呪いの子
「……呪い? 呪い?? そ、そんなものどうしろってんだい」
干蛸を土産に、御衣縫さんの神社に向かって話をすると、そんな言葉が返ってきた。
御衣縫さんにも呪い云々に心当たりはないっぽいなぁ、これ。
「あ、やっぱりそんな感じですか。
……俺としても呪いなんて言われてもって感じなんですが、今回は相手が相手なんですよねぇ」
と、俺が返すと、神社の横脇にある縁側のようになっている廊下に腰を下ろした御衣縫さんも渋い顔をし……それから言葉を返してくる。
「確かに相手が相手ではあるがなぁ……どうしたもんかね。
その子を迎え入れて世話してやるくらいはなんでもねぇよ? だけどなぁ、治せるとは思えねぇんだよな。
まぁ、扶桑の木の下で暮せば何か良い効果があるかもしれんが……」
「そうなりますよねぇ……。
まぁ、仕方ないか……ならその通り、正直に伝えようと思います。
もしそれでその子がやってくることになったら、お手数ですがお世話をお願いします。
恐らくですけど、相応の謝礼があるはずなので」
「あぁ、構わねぇよ。
……弱った子なんだったな、なら診療所に頼んで点滴やら何やら、必要なもん揃えてもらうとするかね」
「……そこら辺も、あっちで用意してくれそうですけど、こちらでも準備するに越したことはなさそうですね」
そういうことになり、早速花応院さんに連絡してみると……無駄とは分かっていながらもそれでもお願いしたいと、縋るような言葉が返ってきた。
余程にひどい状況なのだろう、こちらの返事を待っている時間もないとばかりに既に麓の病院に移動しているそうで、そこで必要な検査やらも進んでいるらしい。
そして近々やってくるとかで……御衣縫さん側の準備も急ピッチで進むことになった。
そうして数日後……以前テチさんの検査をしてくれたあの車でその子がやってきて、御衣縫さんの神社の一室に用意された、診療所から持ってきたらしい医療ベッドに運ばれることになった。
点滴を腕に繋いだその子は、一緒にやってきた医療スタッフによると10歳の女の子とのことだったが……体重はどれくらいなのか、20kgもないような細すぎる体をしていた。
長い髪はボサボサで肌もカサカサ……点滴を受けているはずなのに、何だってこんな状態になってしまうのか、病気にしては本人が苦しむでもなく静かに寝ているのがなんとも奇妙だ。
と、言うか、こんな状態で人は生きていけるものなのだろうか? こんな状態かつ現代医療で原因不明となったら、確かに呪いどうこうと言い出したくなるのも分かる話だ。
そんな子を前にして御衣縫さんと俺がどうしたものかなと頭を悩ませていると……御衣縫さんのことを興味深げに眺めていた医療スタッフ達が、帰還の準備をし始める。
「え? 一緒にいないんですか?」
思わずそんな言葉が漏れる、だけども医療スタッフが反応することはない。
獣ヶ森に人が入っていけないというのは、検疫的な意味もあるが、あくまで法律的な理由がメインで……たとえば以前行ったホテル周辺なんかでは、外交などなどで度々外の人が訪れている。
つまり政府の許可さえあれば彼らだっていくらでも滞在出来るはずなのだけども……何も言わず反応せず、淡々と片付けるものを片付けて一礼だけして、運んで来た車に乗って帰っていってしまう。
……仮に呪いがなんとかなったとして、この子をどうするつもりなのか……。
「姥捨山ならぬ子捨山かねぇ」
と、御衣縫さん。
「……い、いや、治ることを期待して、縋ってきていたはずですし、まさかそんな……」
と、俺が返すと御衣縫さんはいつになく重い声で淡々と語る。
「僅かな希望があるここに預けた。
預けて……きっと回復しているはず、元気にしているはず、幸せにしているはずと思いこめば心がいくらか軽くなる。
こんな状態じゃぁ世話をするにも大変で、金だってかかるはずで、そのせいで心も体も限界となれば……こういうことをしてもおかしくはねぇだろうな。
きっと大丈夫、きっと幸せにしているはずと、そう思い込みながら他の子を大切にしていくんじゃねぇかな。
何しろここは獣ヶ森、会いたくても会いに行けない閉鎖空間で……見ない振りをするにはちょうど良い場所って訳だなぁ」
……子供のいる身としては悲しいやら腹立たしいやら、やるせないやら。
この子の親を責めたいような、同情したいような、なんとも言えない気分になってしまう。
そうやって男二人が棒立ちになっていると、御衣縫さんの奥さんのけぇ子さんと、診療所の看護師さんがやってきて……どう世話をしていくのかの確認のために、その子に話しかけながら、状態を確認していく。
そんな様子を見ながら俺は、一応念の為にと持ってきた扶桑の種を取り出し、御衣縫さんに手渡し……御衣縫さんは無言でそれを受け取り、どうしたものかと眺め始める。
そして……看護師さんが元々していた点滴を外し、こちらで用意した点滴を付け直したその時だった。
完全に意識がなく、かすかな寝息だけを立てていたその子の体がわずかに動く。
「ん!?」
思わず声を上げる御衣縫さん、俺も驚き目を丸くしていると、弱々しかった寝息が段々と力強いものに変わっていく。
「……え? なんかやばいものでも入っているんですか? その点滴??」
俺がそう問いかけると、ウサギ耳の女性の看護師さんは、
「いえ、ただの輸液ですけど……」
と、返してくる。
「……成分を確認しても?」
「はい、どうぞ」
本当にただの輸液なのか気になって、そう問いかけた俺は、その子に近付き……点滴パックの表面に張ってあった成分表をじぃっと見やる。
あ、だめだ、全然分からない。
ブドウ糖とかは分かるけども、なんだか知らない単語がずらりと並んでいる。
うぅーむ……これは一般的な内容なのだろうか……どこの会社が作ったものかなと見てみると、獣ヶ森製薬工場の文字。
「……獣ヶ森産の輸液、だから効果があった??
え? そんなことあります??」
と、俺の声に答えが返ってくることはなく……看護師さんは脈を取ったり熱を測ったりと大忙し、けぇ子さんはこの調子なら回復してくれるはずだから、色々必要そうなものを買ってきますと、駐車場の方へと駆けていく。
そして御衣縫さんは……、
「ま、様子見だな、様子見、これなら突然死とかにはならんだろ、多分」
と、そう言ってから受け取った扶桑の種をその子の枕元に置いて……それからのたのたと歩いて部屋から出ていき、俺に一緒に来いと仕草で合図をしてから、神社内の休憩室へと足を向けるのだった。
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