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獣ヶ森でスローライフ  作者: ふーろう/風楼
第十二章

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命名


 命名『由貴』


 なんて文字が書かれた紙が縁側の柱に貼り付けられ、それが見える位置にいくつものテーブルと椅子とバーベキュー台が並ぶ。


 テチさんの衝撃の出産から三日後、色々な手続きなどが終わり、母子共に健康で無事に退院となり……今日は獣ヶ森の知り合いを集めてのお披露目式だ。


「良い名前をつけたじゃないか、女の子らしい響きだしな」


 俺による開会の挨拶と乾杯の音頭が終わって、皆がワイワイと食事をし始めたとことで、タヌキ獣人の御衣縫さんがそんな声をかけてくる。


「はい、最初はよく分からなかったんですけど、毎日ぐんぐん成長してくれて、女の子らしい顔つきになってきました」


 と、俺が返すと御衣縫さんはニッカリと笑い……そこに蝶ネクタイベストに、サスペンダーズボンという、おしゃれ着のコン君が駆けてきて元気な声を上げる。


「由貴ちゃんはとっても綺麗って意味なんだって! 白くて冷たい雪じゃないんだよ!」


 それは俺が名前を決めてから何度も何度も、顔を合わせる人全てにしてきた説明で、それを受けて御衣縫さんは笑いながら言葉を返す。


「だっはっは、釈迦に説法ならぬ神主に神話だな?

 清浄で穢れのない由貴御倉神……良い神様から名前をちょうだいしたな」


「そうそう、ユキノミクラノカミ! 格好良い名前だよね~。

 テチねーちゃんっぽい名前も良かったけど、こっちも好き!」


 するとコン君はそう言って、また元気に駆け始め……縁側に置かれたゆりかごの中で眠る我が子、由貴の元へ行って、その寝顔を堪能し始める。


 ゆりかごの側にはいつもと変わらない格好で座布団の上に座るテチさんと、これまたピンクドレスというおしゃれ着をしたさよりちゃんの姿があり……他にもテチさんのお義母さんや親戚、フキちゃんといった女性陣がゆりかごの側に集まっていて、その寝顔を堪能している。


 赤ちゃんの顔を見ているだけで幸せな気分になれるのか、誰もが笑顔で……その奥、居間ではお義父さんを始めとした男性陣が大いに盛り上がりながらの酒盛り中だ。


 居間にも名前の書かれた紙が張ってあり、それを見上げてコップを掲げて、そうやってもう何度目になるかも分からない乾杯をしたならもう何杯目かも分からない酒やらビールやらを一気に飲み干す。


 今日は俺が作った料理だけでなく、かなりの量の出前も注文していて……獣人達が一切の遠慮なく飲み食いするものだから、それらもあっという間に消費されていく。


 寿司桶がもう10個は空になっている、ビールケースもこれで何個目だ。


 出産とか育児関連のあれこれにかかった金額の数倍分の飲食物が一瞬で消えていく光景はなんとも言えない。


 ……結婚式ではまだ遠慮していたんだなぁ……出産で本当の家族になって遠慮がなくなったという感じなんだろうなぁ……。


 もちろん新しい一族の子が生まれたという喜びもあるのだろうけど……この感じは絶対にそれだけじゃないだろうなぁ。


「どうよ? 父親になった感想は? 病院では泣いてばっかりだったが、少しは落ち着いて考えられるようになっただろ?

 オレは十分に伯父気分を味わってきたぜ」


 居間の様子を見ていると、いつの間にか居間を離れていたらしいレイさんがやってきて声をかけてくる。


「……まだ寝顔を見ていると涙ぐむことがありますね。

 生きていることが凄いっていうか嬉しいっていうか……本当に命がそこにあるんだっていう、生まれてくれたんだっていう実感で感動しちゃうんですよ。

 本当の父親気分を味わえるのは、あの子が成長して自我が出てきてからになりそうですね」


「はっはっは、そんなのあっという間だぞ?

 リス獣人の子供はとにかく成長が早いからな、あっという間に立って歩くようになって喋れるようになって、木登りを始める。

 そうしたらコン達とほとんど変わらない姿になる……まぁ、体の大きさは違うけどな?

 働き始めるのもあっという間で……まぁ、実椋達の場合は、自分達の畑で働けるんだから、気楽なもんだよな」


「あー……そう言えば成長が早いんでしたね。

 そうか……人間の子供のつもりでいると色々あっという間なのか……。

 じゃぁ両親にはこまめに写真送ることにしますよ」


「ああ、それが良いだろうな。

 年1回とかじゃ別人過ぎて腰抜かしちまうぞ。

 ……そういや、こっちにいつ来るんだ? そっちの両親は」


「来週には来るみたいです。

 滞在は一週間くらいで……その一週間で初孫を構い倒すつもりのようですね。

 向こうじゃ獣人用の服を買えないからこっちで買ってあげたり……なんだったら作ってあげるつもりのようで、色々買い揃えているみたいです」


「お、おう……濃厚な一週間になりそうだな」


 と、そんな会話をしていると「み~み~」と、力強い鳴き声が響き渡る。


 それを受けて庭でバーベキューをしていた皆は思わず笑い、乾杯をし直し……そしてテチさん達があれこれと対応するが泣き止まず、こちらに向けて声を上げてくる。


「おとーさーん」

「ゆきちゃんが呼んでるよー」

「実椋、悪いが頼む」


 そんな声を受けて縁側へと向かい、小さな手を左右に振りながらみーみー泣いている我が子へとそっと手を差し出すと、俺の手……というか指をしっかりと掴んだ由貴は、掴んだまましばらくみーみーと泣いて……そして段々と鳴き声の音量を下げていき、泣きつかれたのか泣くのを止めてその目を大きく見開き、俺のことをじっと見つめてくる。


 そんな我が子の顔をじぃっと見返し……そうしながら人差し指でそっとお腹とか頭とかを撫でて上げると、目を細めて気持ちよさそうにし……そして目を瞑ってすーすーと寝息を立て始める。


「……ご飯とかおむつの時以外は実椋じゃないと泣き止まないのはなんでなんだ……?」


 その様子を見てテチさん。


「……あ、もしかして実椋さんの手から良い匂いがするからとか? ご飯の良い匂い。

 実椋さんってジャムとか漬物とか、色んな匂いが染み付いてますから、それを嗅いで安心してるのかも」


 そしてさよりちゃん。


「え? 俺ってそんな匂いなの?」


 そして俺。


 俺の言葉に誰かが言葉を返してくることはなく、皆で「なるほど」なんてことを言いながらうんうんと頷いて納得し始め……どうやら俺の体にはそんな匂いが染み付いてしまっているようだ。


 ……その部分だけを取ると悲しくなるが、我が子に喜んでもらえているのなら嬉しくもなる訳で……なんとも複雑な気分にさせられた俺は、しばらくの間そこで、我が子の幸せそうな寝顔と可愛らしい寝返りとを見つめて、堪能するのだった。


お読みいただきありがとうございました。

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