色々なチーズ
「ん? なんだこれ?」
数日経ってのある日のこと、花応院さんが持ってきてくれた荷物の整理をしていると、通販で買った保存食の中に、注文した覚えのない冷蔵ケースがある。
スマホを取り出して注文履歴を確認しても記録がなく……首を傾げながらケースを開封してみると、中には試食セットと書かれた小さな紙があり、毎回大量注文しているからか、オマケをつけてくれたようだ。
一体何の試食だろうと、紙の裏を見てみると……多種多様な海外産チーズの名前がずらっと並んでいて、それを読んだ俺は思わず、
「うわっ……」
と、声を上げてしまう。
どれもこれも本格的な手作りチーズで、海外直輸入。
お値段お高めの高級品ばかりだけども……どうしたものかと悩むラインナップ。
するとそんな俺に気付いて荷物の整理を手伝ってくれていたコン君が駆け寄ってきて……背中を駆け上がって肩に張り付き、俺の手元の紙へと視線を下ろし……それから元気な声を上げてくる。
「お~、これチーズ? 美味しいチーズ? 前のパルメジャンなんとかと同じくらい美味しい?」
「……んー……あー……美味しい人には美味しいチーズ、かな。
この辺りのチーズはどれもクセが強くて、普通に食べるというよりはワインと一緒にとか、料理に使ったりって感じなんだよね」
「そーなの? 普通に美味しそうだけどなー……お試しセットなんでしょ? 食べてみても良い?」
「いや……うーん……。
良いは良いんだけど、美味しくないってのも覚悟してね?」
と、そう言ってから俺は残りの荷物を片付けていく。
片付け終わったらその試食セットを台所に持っていき、皿に盛り付け……それからチーズと一緒に食べるクラッカーと、口直し用の紅茶とジャムを用意する。
ジャムをたっぷり入れた紅茶ならどんな味も洗い流してくれるはずで……それらを用意してから居間へ行くと、コン君とさよりちゃんと、テチさんまでがワクワクモードで待機していた。
さよりちゃんとテチさんにも改めてクセが強くて独特で、必ずしも口に合うとは限らないとしつこいくらいに説明し……それから俺は皿をちゃぶ台の上に乗せて、紅茶とジャムを配膳していく。
「食べたい人からどうぞ……小さく切り分けたのを一つずつゆっくり食べてね。
できればクラッカーに乗せて……何ならジャムと一緒に食べても良いよ」
それから俺がそう言うと、コン君達は何の躊躇もなく手を伸ばし……まずは山羊のフレッシュチーズを口に運んでいく。
そして全員の顔が一斉に曇ったのを確認してから俺も一つ摘んで口に運び……そしてうんうんと頷き、声を上げる。
「これは美味しい方だと思うよ。
旨味もしっかりあるし、塩味がきつすぎる訳でもないし……山羊乳使っているからかクセと臭みは強いけど、これはこれで好きって人がいるからね、こういうものだと思うしかないかな」
味は美味しく、旨味もあるけど独特の臭みがあって、人によっては即吐き出すレベルかもしれない。
ただでさえ獣人は嗅覚に優れている訳で……結果、表情を曇らせることになった三人は、いちごジャム入り紅茶を一口飲んで、どうにか落ち着きを取り戻す。
そうして元気さも取り戻したコン君は、懲りることなく次のチーズに……羊乳のチーズに手を伸ばし、口の中に入れた途端泣きそうな顔となって、紅茶に飛びつく。
それに続いてそのチーズを食べた俺は……「なるほど」と呟いてから感想を口にする。
「風味は良いんだけど、苦いねぇ……舌にちょっとした刺激もあるし、腐敗と発酵は紙一重って感じかなぁ。
もし口に合わなかった場合は無理して食べる必要はないからね……口に合わないってのはそれはそれで体からの危険信号だからさ」
それを聞いてか、さよりちゃんとテチさんは手を出さない。
1つ目のチーズで懲りてしまったようだ。
そしてコン君も2つ目で懲りてしまったようで……残りのチーズを俺一人で淡々と食べ進めていく。
「これは……うわ、すっぱいな、レモン風味と言えばそうなんだけど、これは中々の発酵具合……。
こっちはさっきよりも苦いなぁ、旨味もなくはないんだけど……うぅん。
そしてこれは塩味がきっつい、相当な量の塩を使っているんだねぇ。
……これは妙に甘いけどなんだろ、ハチミツでも入っているのかな? チーズを作る過程でハチミツって大丈夫なんだろうか?」
と、そんなコメントをしながら完食し……完食したなら紅茶で口直しをし、それからなんとも言えない顔でがっくり来ているコン君に声をかける。
「日本であまり見かけないチーズっていうのは、それだけ日本人の舌に合わないってことだからねぇ……美味しいチーズを食べたければスーパーの市販品が一番だ、なんてことを言う人もいるくらいで、美味しいチーズを見つけるっていうのは簡単なことじゃないんだよ。
そしてこれらのチーズも俺達の口に合わなかったってだけで、現地では好まれていたり、あるいは美味しい料理になってくれたりしている訳で……まぁ、うん、チーズに限らずよくある話だよね。
日本の発酵食品も海外の人の舌に合わなかったりするし……よくあることと思って、自分の口に合うものを楽しむと良いよ」
そう言ってコン君の頭をひと撫でしたなら、台所に向かい……冷凍庫に押し込んでおいたパルミジャーノレッジャーノを使った、なんとも豪華なピザトーストを作っていく。
普通のとろけるチーズも使い、手作りベーコンに、御衣縫さんの畑の野菜に、ケチャップも普段使っているのとは違う、高級なのを使って……パンだけが普通のパンであれだけども、まぁそこは仕方ないかな。
そんな高級ピザトーストを人数分作って居間へと持っていくと、どんよりとした空気をまとっていた三人の表情が一転して明るいものとなり、ピザトーストへと飛びつき、物凄い勢いで食べていく。
「日本人の舌に合うのは市販品か、パルミジャーノレッジャーノか……まぁ、定番ものを抑えておけば間違いないよ。
今日はなかったけど、チーズの中には青カビチーズやダニを使ったチーズなんかもある訳で、そちらもかなり独特の味になっているからねぇ……保存食好きの俺でも躊躇するようなものもあるから……そういうものなんだと思っておくと良いよ」
なんて俺の言葉も届いているのかいないのか……結局三人はピザトーストを瞬殺し、それからおかわりをなんとも良い笑顔で要求してくるのだった。
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