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獣ヶ森でスローライフ  作者: ふーろう/風楼
第十二章

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 ふいに今自分が夢を見ているのだということに気付く。


 視界がぼんやりとし、なんとも言えない倦怠感があって……うん、夢の世界だ。


 夢の中で俺は自分の部屋にいて……そして目の前には扶桑の種がある。


 いつもよりも少し大きく見える、クルミによく似た丸い種といった感じのそれは、何故だか意識があるかのように動いていて……なんとも言えない気分になるが、ここは夢の世界、そういうこともあるのだろうと受け入れて深く考えないことにする。


 しかしそれが良くなかったのか、扶桑の種が話しかけてきて……夢の中だからってそんなことある? という気分になってしまう。


 変に受け入れてしまったのが良くなかったか……一体全体種がどんな話をしようとしているのかと意識を向けるが、どうにも種の言葉が聞き取れない。


 何か声を発しているが、それがどんな音なのかが分からない、高いのか低いのか……言葉になっているのかもよく分からない。


 風邪を引いた時に見る悪夢みたいだと、そんなことを考えていると種は更に話しかけてきて……そして聞き取れていないままだというのに、その言葉の意味が頭の中に直接伝わってくる。


『テチさんに扶桑の種食べさせたほうが良いよ、出産前に食べさせた方が良いよ、なるべく早めが良いよ、超オススメ』


 ……絶対に嫌だという感想しか湧いてこない。


 扶桑の種が食用になるということは俺も知っている、コン君達が時たま齧っていて、時に体調不良なども起こしておらず、むしろ齧ってからしばらくは体調が良くなっているように見える。


 栄養というかカロリーがあるのか食欲も落ち着いて、それでいて元気に動き回ったりもしていて……問題ない食品だということは分かっているのだけど、しかし妊婦にも安全なのかはなんとも言えない。


『安全安全、超安全、絶対に害したりしないから』


 またもそんな意思が伝わってくる。


 ……なんかその言い方だと害を与えようと思えば出来てしまうように聞こえてしまうが……うぅん、せめて花応院さん達に分析を依頼したい所だ。


『そんな時間ないよ、早め早めが大事』


 ……うぅーーん……何なんだこの夢。


 天啓ってやつなのだろうか? 種からの天啓というのはなんとも微妙な気分になるが……。


……こんな夢今までに見たことはないし、妙に種の言葉だけがはっきりと頭に残るし、なんらかの意味があるのかもしれないけども……。


……うぅん、じゃぁせめて火を通すことにして、クルミみたいに佃煮にでもしておかずとして出してみようか。


『……まぁ、それでも良いよ、ちゃんと食べさせてあげてね』


 と、そう言って種は霧のようになって消えて……そして俺は軽い頭痛を覚えながら目を覚ます。


 いつもの自室のいつもの布団の中。


 今何時だとスマホに手を伸ばすと……朝5時のようだ。


 まだ起きなくても良いだろうとスマホを手放し眠ろうとするが……なんだか妙に目が冴えて眠れない。


 仕方なしに体を起こすと、ぼやけていた視界がはっきりし始め……目を擦りながら立ち上がって、着替えをしようと考えて……着替えをどこに置いたっけと部屋を見回した所で、枕の周囲にいくつかの扶桑の種が転がっていることに気付く。


 ……偶然ではないのだろうなぁと考えながら扶桑の種を拾い上げる。


 思わずぶん投げたくなるがぐっと堪えて一旦机の上に置いておいて……着替えを済ませてから台所に持っていき、嫌々ながらの調理を始める。


 まず綺麗に洗う、多分必要ないのだろうけど洗う、たわしでもってしっかりと洗ってやる。


 それから包丁でもって殻を割り、中身をほじくり出し……あとはクルミの佃煮と同じように料理していく。


 これだけでは味気ないので小魚も足すことにして、ついでに出汁を取った昆布を刻んだものも入れて……しっかり水気が飛んだなら小皿に盛り付けて完成。


 そして即味見、多めに味見、これで少しでも体調に悪影響があったなら即捨てる所なんだけど……恐らくは大丈夫なんだろうなぁ。


 とりあえずテチさんが起きてくるまでは時間がある、それまでに体調がどうなるかは気を付けておくことにしよう。


 佃煮作りが終わったら、テチさんを起こさないように静かに出来る家事を片付けていって……そろそろテチさんを起こしても良いかなという時間になったら洗濯機を回したり、それなりに音の出る家事をこなしていく。


 そうしているとテチさんが起きるよりも先にコン君達がやってきて……いつものように縁側から家に入り、洗面所で手洗いうがいを済ませ、それから居間に向かって席につくのだけど、コン君もさよりちゃんも腑に落ちないというか、変な夢を見たような顔をしている。


 まさか……?


 なんてことを考えていると、テチさんが目を覚まし、洗面所へと向かって身支度を始めて……それなりの時間の後、居間へとやってきてやっぱり腑に落ちないような表情をする。


 そんな皆の顔を見て朝食の準備を進めていた俺は、一旦それを中断して皆に声をかける。


「……変な夢見た?」


 するとコン君は、うんうんと力強く頷き、さよりちゃんも驚きながら頷く。


 そしてテチさんは半目になりながらその通りだという表情をしてきて……俺は何も言わずに台所に向かい、小皿を持って居間に戻り、


「はい、扶桑の種の佃煮、一応は美味しく出来上がったし、味見したけど特に体調に問題はないよ」


 と、そんな声を上げる。


 するとコン君とさよりちゃんはテチさんの方をじっと見つめ……テチさんは半目のまま、どうしたものかなとそんな表情をする。


 多分コン君達もテチさんに種を食べさせるようにと、そんな夢を見たのだろう。


 そしてテチさんは扶桑の種を食べるようにと、そんな夢を見たのだろう。


 しばらくの間テチさんは、苦虫を噛み潰したような顔で悩んでいたが、意を決したかのように箸を伸ばし、佃煮を口の中に運ぶ。


 そうしてモグモグと咀嚼し……美味しかったのだろう、次々箸を動かしていく。


「あ、オレもオレも!」

「私も!」


 と、コン君とさよりちゃんも参戦して箸を伸ばし始め……俺はそんな皆の食欲を満たすために朝食の準備を再開させ、居間へと朝食を運んでいくのだった。


お読みいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] いつもお話しが面白い。 続きが気になる。 [一言] 今、奥さんが妊娠中で同じような状況なんですが… まじで怖すぎ。いいことでありますように。
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