熟成肉
トーストメインのご機嫌な朝食を終えて歯磨きやら家事などを終えて……あと少しでお昼という休憩タイム。
いつものようにコン君とさよりちゃんと、それとフキちゃんまでが一緒になって駆け込んでくる。
いつものように手洗いうがいを済ませてから居間へとやってきて……そして真っ先にフキちゃんが声を上げる。
「熟成肉ってどうッスかね!!」
何故だかいつも以上に勢いよく、元気いっぱいの声で……俺は首を傾げながら言葉を返す。
「それは食べたいってこと? 作りたいってこと?
食べる方は……個人的にはそこまで好みではないかな、いや、悪くはないと思うんだけどね。
……そして作るというのなら、衛生環境と専用冷蔵庫があるだろう長森牧場なら出来るんじゃないかな?」
「あーあーあー、まぁ、そうなんでスけど……簡単に出来ると思います?
それと儲かると思います?」
「ん? んー……厳しんじゃないかなぁ。
美味しくなるのは確かなんだけど、硬くなるし新鮮さなは失われるしで好みが分かれるんだよね。
それと硬くなった外側を結構な量、トリミングしなきゃいけないのも良くないかな……それだけ多く肉を廃棄する訳だからね。
元々旨味たっぷり美味しいお肉を扱っている長森牧場でやることではないかなぁと思うよ。
せっかく新鮮で美味しいお肉が近場で手に入るのに、なんでわざわざ……という感じだね。
安くてそれなりのお肉を美味しくするには良い手法だと思うけど、それも俺好みではないかなぁ。
……まぁ、しっかり衛生管理してやるなら試す価値はあると思うよ」
「えー? まいったなー?
うちのお肉はそのままで美味しいからいらない感じですかー?
……そっかぁ、テレビで見て流行ってるならと思ったけど、いらない感じですか。
ん~~~~、おじいちゃんの言う通りだったなぁ」
「長年牧場を経営してきた長森さんなら、いくらでもお肉を美味しく出来る技術と知識があるだろうからね……そこら辺に関しては任せて良いんじゃないかな。
あとは赤字経営とかじゃないなら無理にあれこれと手を伸ばさずに、堅実に経営していくことも大事なことだよ。
……本当に熟成肉をやるなら、やっぱりそれ相応の機材投資は必要だから、儲かるのは結構先になると思うよ」
そう俺が返すとフキちゃんは、うんうんと頷いて……納得したのか大きく頷き、それ以上問いを投げかけるのをやめてくる。
「まぁうん、色々と考えて試そうとするのは悪くないと思うし、こうやって誰かに相談するというのは凄く良いことだから、これからも懲りずに続けてみると良いよ。
……特に相談はするように、俺相手じゃなくても良いからするように」
相談して必ずしも良い答えが返ってくるとは限らないが、相談するというその作業自体が考えをまとめる良い機会になるし、一旦冷静になることも出来る。
とにかくその冷静になるというのが大事で……フキちゃんはまっすぐな、時には暴走してしまいそうな性格でもあるから、特に気をつけるべきだろう。
「にーちゃん、熟成肉って前に作ったパンチェッタとかとは違う感じ?
あれも熟成させてたよね??」
話が終わったタイミングを見てか、コン君がそんな声を上げてくる。
「パンチェッタは塩とハーブを使うから別物だね。
安全性的にも塩とハーブを使う分、安全かつ管理が簡単だね。
……美味しさは、好みにもよるかな。
ただやっぱり塩とハーブを使わないか、使っても少量だから安全性が気になるんだよね」
俺がそう返すとコン君はもじもじとしながら言葉を返してくる。
「……そっかー、俺パンチェッタ好きだから熟成肉も良さそうだなーって」
「ん~~、うちで作るなら専用機材買わないとかな。
既にある冷蔵庫とかは中に結構ものが入っているし……腐る可能性が高い方法だから、他への悪影響も考えると今あるのでは出来ないんだよね」
「そっかー……えっと、熟成肉の専用冷蔵庫って感じ?」
「そうだね、それか家庭用のワインセラーかな。
あれって温度湿度管理が出来て、その上扉がガラス張りだから中の様子の確認が楽なんだよね。
まぁまぁお高くはあるけど本格的なものに比べればお安いし、それこそパンチェッタ他にも使えるから悪くはないかもね。
……もしやるなら今から注文だけど、決して安くはないからなぁ……買うとしても畑の収穫が終わって収入が入ったら、かな。
それか何か臨時収入でもあれば考えるけど……」
実際ワインセラーを買おうかという考えは前々からあったのだけど……密閉してくれるとか、品質にこだわると個人用とは言え、それなりのお値段になってしまう。
財政的に買うことは全く問題ないというか余裕まであるのだけど、流石に肉やらの熟成のためにそれは無駄遣いと言えるだろう。
コスパが悪いどころではない……常に使うものでもないし、他の何かには使えなくなるしで問題だ。
それなりに収入が増えてきたからと言って許されるものでもないだろう。
と、そこでテチさんが言葉を挟んでくる。
「ワインが飲めるのなら悪くないが、肉のためだけと言うのは賛成出来ないな。
ワインが飲めるのは歓迎だが……そろそろ良くないか? ワイン。
いや、ビールでも良いけど、そろそろ良いんじゃないか??」
……いけない、忘れていた。
もう授乳もしていないのだから、お酒を解禁しても良い訳か。
すっかり忘れていたと言うか、俺があまり飲まない方だから気にしていなかったけどテチさんにとっては待望だった訳か。
「……あー、じゃぁ、そうだね。
せっかくだから美味しくワインやビールが楽しめるように、夏のバーベキュー大会でもしようか。
長森さんに手伝ってもらって試食用熟成肉を作ってもらって……パンチェッタ他、バーベキュー向きのも色々用意しようか。
ワインセラーどうこうはそれから考えても遅くないし……うん、そうしよう。
それと今晩はフキちゃんに頼んで良い肉を用意してもらってのステーキにしようか……バーベキュー開催するにしても当分は先だろうから、ステーキとビール、またはステーキとワインで一つ勘弁してください」
完全降伏モードで俺がそう言うとテチさんはニッコリと、嫌味のない笑みを浮かべてくれて……どうやら許されたらしい俺は深く重い、安堵のため息を吐き出すのだった。
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