肉の日
ある日の昼過ぎ、居間でテレビを見ながらの休憩をしていると、同じくテレビを見ていたテチさんが声をかけてくる。
「実椋、肉が食べたい」
それは突然の言葉だった。
最近のテチさんは体調も良く、食欲も旺盛で何もかもが順調という状況なのだけど、一つだけいつもと違う点があって、それは日によって食の好みが大きく変わるというものだった。
昨日は魚、一昨日は果物、その前は野菜だけ……その日は一日それだけしか食べないってくらいの勢いで食の好みが変わり、今日はどうやら肉ということのようだ。
「えっと、何肉が食べたい? 豚? 牛? 鳥?」
俺がそう返すとテチさんは、顎に手を当て少し悩んでから、
「全部」
という答えを返してくる。
……全部、全部かぁ、また微妙に難しい注文を。
「そうすると焼き肉かなぁ」
と、俺がそれしかないという案を口にすると、同じく居間でだらけていたコン君が声を上げる。
「焼き肉か~~~。
焼き肉もいいけど、にーちゃん、カレーとかどう? 肉だけカレー」
たまたまテレビでカレーのCMをやっていて、それを見ての発言らしいが……うん、肉だけカレーは、うん……美味しくないんだよねぇ。
「肉だけカレーは、若気の至りで一度だけ作ったことがあるけど、美味しくないよー……。
肉だけだと普通に味が足りなくて、色々な肉を合わせるとただただ臭く、くどくなるだけで……びっくりするぐらい美味しくないんだよね。
スパイスとか工夫したら、もしかしたら美味しくなるのかもしれないけど……普通に野菜使った方が楽で美味しいかな。
そしてそれだけのスパイスを使うくらいなら、スパイスソース焼き肉の方がきっと美味しくなるよ」
俺がそう返すとコン君は、少しだけ残念そうにするが、すぐに気を取り直し、スパイスソースの方に食いつく。
「スパイス焼き肉!
それすっごく美味しいそう……えっと、えっと、カレー味とか辛いのとか?」
「そうなるかな? まぁ、テチさんも食べられるように辛さは控えめにして、しっかり火を通す感じになるけども。
だから自分で焼くような焼き肉じゃなくて……オーブンでしっかり火を通してから配膳する感じで……色々なウェルダンステーキの詰め合わせみたいになるかな? いや、どちらかというとバーベキューかな?
もちろん、コン君達はしっかり野菜も食べてもらうからね」
「お~~~、たくさんステーキ食べれるんだ!
……うん、なんかもうお腹すいてきちゃった」
「……さっきお昼食べたばかりだよ?」
と、そう言ってから俺は立ち上がり……夕食のための買い物の準備をし始める。
テチさん達を満足させる量の肉となると、流石に買い置きがないし、スパイスも足りない、スパイスだけでなくフルーツソースなんかも作りたいし、色々買い足す必要がある。
外行きの上着を引っ掛けて、スマホと財布と車の鍵をポケットに押し込んで、マスクをして……と、俺がそうしているとコン君もさよりちゃんもお出かけの準備をし、そして何故かテチさんも出かけるための準備をし始める。
「テチさんも来る? ならどの肉が良いか選んでもらおうか」
「もちろんそのつもりだ、どれをどれくらい食べるか、私が決める。
今日は凄くお腹が空いているから、かなりの量食べるぞ……途中ATMに寄った方が良い」
そういったテチさんの表情はいつにないものだった。
いつになく輝いていて、嬉しそうで……どこかドヤっているようにも見える。
これから始まるイベントがよほどに楽しみなのだろう……そして主催している気分なのかもしれないなぁ。
それにしてもATMか……一体どんな肉を食べるつもりなのやらと思いながら、テチさんのお言葉の通りにしましょうと、途中で銀行に寄ってそこまで必要ないだろうと思いながら10万円を下ろして財布に突っ込む。
するとすぐ後ろで様子を見ていたテチさんは満足そうに頷き……そしてテチさんの指示でスーパーではなく、まず牧場へと向かうことになる。
フキちゃんの牧場に行けばスーパーやお肉屋さんで買うよりも、良い肉がお安く買えるのは明らかで……牧場入口についたなら、フキちゃんに電話して、事情を話して……許可をもらった上で事務所へと向かう。
事務所に向かうとニッコニコのフキちゃんが、大きめホワイトボードを両手で抱えていて……そのボードには今冷蔵庫にある肉の種類と値段が事細かに書かれていた。
「皆様いらっしゃいませー!
せんせー! 今日はわざわざ遠くまでありがとうございます!
たっぷりお肉食べたいってことで、もーサービスしまくりますよ!
なんなら今から解体だって出来ちゃいますからね!」
そして頭を下げながらのそんな挨拶。
牧場での仕事にかなり慣れてきたようで、様になっている。
「ああ、今日はよろしく頼む。
とにかく美味しい、高い部位を揃えてくれ……予算は10万で、予算の範囲内なら解体でもなんでもしていいぞ。
……シャトーブリアンとかなんとか、そういう美味しい部位があるんだろう?
なんかそういうのを山盛り頼む。
牛多めで、豚と鳥も忘れずにな」
あ、10万使い切るつもりなんだ、予算伝えちゃうんだ。
シャトーブリアンを買ったとしても肉だけで10万使い切るのはかなり厳しいと思うけど……と、そんなことを考えながらフキちゃんの方を見ると、にっこにこ笑顔を崩すことなく……いや、先程より笑みが深くなっているようにも見えて、大量注文の予感に興奮が止まらないようだ。
「はい! 了解しました!
じゃぁうちの牧場の肉を高い順に用意しますね!
ほんとは外の肉なら簡単に10万いっちゃうんですけど……実椋さんは外の人ですもんね、いらないですよね、外のは。
えぇっと……お肉の準備とか梱包とかで時間かかっちゃうと思いますんで、この先の応接間で休憩しててください。
お菓子とか飲み物とかすぐ用意しますから、とりあえずソファ座って、テレビ見てていーですよ!
あ、おすすめのBDとかも置いてるんで、それ見てもいーですよ! ライブとかコンサートとか、あとなんか有名な映画のとか、部屋から持ってきてあるんで」
本当に慣れた様子のフキちゃん。
部屋から持ってきたというのは、恐らく私物を持ってきたということなのだろう……それを自由に見てくれとは、かなり珍しい接客だけども、フキちゃんらしいと言えばらしいのかもしれないなぁ。
そんなフキちゃんに挨拶をしてから応接間に移動すると、すぐにクッキーと牛乳が運ばれてきて……それを頂きながらの映画鑑賞が始まる。
それから30分程してフキちゃんが戻ってきて、ニコニコ笑顔で領収書を手渡してくれる。
約9万5千円。
いや、本当に予算通りにしてきたなと驚きながら俺は、一体どれだけの量の肉が待っているのかと戦慄しながら、事務所へと足を向けるのだった。
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