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獣ヶ森でスローライフ  作者: ふーろう/風楼
第十二章

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がんばる


 焼きソバを皆で食べて……満足するまで食べて、小休憩の後の何度かの練習が終わって、棒を上手に扱えるようになったら実戦……ではなく木登り練習の開始だ。


 由貴は素手なら上手な木登りが可能だ、どこまでも高く走りながら登ることが出来るけども……棒を持ちながらだと話が変わってくる。


 更に地面の上でいくら上手に棒を振るえても、木の枝の上では別世界ってくらいに大変なはずで……まずはその辺りの練習をする必要がある。


 木登りをしての棒となるとテチさんが先導をするのは難しく、コン君達の出番となる。


 コン君とさよりちゃんと、畑に来ていた子供達全員が木に登って由貴を手伝えるように陣取り、俺とテチさんは木の下でいつでも動けるように待機。


 そして由貴は棒を片手で持った状態で木を登り始め……片手を使えないことと、棒という重りがあることでかなり不格好にはなったが、それでもしっかりと登っていく。


 登るうちにだんだんと片手での木登りに慣れていき、棒という重りの扱いにも慣れていき……コン君達が待っている、一番太く安定した枝に到着する頃には、すっかりと棒を持っての木登りをマスターしていた。


 だけども本番はこれから……今度は枝の上で棒を上手く振るわなければならず、まずはコン君とさよりちゃんが、それを実演してみせる。


 足の長い指で枝をしっかり掴んで棒を振るう、どんな勢いで棒を振っても姿勢が崩れることなく、かなりの力で枝を掴んでいるらしい。


 なんならコン君は、枝を足で掴んだ状態で逆さまにぶら下がり……その状態で棒を振るったり、歩いたりしてみせる。


 特に歩いたのには驚かされた。


 流石に普通に歩くといった感じではなく、落ちないように素早く、さっと足を離して掴むという独特の方法でだったけども、それでもコン君は逆さまの状態で歩いて見せた。


 更には手を使わずに、勢いをつけて体を起こして回転し、枝の上に復帰するという凄い技まで見せてくれて……うぅん、流石獣人の身体能力だなぁ。


 そして由貴はそれをじぃっと見つめていて……まずは棒を構えながら枝を歩いていく。


 コン君のように滑らかに歩こうとするけども、そうそう上手くはいかない。


「良いぞ由貴! ちゃんと歩けているぞ!」


 だけどもテチさんは、そう声を上げて由貴を褒めて、由貴のやる気を刺激していく。


「由貴、失敗しても皆が助けてくれるから頑張って! 頑張ったら美味しいオヤツが待っているよ!」


 俺も負けじと声援を送ると、恐る恐る歩いていた由貴は、嬉しそうというか勇ましい顔になって鼻息をふんすふんすと吐き出して、頑張り始める。


 歩いて歩いて……コン君達が手を叩きながら誘導して、そうやって枝の上を往復しているうちに、慣れてきたのか自然に歩けるようになっていく。


 そうなったら今度はコン君達が棒の振るい方を教え始めて……既に歩けているからか、そこからは特に問題もなく苦戦することもなく、順調に進んでいく。


 そうして何時間もの練習が続き……休憩や水分補給も枝の上で行って、夕方が近付いて来た辺りで、枝を登って駆けてと、縦横無尽に動き回っていた由貴が、枝の先に成っていたイガグリを見つける。


 まだまだ小さく青く……由貴でも持てるくらいの大きさのそれを、不思議そうにじぃっと見つめて……そんな由貴を見てか、テチさんが声を上げる。


「由貴、それは取ってしまっても構わないぞ! 成長が悪いし、匂いもよくない、多分虫にやられているんだろう!」


 え? そうなんだ? この距離で匂いとか分かるんだ? と、俺だけが驚く中、由貴は流石に手で触ればトゲが刺さるということが分かっているのか、棒でちょんちょんと突き……そうしてから勢いよく叩き落とす。


 地面にポサッと落ちるイガグリ、それをじぃっと見て由貴は木を駆け下りてきて……そして棒をテチさんに預けてから、両手でそっとイガグリを持ち上げる。


 トゲが刺さらないように、力を込めずにそっと持ち上げ……鼻をすんすんと鳴らす。


 それはただの青イガグリでしかないのだけど、由貴はまるで宝石を見るかのような目でもって見つめていて……リス的には本能に訴えかける何かがるのかもしれないなぁ。


 ……そう言えば由貴にはちゃんと栗を食べさせてあげたことはなかったっけか?


 粉末を料理に混ぜたりはしたはずだけども……栗そのものは与えていないかな?


 と、そんな俺の考えはテチさんにも通じていたようで、テチさんはこくりと頷いて、由貴のために用意して欲しいと、そんな意志を伝えてくる。


 それを受けて俺は、一旦その場を離れて、倉庫の冷蔵庫へと足を向ける。


 そこにはいくつかの栗が冷凍保存されている……多少味が落ちるけども、それで数カ月は保存することが出来る。


 冷凍したものを茹でて……一応味見して、多少味が落ちているけども、美味しく食べられることを確認したなら、人数分を茹でて……茹でたてのを畑へと持っていく。


 すると匂いを感じ取ったのか、子供達が休憩所へと集合していて……手洗いうがいをした子から食べて良いよと、許可を出す。


 それから由貴に一番大きい一つを、しっかりと冷めていることを確認してから手渡してあげると、テーブルの上にすとんと座った由貴は、両手でしっかりと持った大きな栗をじぃっと見つめる。


 じーっと見つめて、鼻をすんすん鳴らして……皆が食べ始めたこともあって、周囲に漂う匂いから、それが美味しいものであると感じ取ったのだろう、大きな歯を突き立てて……勢いよく皮をベリッと剥く。


 他の子を真似てか、すごく上手に皮を剥いていって……渋皮も剥いたなら、出てきた実を食べる。


 するとすごく美味しかったのだろう、物凄い勢いで食べ始めて……食べ終えたなら手についた欠片も舐め取ろうとする。


 ……が、渋皮の渋が手に残っていたのだろう、美味しくない渋を思いっきり舐めてしまった由貴は、


「やぁーーー!」


 と、泣き出してしまう。


 それを受けて俺は濡れタオルを用意し、テチさんは皮を剥いた栗を用意してあげる。


 濡れタオルで手を揉んで渋を綺麗に取ったなら、テチさんが栗を渡して……さっきの渋を警戒しているのか、すんすん鼻を鳴らしに鳴らし、その実に渋がついてないのをじっくりと確認してからまた食べ始める。


 そうして由貴は目元に涙を残しながらも、満面の笑みとなって……周囲でハラハラしながら見守っていた子供達も笑顔になる。


「……良いか、由貴、その栗の実を食べるためには、この木を守らなきゃいけないんだ。

 ちゃんと守らないと悪い虫がさっきのイガグリみたいに実をダメにしちゃうんだ、だからこれからもしっかり頑張るんだぞ」


 そんな中テチさんがそう言うと、二個目の栗を食べ終えた由貴は、笑ってほころんでいた目をキリッと鋭くし……力いっぱいこもった様子で頷いて、そして一言、


「がんばる!!」


 と、元気な声を上げてみせるのだった。


お読みいただきありがとうございました。

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