいは獣人としての血が薄すぎるとかかもしれないな。
まぁ、この子の生まれについての調査は私の専門外だ、警察とかに調べてもらうと良い」
と、そう言ってから女医さんはあれこれと器具を出し始め……検査のためなのだろう、血液やら髪の毛やら、爪やらの採取をし始める。
なんだってそこまで? と、一瞬思うが……毒物を検査するとなると、必要になってくるのだろう。
あとでオムツも回収すると言っているから、かなりの範囲での検査をしてくれるようだ。
そんな検体採取が一通り済んだ時だった。
ヤノハちゃんの瞼がゆっくりと開いた。
すぐさまコン君とさよりちゃんが反応して覗き込み、ヤノハちゃんは眼の前のリス獣人とじっと見つめあうことになり、
「……わぁ」
と、弱々しいながら嬉しそうな声を上げてから、またすぐに目を閉じて寝息を立て始める。
そしてそんな様子を見た女医さんは、耳をピンと立ててヤノハちゃんを観察し……それから声を上げる。
「……本音を言えばいますぐ入院して欲しいんだが、戸籍上は人間となっているこの子を、勝手に入院させるのは問題になるんだろうなぁ。
……まぁ、現状生命の危機ではないように見えるから、このままでも問題はないか。
それと点滴は完全に獣人用のものに切り替えた方が良い、人間用のものではどう考えてもカロリーが足りない。
……体が弱っていた理由の一つがカロリー不足、栄養不足なのだろう。
意識が戻って食事が可能になったら、介護用のハイカロリーゼリーを食べさせてやるように。
もちろんこっちにも連絡してくれ、問診などやりたいことが山のようにあるからな。
それと……出来るだけ目を離さないように、この調子ならいつ目覚めて動き出してもおかしくないからな。
いきなり知らない土地に、知らない光景……知らない獣人達に囲まれていると知ったらパニックになってしまうだろうから、その際のフォローを忘れないように」
と、そう言われて御衣縫さんとけぇ子さんが頷き……泊まり込みで世話をしてくれているらしい看護師さんもこくりと頷く。
俺とテチさんも出来るだけ顔を出そうかと頷き合い……そしてコン君達も頷き合う。
それからコン君達はそっとヤノハちゃんの頭を撫でてやり……それを感じ取ったのかヤノハちゃんは嬉しそうに微笑みながら、寝息を立て続けるのだった。
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