まさかの
扶桑の種を食べてからのテチさんは……驚く程に元気だった。
それ程お腹への負担がない獣人とは言え、やはりどこかに不調は出るもので、以前のような元気さはなかったテチさんだったけども、それがまるで妊娠前に戻ったかのような元気さで……種を食べさせたのは正解だったらしい。
そういう訳でとりあえずの安心は出来たのだけども、元気すぎて逆に心配というか、有り余る体力がマイナスになってしまっても困るということで、一度病院での検査を受けることになった。
そういう訳でテチさんを病院に送る準備をしていたのだけど、たまたまレイさんが配達ついでに様子を見に来てくれて、これまたついでに病院への送り迎えをしてくれることになり、俺は自宅で家事をしながら帰りを待つことにした。
「にーちゃん、心配?」
クイックルな床拭き道具で廊下掃除をする俺と並走しながらコン君が声をかけてくる。
「……心配は心配だけど、テチさんなら大丈夫だろうと思っているよ。
扶桑の木がこちらに何か悪さをするってことも……多分ないと思うし」
「そうですよね、扶桑の木は獣ヶ森を守ってくれる木なんだから先生も守ってくれますよね」
俺の言葉に同じく並走していたさよりちゃんがそう返してきて……それで安心したのか、コン君とさよりちゃんは居間へと向かい、お手伝いということでやってくれていた洗濯物を畳む作業を再開してくれる。
それから俺達はいつも通り、家事をしたり美味しいご飯を作って食べたりして過ごし……そうして夕方の少し前、レイさんのスマホからの着信があり、居間でまったりとしていた俺は大慌てでスマホを落としたりしながら通話に応じる。
「もしもし、何かありましたか?」
と、俺の第一声。
『おう、生まれたぞ』
それへのレイさんの返事。
「……はい?」
『いや、オレも驚いたんだけどな、診察中にするっと、歴史に残る安産だそうだ』
「え? は? はい? いや、だって予定日もまだ先のはずで……」
『オレもまったく同じ反応したけどな、人間と獣人のハーフだからそういうこともあるだろうってさ。
ちなみにだが母子共に超健康、色々検査してるとこだが、まぁー問題ないだろうってさ。
あ、性別も聞いとくか? それとも直接確認するか? こっちに来るまでに名前も考えておかないとな?
とかてちはお前に任せるって……え? 話しすぎ?
……とにかくこっちに来いってさ! あ、それとおめでとう! オレも家族が増えたようで嬉しいぞ!』
「あ、ありがとうございます……」
突然かつまさかの内容にそんな言葉しか出てこない。
電話の向こうからかすかにテチさんの声が聞こえていたので元気なのは本当のようだ。
そしてかすかに甲高い鳴き声ようなものも聞こえていて……通話を終了させた俺はポケットに入れたつもりでスマホを畳の上に落としながら立ち上がり、出かけるための準備をする。
車の鍵を取って財布を持っているか確認して、それから着替えるか悩んでやっぱり止めて。
「に、にーちゃん? どうしたの?」
「もしかして赤ちゃん生まれたんですか??」
そんな俺を心配してかスマホを拾ってくれたコン君とさよりちゃんが声をかけてくる。
「あ、ああ、うん、なんか生まれたみたい。
だからこれから病院に行くよ、コン君達も来るよね? えっと、コン君達のおでかけセットは―――」
「―――にーちゃん! 良いから行こう!」
「はい! すぐに行きましょう!」
まだ混乱気味の俺の言葉の途中でそう声を上げたコン君達は、俺の手を取り車の方へと駆けていって……そうやって車に乗り込んだなら、いつも以上に安全確認をしてから車を発車させる。
慎重に慎重に、ここで事故ってしまったらせっかくの安産が無駄になる……という訳の分からないことを考えながら運転し……病院に到着したなら、チャイルドシートのベルトを外しているコン君達を置いて中へと駆けていく。
そんなことをすべきではないと分かってはいるのだけど落ち着いてもいられず、病院の中へと走り込もうとすると、そうなるのを予測していたとばかりにレイさんが待ち構えていて……半ば強引に肩を組まれて、スリッパへの履き替えや手の消毒など、病院に入る前のあれこれを強制されるような形でこなしていく。
そうこうしているうちにコン君達もやってきて、コン君達も同じように消毒などを済ませていって……それから病室へと向かう。
なんとなくのイメージで赤ちゃんとの対面はガラス張りの、なんと言ったら良いのか……対面室とでも言えば良いのか、そんな空間で行うと思っていたのだけど、この病院では病室で問題ないようで、テチさんのネームプレートのある病室にレイさんに肩を組まれたまま入ると、満面の笑みを浮かべた……ベッドに横になることもなく、普通に立って待っていたらしいテチさんが出迎えてくれて、そして俺達のことを病室奥のベッド……妊婦さんではなく赤ちゃん用らしいそこへと案内してくれる。
「えっと、お疲れ様? いや、ありがとう? それともよくやったとか言うべきなのかな?
えっと、テチさん……??」
尚も混乱したままの俺の口からそんな言葉が出てきて……テチさんは「はいはい」と言いながら笑い、ベッドの上に置かれたゆりかごにそっと触れて、中を見ろと促してくる。
そこにはおくるみに包まれた小さな毛玉がいた。
なんとなくイメージしていた、毛のない小さな小さな……リスの赤ちゃんとは全く違う、しっかりと毛が生えてシマリスらしい毛並みと毛色をしている、赤ちゃん。
その顔はリスそっくりという訳ではなく、どことなく人を思わせる形状をしていて……あれ? これ俺の血の影響か? と不安に思っていると、レイさんがすかさずフォローをしてくれる。
「獣人の子は皆こういう顔だから安心しろ、ここから段々コン達に似た感じになっていくんだ。
毛がない状態で生まれてくることも多いんだが……この子は成長が早いみたいだな。
一人っ子だったから栄養が十分行き渡ったか……実椋の美味い飯の栄養をたっぷりもらってたからかな?
……とりあえずほら、抱き上げてやれよ、おくるみごとそっと……両手でしっかりな」
そう促されて俺はレイさんやテチさん、ベッドに飛び上がってゆりかごの中を覗き込み、目を輝かせるコン君とさよりちゃんに見守られながら我が子を抱き上げ……、
「みぃ~」
という我が子の一声を受けて思わず涙を流してしまい、そのまま何も言えなくなってしまうのだった。
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