ブリスケット
たっぷり美味しい肉を食べた翌日、早朝から起きて家事をこなしたなら、終わり次第に庭に以前借りた物をまた借りるなどした、いくつかのバーベキューグリルを用意する。
たっぷり良い炭を用意して、いつでも火を起こせるように準備をして、スモークチップ……クルミとリンゴのチップを用意したなら台所に移動して肉の準備。
使う肉はブリスケット、牛の肩バラ肉。
脂身がたっぷりついた面を表とするなら裏の脂身はしっかり落とす、その方が美味しいらしいのでしっかり落とす。
……らしいというのは本物のBBQブリスケットを食べたことがないからだ。
BBQ専門店なんて行ったことないし、本格的BBQをやっている知り合いもいないし……レシピは調べまくったけども、これが本当に正解なのかはよく分からない。
分からないからこそしっかりレシピを守ることにし……丁寧に脂身を落としていったなら、マスタードを肉全体に塗り込んでいく。
と、その時、今日は朝早くから作業すると伝えておいたからか、コン君達がいつもよりも早く、元気で軽快な足音を響かせながらやってくる。
「にーちゃーん! 今日はバーベキュー……ってカラシすごい塗ってる!? 辛そう!!」
「おはようございます……作り方は聞いてましたけど、実際見るとすごいですねぇ」
そして手洗いうがいをすませてから台所へとやってきて、いつもの椅子に座りながらそう言ってきて……俺は作業を進めながら言葉を返す。
「こうやって肉に塗るとマスタードってそこまで辛くはないんだよ。
いや、辛いは辛いんだけど、食べられないとか刺激が強すぎるとか、そういうことはないね。
むしろこれから塗り込むスパイスの方が辛いくらいで……辛くなりすぎないように注意が必要だね」
マスタードの上に塗り込むスパイスは、市販のミックスパイスを使っても良いし、自分で調合しても良い……今回は塩、コショウ、ガーリックパウダーの三種類だけにして、刺激少なめの味に仕上げる。
「こうやってスパイスを塗り込んだら味が馴染むまで1時間くらいかな、そのくらい放置するよ。
まぁー、放置するって言っても他の肉の準備があるから、それやっているうちに1時間くらいは立っちゃうかな」
なんてことを言いながらスパイスを塗り込んだら、一旦その肉をテーブルに避難させて、それから次の肉を用意する。
「スペアリブは以前やったジャム味のものを用意してあるし、プルドポークはこれと同じ味付けで良いから、終わったらやる感じで……皆が満足出来るよう、とにかく多めに仕込んでおくよ。
仕込んだらバーベキューグリルで燻製しながら焼くんだけど……乾燥しないように程々の温度でじっくり、こまめにモップソースを塗りながら2~6時間焼いて、焼き上がったらそれをミートシートっていう専用のシートに包んで更に1時間程待って完成となるね。
牛に関しては正直2時間でも十分なんだけど、テチさんも食べるから今日はじっくり6時間コースで行くよ」
その作業の中で、俺がそんなことを言うと、コン君とさよりちゃんは昨日のうちに聞いてはいたけど、本当に6時間もやるのかと驚いた顔をする。
そんな顔をしながらも嫌がりはせず、スパイスの準備やグリルの状況の確認など、出来ることを手伝ってくれて……そうやって2人の手を借りながら肉の仕込みを終えて、グリルに肉を入れて焼き始めた所で、いつも通りの朝食の時間ということでテチさんが起きてきて、皆での朝食となる。
今日は1日肉まみれになるので軽めの、野菜メインの朝食をとったなら、グリルに移動して蓋を開け、モップソース……リンゴ酢をメインとしたソースを丁寧にハケで塗っていく。
肉が乾燥しきらないように、しっかりと水分と味を追加して……追加しながら肉用の、肉に刺して中の温度を確認するための温度計でもって肉の中心温度を確認していく。
「本当はこれを肉に挿しっぱなしにして、肉の温度を確かめながら焼いていくんだけど、今回は肉が多いからねぇ……1個1個こうやって確認だね。
バーベキューグリルによっては温度計が最初からついているからそれを使ってもよし、肉の温度が70℃前後だといい感じってことになるね。
グリル内温度は……120℃くらいが良いのかな、肉の大きさや乾燥具合によって変わることでもあって、そこら辺を完璧に把握してコントロールできると、バーベキュー名人って言って良いんだろうねぇ。
本格的な場合はピットマスターって言うんだったかな?
ピットは肉を焼く竈のことで、あるいは竈を扱う人のことで、そのマスターってことだねぇ」
なんてことを言いながらモップソースを塗り、
「オレ! オレも塗ってみたい!」
と、声を上げたコン君と、何も言わないまでもやりたそうにしているさよりちゃんを抱きかかえてハケを渡し、塗らせてあげる。
「これから1時間ごとに塗っていって……6時間後経ったらグリルから出して、ミートシートに包んで……その間にオーブンでスペアリブ焼いて、プルドポークももちろん同じ感じで焼いていって……15時か16時過ぎには食べられるようになると思うよ。
まぁ、お肉が食べられるってだけで、付け合せのパンとか野菜用意して、サンドとかにするとまた先のことになるんだけども。
……それと、何度も言ったけどこれだけ本格的な焼き方は始めてだから美味しくできるかは焼き上がってみないとなんとも言えないから、失敗したらごめんね」
「ああ、構わないぞ。
多少固くなったとしても肉は肉だ、それでも実椋が美味しく仕上げてくれるんだろう?」
そう声を返してきたのはテチさんだった。
いつの間にか側にやってきてグリルを覗き込んで、ごくりとぐぅと喉とお腹を鳴らして……それでも我慢できるぞと言わんばかりに何かを要求してくることはない。
ただただじぃっと見つめるだけで……たっぷりと見つめたなら畑に向かうためか、縁側から居間へと戻り、あれこれと作業をし始める。
テチさんが帰ってくるころには美味しくなっているはず、失敗したとしてもまぁ、それなりの料理にはなっているはず。
そう考えて俺は引き続き、コン君達と一緒にバーベキューグリル達と向かい合っての作業を続けるのだった。
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