ご両親への挨拶は
テチさんの電話が……親御さんへの報告が終わってすぐに俺も電話口で挨拶をするものと思っていたのだけど……テチさんは通話が終わるなり、カチャンと受話器を置いてしまう。
それで通話は終了となって、俺が肩透かしを食らったような表情をしていると、テチさんはこちらへと振り返って……こくりと頷いてから口を開く。
「挨拶は自宅謹慎が開けた後で良いそうだ。
……まぁ、近場にいるのに電話口で挨拶というのも問題があるだろう。
自宅謹慎があけるまではよろしくと、両親がそう言っていたよ」
少し頬を赤くして柔らかな表情でテチさんがそう言ってきて……俺は落ち着かないやら照れるやらなんとも表現しにくい気分になりながら、頭を掻いて「分かったよ」と、そう返す。
そうしてテチさんと俺は沈黙してしまい、コン君がテチさんと俺の間で楽しそうに俺達のことを交互に見やって……口元に手をやってクスクスと笑い出し、それを受けて俺とテチさんはまたなんとも言えない気分となって、視線を逸らすなり落ち着かない態度を見せるなりの反応を示す。
―――と、その時、俺のズボンのポケットの中のスマホが振動し始め、呼び出しをし始め……一体誰だろうかとスマホを手にとって画面を見ると『レイさん』との文字が表示されている。
そう言えば以前、番号を教えて貰って登録してたっけな。
なんてことを思いながら通話状態にすると……スマホの向こうから大きな笑い声が響いてくる。
『だーっはっはっはっは! いや、正直よくやったよ、お前は!
まさかこの短期間であのとかてちを落とすとはな! それも恋人すっ飛ばして婚約とは! いやいや、あやかりたいねー!
ま、ま、ま、とりあえずはおめでとう! そしてこれからよろしくな義弟よ!!』
「あ、ああ、はい、よろしくお願いします、お義兄さん」
『うんうん! 結婚はまだとは言えとかてちと婚約したってことは実質結婚したようなもんだからな! 今日からオレのことはお義兄さんって呼んでくれよな!
とかてちはああ見えて、重いっつーかお硬いっつーか、古風っつーか、一途な暴走機関車みたいな所あるからな、もう逃げられないものと覚悟しとけよ!』
「は、はは、逃げるつもりなんてありませんよ。
自宅待機が解除されたら改めてそちらに挨拶に行かさせていただくつもりです」
『おう! その日を楽しみにしとくよ!
そして義兄らしくアドバイスをしておいてやろう、うちの両親は今、仕事中にも関わらずめでたいからってお高い寿司の注文をし始めちまったよ。
あの実椋君なら安心だってな、そう言ってはしゃぎまくる程に喜んでいるから……まぁ、反対だとかそういうことはないし、挨拶に来ても笑顔で迎えてくれるだろうな。
反対されるんじゃないかって気に病む必要もないし、緊張する必要もないから当日まで気楽にしておいて良いぞ!』
「は、はい、ありがとうございます……。
ところでレイさんあの実椋君っていうのはどういう―――」
レイさんの言葉の中に妙な引っかかりというか違和感があって俺がそう尋ねようとすると……いつの間にか俺の目の前にやってきていたテチさんが、真っ赤な顔をしながら仁王立ちとなって……物凄い目で俺、というよりもスマホのことを睨んでいる。
より正確に言うならテチさんは、スマホの向こうにいるレイさんのことを睨まんとしているのだろう。
よく聞こえるそのシマリスの耳で俺達の会話を聞き取っていたらしいテチさんは……凄まじい速度でもってその手を振り、俺の手からスマホを奪い……そして電話の向こうのレイさんに向かって物凄い罵声の数々を浴びせ始める。
その言葉はいつも以上に柔らかくて、少し子供っぽくて。
それはレイさんの前だけで見せる……家族の前だけで見せるテチさんの本性というか、本当の姿なのだろう。
そんな表情で態度で言葉使いで、テチさんはスマホの向こうのレイさんに文句を言って罵声を浴びせて喧嘩をしかけるが……漏れ聞こえてくる声から察するにレイさんはただただ笑ってばかりのようだ。
テチさんのそんな反応が照れ隠しと分かっているからこそおかしくて、仲の良い妹に良いことがあったことが嬉しくて。
恐らくはそんな思いでレイさんは笑い続けて……そしてその笑い声を浴び続けることになったテチさんは、スマホを物凄い勢いで操作して通話を終了してしまって……一瞬スマホを投げつけるような仕草を見せるが、そこで冷静さを取り戻して、俺の手の中にそっと戻してくれる。
そうしてからテチさんは洗濯機のある、お風呂の方へとドスドスと力強い足取りで歩いていく。
「洗濯をしてくる!」
そんなことを言ってこちらに振り返らないまま洗濯機の方へと向かったテチさんは……そのままガサゴソと洗濯のための作業をし始める。
とりあえずこの会話はここまで、後のことは家事やらを済ませて落ち着いてからということなのだろう……そうしてホッと胸の中に詰まっていた熱い息を吐き出した俺は……俺もさっさとダンボールを片付けて掃除でもするかと行動を開始する。
するとコン君も……俺達のやり取りを見てなのかニヤニヤとしながら頬をぷっくりと膨らませながら、片付けを手伝ってくれる。
「な、なんだ、コン君、何か言いたいことがあるのかい?」
片付けをしながら俺がそう言うとコン君は、頬を更に大きく膨らませて、
「おめでとう! ミクラにーちゃん!」
と、改めての祝福の言葉をかけてくれる。
「うん……ありがとう」
そう返すとコン君は、頬に溜め込んでいた空気をぷふーと吐き出し、ぎゅっと両目をつぶってのいつもの笑顔を見せてくれて……そうしてからテキパキとお菓子はお菓子の棚へ、カップラーメンは台所の棚へと運んでいってくれる。
そうやって片付けをしていると洗濯機が周り始めて……テチさんがパタパタと足早に移動をして、掃除道具を取り出し、窓を拭いたり埃を叩いたりとし始める。
我が家に泊まるとなってテチさんはこれまで、最低限の家事や自分の服の洗濯、客間の掃除なんかはしてくれていたのだが……家全体の掃除とかは一切手を付けようとしていなくて。
それがそうして一生懸命に、丁寧に掃除をしているのは……つまりテチさんにとってこの家は、もう我が家のようなもの、ということなんだろうか?
その光景に思わず見惚れてしまっていた俺は……コン君にズボンの裾をくいっと引っ張られ、思わず我に返り……そうしてコン君と一緒に掃除機をしまってある押入れの方へと向かい……テチさんにばかり任せてはいられないと、我が家の掃除を始めるのだった。
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