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獣ヶ森でスローライフ  作者: ふーろう/風楼
第十二章

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由貴とピザ


 皆でピザを食べ終えての食休みの時間。


 テチさんの尻尾に抱きついていた由貴が目を覚まし……小さなあくびをして顔を手で擦ってから、クワッと目を見開いて覚醒する。


 恐らく部屋の中にピザの匂いが残っていたのだろう……美味しい美味しいピザの匂いにやられた由貴は尻尾から飛び降り、畳をテテッと駆けてちゃぶ台を駆け上り、空になった皿をキツく睨みつけ声を上げる。


「しょば! ぱー! しょばー!」

 

 ご飯、お父さん、ご飯がない。


 翻訳するならそんな所なのだろう、その必死さに軽く笑ってから俺が立ち上がって台所に向かおうとすると由貴は俺のズボンへと飛びつき、背中をよじ登り……頭に張り付いてちょこちょこと体を動かす。


 後頭部なものだから何をしているのかは見えないけども、恐らくは周囲へと視線を巡らせているのだろう、そうやって美味しいご飯を探しているのだろう……由貴が忙しなく動き続ける中、俺は由貴用に用意しておいた小さなピザ生地に具材を乗せていく。


 由貴用なので刺激少なめ、味もそこそこ薄めにして、チーズだけはたっぷりにしてあげて、それをオーブンへ。


 まだ俺が何をしているかは分かっていないのだろうけど、それでも俺が由貴のために何かしているということは分かってくれているようで、オーブンに入れた辺りから由貴の動きは小さくなり……そして居間からの、


「由貴ー、エプロンするからママのとこにおいでー」


 とのテチさんの声を受けて由貴は、


「まー!」


 と、声を上げて俺の頭から飛び降り、テチさんの下へと駆けていく。


 エプロンをつけてもらったならベビーチェアに腰掛けているのだろう、それからコン君が台所にやってきて、台拭きと消毒スプレーを居間へと持っていく。


 ベビーチェアの食事用のテーブルをそれで拭いてくれるようで……そのことに感謝しながら、焼き上がったピザを十分に冷ましてから由貴用の、動物の絵などが描かれた皿に乗せて居間へと持って行く。


「はいどうぞ、由貴のためのピザだよ」


 と、そう言ってテーブルの上に置くと由貴はどういう意味が込められているのか、


「みゃー!」


 なんて声を上げてから手を伸ばし、ピザをガシッと掴んで噛みつき食べていく。


 手掴みはどうかとも思うのだけど、まだまだ成長途中の由貴では食器を使うのは難しい、ということで注意とかはしないようにしていて……木登りを可能にする長い指でもって器用にピザを口に運んだ由貴は、生地ゾーンからチーズたっぷりゾーンへと入り……そしてそこで目を見開く。


 やっぱりチーズはクリティカルヒットだったか……まぁ、悪くないチーズを使っているのだから当たり前ではあるのだけども。


 それから由貴は「まうまうまう」なんて謎の声を上げながらピザを食べ進め……特にチーズを食べている時には目を見開いたままの物凄い表情をする。


 何かを見ようとしている訳ではないのだろうなぁ、チーズの味に意識を集中させた結果、思わず目が見開いてしまっているのだろう。


 口の中に広がる味を精一杯味わおうとしているというか、その情報を懸命に吸収しようとしているというか……全力でピザを楽しんでくれているようだ。


 そして綺麗に食べ上げたなら満足そうにベビーチェアに深く座り……テチさんが抱き上げて背中をトントンとしてあげるとケプッとゲップ。


 それからテチさんにぎゅっと抱きついて……満腹で幸せなひと時を全力で堪能し始める。


「由貴ちゃんは可愛いなー……!

 どんどん大きくなってるし、ご飯もいっぱい食べるし、すぐに畑で働けそう!」


「他の子よりうんと元気ですよね、熱を出したりもあんまりしないし、言葉もどんどん達者になってるし」


 そんな由貴の姿を見てコン君とさよりちゃんがそんな感想を口にし……それから満腹の由貴の頭をちょいちょいと撫でていたテチさんも口を開く。


「元気だがワガママという訳でもないし、思っていた以上に手のかからない良い子で驚いているよ。

 普通はもっと何かをやらかして親を困らせるものなんだがな……。

 新築のおしゃれな家で子育てをしたら、一月で荒れ果てるなんてのはよくある話なんだぞ?」


「……新築でそれは……仕方ないとは言え、ショックが大きいかもなぁ。

 まぁでも、確かに人間の赤ん坊よりはアクティブで、あちこち登れるんだから当然のことか……。

 木登りするために爪もしっかりしているから、壁紙とかも破られちゃいそうだねぇ」

 

 俺がそう返すとテチさんは笑いながら窓の方を見やり、言葉を返してくる。


「カーテンがビリビリになるのは当たり前で、子育て中のカーテンは消耗品、なんて言われているな。

 ホームセンターに行けば子育て世代用の破れにくいカーテンなんてのも売っているくらいで……歯が疼けば柱やテーブルを噛むし、トイレ以外の場所をトイレとして覚えてしまったりもあるし、色々大変なんだ。

 だが由貴はそういうのが一切ないからなぁ……外に出してやっても呼べば帰ってくるし、危ないことはしない、虫なんかを見つけたら警戒して距離を取るし……本当に賢い子だよ」


「本当に良い子だねぇ……手がかかることがなくて、素直で、食欲だけが少し心配だけども」


 なんて会話をしていると、食事の余韻に浸りきったのか由貴がもぞっと体をひねり、ベビーチェアのテーブルの方を見やり「あーうー」と声を上げる。


 それは言葉にもなっていなかったけど何を言いたいのかはなんとなく分かって、俺はピザを乗せていた皿を手に取りながら言葉を返す。


「さっきのはピザだよ、ピザ。

 そしてピザに乗っていたのはチーズだね、チーズ、由貴が気に入ったのはチーズの味だろうね」


「……ぴあ」


「ピザ」


「ぴあぁ」


「ピザ」


 と、繰り返していると由貴は『ぴあ』に飽きたのか、今度は、


「ちー!」


 と、言い始める。


「チーズ」


「ちー」


「チーズ」


「ちぃ~~」


 まだまだ上手く発音出来ないのだろう、俺の言葉を聞き取れてはいるが、言葉に出来ていないといった様子で、だからといって癇癪を起こすこともなく由貴は発音の練習をし続ける。


 そして……、


「しょば、ちー!」


 なんて声を上げる。


「……チーズソバは、挑戦的過ぎるから、チーズを使ったパスタならまぁ、うん……。

 明日にでも作るよ」


 俺がそう返すと由貴は、意味は分かっていないのだろうけども、俺の表情から俺が何を言わんとしているか読み取ったようで……なんとも嬉しそうで満足そうな表情を浮かべてから目をつむり……テチさんの胸の中でスヤスヤと寝息を立て始めるのだった。


お読みいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
由貴が食べてるときに、手掴みはどうかとも思うのだけどって思ってるけど、ピザなら良いんじゃなかろうか?
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