タラ
保存瓶に扶桑の種を封印して以来、ことある毎に扶桑の種が由貴の側にやってくるようになった。
どうやら余程の理由があってのことのようで……俺は仕方ないかと諦め、扶桑の種を受け入れることにした。
悪意がある存在ではない訳だし、そうしなければいけない理由があるということで受け入れて……クルミと同じように綺麗に洗ってから由貴に与えることにした。
扶桑の種も由貴にとってはクルミの仲間でしかないようで、受け取るなり抱きしめてガジガジと齧り始めて……日に日に立派になっている歯の疼きを収めるのにちょうど良いらしく、あっという間にお気に入りの一品となって、暇さえあればソレを齧るようになっていった。
由貴が扶桑の種を齧るようになって、何か変化があるのかと警戒していたけどもそんなこともなく、クルミを齧るのと大差なく……うぅん、一体どんな意図があってのことだったのか?
とにかく由貴に種を一つ与えるようになったら、勝手にやってくることもなくなったので、なんらかの目的は達せられている……のだろう。
……まぁ、うん、与えると決めたのだから、くよくよ悩んでも仕方ない。
今日も家事をしなければと、畑に向かうテチさん達を見送ってから家の中を綺麗に磨き上げていく。
掃除が終わったなら居間に向かい、ちゃぶ台の上に置いておいた新聞を広げてチラシのチェックをし……そしていつもの養殖所のチラシを見て凍りつく。
『養殖真ダラ入荷しました』
真ダラ? 養殖の?
ああ、外から輸入したのね? なんてことを一瞬思うが、チラシを見る限り、養殖所が育てた真ダラであるらしい。
いやまぁ、真ダラの養殖自体は可能不可能で言えば可能だ、市販だってされている。
ただそれは広い海があってのことで……こんな山奥で可能なんて話は聞いたことがない。
今までの魚でも相当怪しいというか、不可能に近い養殖をやってしまっていた養殖所だが、今回のは度を超えている……タラを育てられるだけの広さのプールをどうやって確保したかも謎で、なんとも言えなくなってしまう。
……まぁー、これもまた扶桑の力と同じで深く考えても仕方ないのだろう。
何なら扶桑の木の影響で養殖できちゃっている可能性もある訳だからなぁ……深く考えても意味がないのだろう。
……しかし真ダラか。
季節外れの山奥で新鮮な真ダラが手に入るというのは悪くないのかもしれない。
タラは美味しい魚というだけでなく、色々便利な魚でもあって―――と、そんなことを考えていると、いつもの足音が駆けてきて、軽快に俺の背中を駆け上り、肩に上半身を預ける形で、手で持っているチラシを覗き込んでくる。
「お~、またお魚? かーちゃんも最近あそこのお魚ばっかりだよ!
美味しい美味しいって、親戚とかも魚ブームみたい」
それはコン君の声で、俺は頷き言葉を返していく。
「うん、お魚だねぇ。
今回はほら、真ダラの養殖が可能になったみたいでさ、それを見ていたんだよ。
タラは美味しいのと……保存食向きの魚だからね、何か出来ないかなって見てたんだよ」
「おー? そうなんだ? 魚で保存食だと……干物?」
「そうだね、タラの場合は干物にしても良いし、他にも色々な保存食があるねぇ。
タラには不飽和脂肪酸だったかな? そういった成分がたくさん入っていて、これが保存食向きっていうか、腐りにくくしてくれるらしいんだよね。
良い感じにしたら半年とか、それ以上でも保存が効くらしくて……冷蔵庫とかが普及する前は重宝されたんだってさ。
大航海時代とかの遠洋航海の際には欠かせない保存食だったらしいよ」
「へぇー……その保存食は美味しいの?」
「んん、いや……普通に食べるタラの方が美味しいかな。
肉ほどは旨味が凝縮されないというか……悪くはないんだけどね。
ただバッカラとかバカリュウと呼ばれるヨーロッパの方の塩タラはまた別物で、保存が効くタラをとにかく美味しくしようと調理法が洗練されていてね、凄く美味しい料理があったりもするかな。
塩漬けにして乾燥させるんだけど、タラの塩抜きが出来るかどうかが料理人の腕を見るポイントだ、なんて話もあるくらいだね。
パスタにしたりピザにしたり、スープにしたり……ペースト状にする料理もあるんだったかな」
「へぇぇぇ~~~……すっごく美味しそう!」
「まぁ、新鮮なタラが手に入るなら、わざわざそこまでする必要はないかな。
普通にムニエルとか、鍋、焼くのもいいし、アクアパッツァとか……味噌漬け醤油漬けも悪くないね。
んー……今の気分はムニエルか、鍋なんだけど、コン君はどっちが良い?」
「ムニエル!!」
と、そう言ってからコン君は手足をばたつかせてムニエルアピールをしてくる。
それを見て、いつもの座布団に腰を下ろしていたさよりちゃんは苦笑をし……俺はカラカラと笑って、コン君を肩に乗せたまま出かける準備をし始める。
「ともあれタラが無いことには始まらないから、早速買いにいこうか。
チラシを見た感じかなり安いから、早くいかないと売り切れちゃうかもだしね」
と、俺がそう言うとコン君とさよりちゃんは元気いっぱいに「はい!」と返事をして、2人なりの準備を整えてから、玄関へと駆けていく。
玄関から外に出て、家の外に止めてある車の側に行き、俺がキー操作をしてロックを外すと、ドアを開けて乗り込み、自分達でチャイルドシードのセッティングをしていく。
俺が玄関の戸に鍵をかけて運転席に向かう頃にはセット完了、早速養殖所へと車を進める。
あんなチラシを配ったのだから、さぞや混んでいるだろうと思っていたのだけど、そんなこともなし。
いつも通りの光景に肩透かしを食らいながら中に入り……早速タラの購入を済ませる。
そのついでに店員さんに雑談ついでに売れ行きについて聞いてみると、帰ってきた答えは、ある意味納得出来るものだった。
「皆さん美味しいタラを知らないみたいで、反応薄いんですよね。
こっちまで新鮮なタラがくることって中々なかったですから……まぁ、これからの宣伝次第ですかね」
なるほど、そもそも美味しいタラを知らないのだから食いつくはずがないのか……。
納得するしかないというか、何というか……うん、タラの美味しさを少しずつ広めていかなければなぁ。
とりあえずはコン君達からだと、新鮮なタラを大量に買い付けた俺は、残りの食材を買うためにスーパーに車を向けるのだった。
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