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獣ヶ森でスローライフ  作者: ふーろう/風楼
第十一章

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ブラシ


 送られてきた荷物の開封が終わり、様々な赤ちゃんグッズが部屋の中に並ぶと、これから親になるのだという実感が今まで以上に湧いてきて……それはテチさんも同じようで、少しソワソワした様子を見せるようになった。


 空のベッドをなんとなしに眺めたり、おもちゃを手にとってみたり、縁起物をどこに置くのが良いか、どう飾るのが良いかと試行錯誤してみたり……どこか楽しそうなソワソワだ。


 それに引っ張られてか、コン君とさよりちゃんもソワソワとするようになり……これから生まれてくる赤ちゃん、コン君達の弟分もしくは妹分になるであろう子供とどうやって遊ぼうか? なんて雑談をするようになり……段々と我が家の空気が明るくなっていった。


 そんなある日のこと。


「持ってきたよー!」


 と、元気いっぱいな声が庭から響き渡り……長森牧場との文字入りエプロン姿のフキちゃんが姿を見せる。


「いらっしゃい、フキちゃん。

 ……何を持ってきたんだい?」


 俺がそう返すとフキちゃんは、何やら神妙な様子で手に下げていた袋から木箱を取り出し、それを差し出してくる。


 一体何が入っているのだろう? と、首を傾げながら木箱を受け取っていると、テチさんが駆けてきて……、


「助かった! 在庫がなくて困ってたんだ!

 ありがとうフキ、お茶でも飲んでゆっくりしていってくれ」


 と、そう言ってから木箱を受け取り、フキちゃんを居間へと促す。


 何がなんだかよく分からないが、フキちゃんであれば大歓迎だと頷いた俺は、台所に引っ込んでお茶を入れてお茶菓子を用意して……居間へ移動し、配膳を始める。


 俺がそうする中テチさんはフキちゃんと一緒に木箱の中身の確認をしていて……木箱の中にはどうやら、上等な紙に包まれた獣か何かの毛が二種類、入っていたようだ。


 黒っぽい毛と、白っぽいというか黄色っぽい毛の二種類……そんなもの、一体何に使うのだろうか? と、首を傾げているとテチさんがよく使っているものによく似た、木製の……取っ手付きのブラシを二つ取り出し、ちゃぶ台の上に置き始める。


 ブラシと言ったけども、それには毛がついていなくて、ただの取っ手付きの木材って感じだったのだけど、毛をつけるというか差し込むというか、接着するための穴が空いていて……テチさんはその穴に接着剤を入れてから、フキちゃんが持ってきた毛の束をそっと差し込み始める。


「うんうん、赤ちゃんが出来たらまずはブラシ作りからだよね」


 と、茶菓子を食べながらのフキちゃん。


「そういうものなの?」


 と、俺が問いを投げかけるとフキちゃんは、お茶を一口飲んでから説明をし始めてくれる。


 テレビドラマとかで見る、門の向こうの定番だと赤ちゃんのための編み物だけど……こちらではブラシ作りが定番になるらしい。


 何しろ生まれた時点で体毛に包まれている赤ちゃんだ、寒さ対策の服とかは……あっても良いのだけど、無くても困るものではなく、そこまでの優先度ではないらしい。


 では何が必要かと言えば、その体毛を綺麗に保ち整え、病気を防ぐためのブラッシングの道具、ブラシで……それを今テチさんは、最高の素材でもって作っているらしかった。


「ブラシと言えば豚毛と猪毛で……豚は柔らかで猪は固めで、幼い頃は豚を使うことが多いかな。

 豚の毛はうちの牧場で育ったどんぐり豚の一番良い毛を集めたもので、それを洗って消毒して、ブラシに使えるよう整えた品って訳よ。

 猪毛は冬にテチせんせーが狩ったってやつを持ってきてもらって、それを豚毛と同じように消毒したやつでー……固いから少し成長してから使うやつになるかな。

 どっちのブラシもとっても大事でー、馬毛も悪くないんだけど、やっぱりおすすめは豚と猪だね!」


 そう言ってフキちゃんは豚毛と猪毛のメリットについてを語り始める。


 まず動物の毛のブラシ……というか櫛というかは、静電気が起きにくく、毛や皮膚にダメージを与えにくいらしい。


 しっかり体毛を整えながら皮膚をいい感じに刺激するから気持ちいいし、血行も良くなるし……変に脂を奪ったりせずに、毛全体になじませてくれるので、毛並みが綺麗になって病気なんかもしっかり防いでくれるようだ。


 欠点としては繊細な毛なので痛みやすく……毎日使うとなると半年か、長くても1年でダメになってしまうんだとか。


「特に獣人の子は、全身が毛で覆われてるからねー……ブラシの消耗が激しい訳よ。

 で、忙しい子育て中にブラシを作るのも大変だから、出産前に大人になるまでの分を作って揃えておく家が多いかなー。

 もちろん売ってるのを買う人もいるけどね、それはそれでプロの手作りだから悪くない感じだねー。

 んで、大人になったら自分のは自分で作るなり、買うなりして用意する感じだねー……だから質の高い豚の毛は需要もあって、結構高値で取引されるんだよ!」


「へぇー……いや、ヘアブラシに豚の毛が使われるってのは知ってたけど、そうかぁ、獣ヶ森だと生活必需品になるんだねぇ。

 ……俺も作り方覚えた方が良いのかな?」

 

 と、俺が返すとフキちゃんは首を左右にぶんぶんと振る。


「別に男の人が作ってもいいんだけどー、この家では必要ないかな?

 何しろテチせんせーはブラシ作りの達人だしねー……面倒見ている子供達のために何十個もの予備ブラシ持ってて、普通の人の何十倍もの経験があるからさー、任せちゃうのが一番だと思うよ。

 ブラッシングもテチせんせーは達人レベルだから任せたら良いかなー……ああ、でも獣人にとってはブラッシングは大事なコミュだから覚えた方が良いのかも?

 ん~……今のうちからせんせーの尻尾とかで練習しておいたら? いきなり子供にやって下手くそだと嫌われちゃうよ」


「あー……うん、まぁ、そうだね……うん、練習しとくよ」


 と、俺は視線を逸らしながらそう返し……話を変えるかと、最近の牧場の様子はどうかとフキちゃんに問いを投げかける。


 テチさんへのブラッシングは……現時点でたまにやってたりする。


 たまにというか、テチさんがして欲しいと言えば毎日でもやる感じで……それが大事なコミュニケーションであることも知っている。


 言ってしまうとそれはちょっとしたイチャイチャタイムでもあり……俺もそれなりの経験を積んでいることになるのだろう。


 子供に満足してもらえるレベルかは分からないが……そこら辺はまたテチさんに詳しく教えてもらいながら練習したらなんとかなるだろう。

 

 コン君達がシャワーに入ったりしたなら、テチさんを手伝ってブラッシングしてあげることもあるし……コン君達に色々教わるのも良いかもしれない。


 なんてことをあれこれ考えていると、フキちゃんは、


「って訳だから、うちの豚は毛並みにもこだわってて、素材としては超一流、どこにも負けない自信がある訳よ!

 それを使ってテチせんせーが手作りするんだから、最高のブラシになるはずだよ! 期待してて実椋さん!」


 と、そう言ってかつてない程のドヤ顔を見せつけてくるのだった。


お読みいただきありがとうございました。

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