朝食
翌日。
朝いつものように起きてまずベビーベッドの中で丸まる由貴の様子を確認して、熟睡している様子を眺めてから、着替えを済ませ洗面所に向かって身支度を整えて……それから台所に向かおうとする所で、既に母親が台所で料理をしていることに気付く。
花応院さんはあの車で一旦門まで帰ったけども、両親はそのままこの家の客間に泊まっていて……どうやら朝食を作ってくれているようだ。
その匂いは俺にとっては懐かしい嗅ぎ慣れたもので……さて、手伝うべきかと悩んでいると、テチさんが目を覚ましたらしくパジャマのまま部屋から出てきて……俺の部屋へと突撃していく。
由貴がどちらの部屋で寝るかは毎日交代にしていて、今日は俺の部屋……目覚めてすぐに由貴の様子を確認したくなったのだろう、俺の部屋に入って少ししたならまた自分の部屋へと戻っていって、それから身支度を整え始めたようだ。
廊下でなんとなしにその様子を見ていた俺は、どうにも朝食作りを手伝う気になれず、自分の部屋に戻って由貴が目を覚ますまで待つことにする。
「みやぁ~~~」
するとすぐに由貴が目を覚まし、そんな声を上げる。
ただ声を上げただけというか、あくびに近い何かなのか……とにかく声を上げてもぞもぞと動き始めた由貴を撫でてやって落ち着かせたなら、ベビー服の着替えとおむつの交換を済ませてしまう。
テチさんは汚れてなければ替えなくて良い派だけども、俺は新陳代謝とかあるだろうし、汚れてなくても替える派なので毎朝のルーチンとなっている。
おむつはテチさんとお義母さんが作った手作りのもので……市販? の吸収剤を張り付けた布を巻き付けるような形となっている。
汚れたとしても小さいので処理が楽で、吸収剤を外して洗えばまた使えるというのもあり……恐らく人間の赤ん坊よりは手間がかかっていないはずだ。
コスト的にも小さいので悪くはなく……3・4時間ごとに変えたとしても大した手間にはならないだろう。
しかも……再来月くらいにはおむつは必要なくなるらしい。
その頃にはトイレの概念というか使い方を理解してくれて、ちゃんとトイレでしてくれるようになるそうだ。
とは言え、人間用トイレは大きすぎるのでおまるを用意する必要があるそうだけども、それでも成長が早いのはありがたいことだ。
一切ぐずることなく着替えを受け入れてくれた由貴は、俺がベビー服のボタンをとめてあげると、まるでそれを合図にして目をカッと見開き、起き上がって飛び上がり……部屋の中を元気に駆け回る。
何か目的があってそうしているのではなく、ただただ駆け回りたいから駆け回っているといった様子で……散々駆け回って息が切れたなら、俺の下へとやってきて両手をわたわたと動かし、抱っこをせがんでくる。
そっと両手で抱えてあげると、ぎゅっとシャツを掴んでの休憩を始め……俺は落ちないように両手でしっかり支えながら居間へと向かう。
するとテチさんといつの間にか起きたらしい父親が由貴の到着を待っていて……テチさんの姿を見るなり由貴はテチさんに飛びつき、テチさんの腕の中での休憩を始める。
それを見て父親はなんとも羨ましそうな顔をするが……母親であるテチさんに勝てる訳がないので我慢してもらうとしよう。
そうこうしていると朝食が出来たのか、台所から食器の音がし始め……盛り付けと配膳を手伝うかと台所に向かうと、やはり見慣れた料理ができあがっていた。
メインは卵とじ、肉や野菜……ニラやタマネギなどを甘辛く炒めて、それに溶き卵をたっぷりとかけて柔らかめに焼き上げたもの、そしてご飯と味噌汁と野菜の盛り合わせ。
サラダという感じではなく、とにかく味のついていない野菜をこれでもかと盛り付けて、後はご自由に……マヨネーズでもドレッシングでも鰹節醤油でも好きなものをかけて召し上がれというのが母さんのやり方だった。
それらを居間に持っていったならテチさんにその辺りの説明し、ドレッシングを手渡したなら皆揃っての朝食タイムとなる。
母さんの朝食は楽に作れるかに比重が置かれている、栄養バランスと味を考慮しつつもいかに楽に作れるかを重視している。
だけども美味しい、味噌汁はもちろん、卵とじが異様に美味しく……程よく火が通ったタマネギや肉が、甘辛い半生卵に良い感じに包まれての最高の味となっている。
やや濃い味付けだから白米が進み、肉だけでなく野菜もしっかり食べることが出来て……野菜盛り合わせで更に多種の野菜を食べさせてくる。
こっちはまぁ美味しいも不味いもない、洗ってそのままか茹でただけの野菜なのだけど、獣ヶ森の野菜はそれでも十分に美味しいし、ドレッシングなりなんなり、自分の好きな味付けで食べられるのだから問題があるはずもない。
テチさんの舌にもあったようだけど、少し量が少ないのか物足りなそうにしていて……隣に座った俺は「後でおやつだすから」と小声で囁いてテチさんの食欲をどうにかなだめる。
するとテチさんは頷いてくれて……それから抱きつく由貴を撫でながら声を上げる。
「しかしお義母さんの料理は実椋の料理と似ているな、味付けが。
いや、順番的に言うとお義母さんの料理に実椋の料理が似ているんだろうけど」
「え? そう?」
思わず俺はそんな言葉を返す。
なんとも意外な発言だった……母さんの料理と俺の料理は全くの別物というか、俺の料理は手間暇惜しまず、とにかく美味しさを求める感じなのだけども……テチさんからするとよく似た味になるのか。
嗅覚も味覚も鋭い獣人がそう言うってことは……恐らくは真実なんだろうなぁ。
「うん、よく似ている、ご飯が進む所とか特に。
味噌汁なんかはほぼ同じ味じゃないか」
と、テチさん。
それを受けて母さんはと言うと、喜んでいるのか何なのかただ微笑んでいて……父さんは俺と同じ疑問顔だが、それは母さんの方が美味しいと思うとでも言いたげなもので、考えていることは同じではないようだ。
うーむ……なるほどなぁ、味噌汁は同じような味噌と出汁を使っているのでそうかもしれないけど、それ以外の料理でもそう感じるのかぁ。
喜んで良いのか悪いのか……なんとも言えず悩んでいると、自分も食事をしたくなったのか由貴がぐずり始める。
それを受けてテチさんは自分の部屋へと戻っていって……それを見送った俺は、台所の片付けを手伝いながら、なんとなしに母さんの料理の残滓……どんな調味料を使ったかなどを確認していくのだった。
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