養殖所の
あれから数日が経って……フキちゃんは定期的に我が家にやってくるようになっていた。
理由は料理の勉強をするためで、コン君やさよりちゃんと同じ目的ということになる。
ただ勉強をするだけでなく、テチさんのあれこれも手伝ってくれて……特に大人の同性だからこそ出来ることなんかをやってくれているようで、色々と助かっている。
時には畑に向かってテチさんの仕事を手伝うこともあり……本当にありがたい限りだ。
そして今日もやってきていて……フキちゃんに家のことを任せて買い物に出た俺は、帰路の途中、最近あるサービスを始めたとの話を聞いた魚の養殖所に向かい……そこで販売していたある品をいくつか買い込むことにした。
一体どんな味がするやら、ワクワクしながら両手で抱える程の量を買い……帰宅したなら、まずスーパーで買った品々を冷蔵庫に入れるなどしてから、それらを台所のテーブルに並べていく。
「……缶詰?」
フキちゃんと一緒に家の手伝いをしてくれていたコン君がやってくるなり、そんな声を上げる。
「うん、缶詰。
あの養殖所で育てたサバで作ったサバ缶らしいんだ。
……あそこの魚は美味しいから、缶詰にしたらどんな味になるのか気になってねぇ……門の向こうのサバ缶もいくつかあるから味を比べてみようか」
と、俺が返すとコン君は、嬉しそうに力強く頷いて……台所のテーブルの椅子にクッションを置いて高さ調節をした上でちょこんと座る。
それに続いてやってきたさよりちゃんも同じようにして座り……フキちゃんやテチさんまでが椅子に腰掛け、台所のテーブルは満員となる。
「早速養殖所のから食べても良いんだけど……まずは門の向こうの俺のおすすめのから食べてみようか。
俺のおすすめは3つ、普段の料理にも使ったりしてるけど、一番王道の美味しさを押し出しているサバ缶と、寒サバだけを使った寒サバ缶、それとサヴァ缶だね」
と、そう言って三種類の缶詰を並べていくと、全員の視線が最後の一つ、サヴァ缶へと注がれる。
「普通のサバ缶は水煮とか味噌煮とか醤油煮とか和風がメインなんだけど、サヴァ缶は洋風がメインなんだよ。
レモンバジル、パプリカチリ、アクアパッツァにブラックペッパー、普通のサバ缶にはない味があって飽きずに楽しめるのが良いところだね。
まぁ、これは食べ比べにはあまり向かないから最後の最後に食べるとして……まずは美味しいサバ缶からいこうか」
と、そう言って俺は人数分の金色の缶詰を開封し、一応お皿に盛り付けてから配膳する。
するとコン君達は早速箸を伸ばし……うんうん、これで良いんだよってリアクションをしながらサバ缶を楽しんでいく。
「うんうん、普通の味噌煮って感じで美味しいよねぇ。
ここは味付けが程よくてくどくないのが良いんだよねぇ……じゃぁお次は寒サバ缶。
寒サバっていうのは冬のサバのことで、冷たい海水から身を守るため脂を溜め込むとかで、一番美味しいサバとされているね。
そして寒サバ缶は、冬のサバだけを使った缶詰のことで……さっきのとどれくらい違うか、確かめてみようか」
見た目はさっきのサバ缶と一緒だが……缶詰から出すために箸でつまんだ時点で分かる違い。
身がふっくらとしていて柔らかく……表面に浮かぶ脂のてかりがなんとも食欲をそそる。
それを食べてみると味付けは先程とほぼ変わらないのだけど、明らかにサバが柔らかくて美味しくて……旬の魚の美味しさというのをこれでもかと感じることが出来る。
「柔らかくて脂が多くて……旨味も寒サバの方が強く感じるね。
サバはサバ節っていう、カツオ節みたいなものにされるくらい旨味が強いものだから、それを感じられるこの缶詰はやっぱり良いねぇ」
と、俺が感想を口にするとコン君は、
「うん、美味しい! 缶詰じゃないみたい!」
なんて声を上げ、さよりちゃんは頷いてそれに賛同し……そしてフキちゃんは、
「あたしは最初の方が好きかも?」
と、そんな感想を口にする。
ちなみにテチさんは感想を口にすることなく、ただただ無言で食べ続けている。
「うん、それも分かる。
硬い方が好み、脂が少なめの方が好みって人もいるからねぇ……最初の缶詰も味付けにはかなりこだわっていて、その差が出た感じかな。
……味付けならサヴァ缶もかなり頑張っているんだけど、流石に味が違いすぎるからこれは後回しで……養殖所のサバ缶を試してみようか」
養殖所のサバ缶はデザイン性皆無の銀色の缶詰となっていた。
内容表示とかはなし、賞味期限は一応底に印字されているけど、それもかなり適当な感じで『来年中』という凄まじい文言だけとなっている。
普通に考えたら法律でアウトになるだろって感じなんだけど、ここは獣ヶ森……そこら辺の常識は通用しないのだろうと諦めて開封を行い、テチさんに出すものだからとしっかり目視での確認をし、匂いの確認をし……お皿に取り出したなら、箸で軽くほぐしてしっかり火が通っているかの確認をし、ついでに毒見もする。
……口の中に入れた瞬間広がる旨味に驚きながら、配膳を進めていって……コン君達の先に食べちゃってずるいって視線をなんとか回避する。
そして……コン君達もまた口に入れた瞬間、驚き目を丸くし……夢中で獣ヶ森のサバ缶を食べていく。
「うーむ……この旨味と脂。
寒サバの缶詰を更に強化したって感じがするなぁ……いや、あそこの魚の美味しさを考えれば当然のようにも思えるんだけど、まさか寒サバより美味しいとはなぁ」
「これ凄く良い! オレ大好き!」
「私も好きです! サバってこんなに美味しいんですねぇ」
俺が感想を口にするとまずコン君とさよりちゃんが後に続く。
「おお、これは美味しいなぁ……いや、実椋の料理のほうが美味しいと思うが、缶詰ならこれだな」
と、テチさん。
さっきは何も言っていなかったけど、まさか俺のフォローをしているつもりだったのかな?
いや、流石に俺も缶詰とは比べないというか……まぁ、うん、深く考えないことにしよう。
「おー……これは嫌いじゃないかも。
なんだろ、あんまり臭みとか魚っぽさがないっていうか……なんだろ、養殖だからかな?」
そしてフキちゃん。
その感想は皆同意だったようで、獣人の鼻には魚独特の匂いなどがきつい部分もあるようだ。
だけどもこの缶詰にはそれがなく……獣人用にその辺りを気をつけて作った、とかもありそうだなぁ。
しかし美味しい……この味なら普通に門の外でも人気が出るはず。
まぁ、内容表示などなど問題山積でそのままでは売れないだろうけど……味の面では全く問題がないと思う。
そんな缶詰を食べた俺達は最後の最後、洋風味付けのサヴァ缶へと手を伸ばし……サバ缶尽くしの食事を存分に堪能するのだった。
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