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獣ヶ森でスローライフ  作者: ふーろう/風楼
第十一章

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干物


 サラダを食べたなら焼き魚を食べて……と、美味しすぎる養殖魚ランチを食べ進めていると、レストランの別の席が騒がしくなる。


 揉め事……という程のことではないようだが、お客さんが店員と何かやり合っているようで……一体何事だろうと耳を傾けると、会話が途切れ途切れに聞こえてくる。


『だからさっきから―――干物を―――絶対に―――金は払うから―――干物が美味しい―――干物が―――』


 干物、干物、干物。


 どうやらお客さんが干物を食べさせてくれと店側に要求しているようだ。


 あらためてメニューを手にとって確認をしてみるが、干物との文字はどこにもなく……恐らくはランチタイム以外、メイン営業となるらしい夜になら干物が出てくるのだろうなぁ。


『ノドグロの干物を―――』


 更に聞こえてくる声。

 なるほど……この美味しいノドグロの刺し身を食べたことにより、ノドグロの干物を食べたくなってしまったのか……。


「確かにノドグロの干物は美味しいからねぇ……旨味がうんと増して身がほろほろで、脂がじゅわっと浮かんで……干物の王様かってくらいに美味しいんだよなぁ」


 それは無意識での発言だった。


 テチさん達に向けての雑談、深く考えずに発した言葉……それにコン君が食いついてくる。


「オレも干物すきー! 干物はアレだよね、保存食なんだよね。

 太陽の光でうんと美味しくなった保存食! アジとかでも美味しいからこの魚だったらもっと美味しいんだろうねー」


「うんうん、ノドグロのは保存性も中々だったはずだねぇ。

 今は真空パックとか保存技術も進化していて、パックした上で冷蔵冷凍したらかなり保存できそうだね。

 ……今度は干物の研究をしても良いかもなぁ、一番長持ちする干物はどれか……みたいな。

 美味しくて保存が効く干物が分かれば自作していくのもありかもしれないねぇ。

 ……ノドグロなんて門の向こうでは超高級魚だから、上手く加工出来たなら門の外に出荷したら良い商品になるかもねぇ」


「お~~~いいねいいね、美味しい干物が作れたらかーちゃんも喜んでくれるはず!」


 その会話も深く考えてのことじゃなかった、ただいつものようにコン君と保存食の話をしただけだった。


 ……この場がレストランで、獣人まみれで、その獣人達は全員美味しい食事で食欲を刺激された状態で……耳がとても良いからこちらの会話を拾うことが出来て。


 結果、レストラン中の獣人達から「干物を食べたい!」との声が上がる。


 そこでようやく俺は自分の失態に気付いたが……何もかも手遅れで、どうしたものかなと視線を彷徨わせていると、店員さんがメニューを書いたりする黒板を持ってきて、そこにチョークでこんな文字を書く。


『本日のランチ、特別追加メニュー ノドグロの干物、1人前1500円』


 どうやらレストランは追加注文に応じることにしたようだ、そしてそのお値段は1500円。


 ノドグロの干物を門の向こうのレストランで食べたならこんな値段ではまず無理だろうから格安なのだけど……それでもちょっと悩む金額で、お客さん達は注文して良いものかと躊躇を見せる。


 ……が、一人が注文をすると躊躇がなくなり、自分も自分もと次々に注文が始まり……そして、


「こっちのテーブルにも頼む、4人前だ」


 と、テチさんが注文を行う。


 それからこちらを見て別に構わないだろう? という顔をし、俺は話に出したのは自分だしなぁと頷く。


 それから干物が来るまでの時間は、ランチを食べて過ごし……やっぱり俺には多すぎたのでテチさん達に食べてもらいながら過ごし、そして完食が近づいた頃に、ノドグロの干物が……やっぱり大皿に山盛りで配膳されてくる。


 しっかり開いて干して、それを丁寧に焼いて……表面では浮かんだ脂がじゅくじゅくと蠢いていて、干物がホカホカであることを伝えてくる。


 匂いも良く、これでもかと食欲を刺激してくれて……テチさん達の箸がまず伸びて干物を自分の小皿へと引っ張り……皆が終わったら俺も干物を一つ、頂戴する。


 小皿に乗せたら箸で身をほぐし……やわらかな身があっという間にほぐれて湯気が上がる。


 脂がたっぷり、匂いは更に良くなり、口の中に運ぶと……うん、美味しい、凄く美味しい。


 正直刺し身よりも美味しいかもしれない、旨味は当然のように増していて、更に脂が濃縮された感じで、身の柔らかさもこちらの方が上だろう。


「うっまぁ……」


 思わずそんな声が漏れる。

 

 一方テチさん、コン君、さよりちゃんは何も言葉を発さない、ただただ干物を食べ続けている。


 身は全て目や皮も食べ、骨まで食べる勢いだけども流石にそれは自重し、次の干物に箸を伸ばし。


 食べて食べて食べて、食べる程に食欲が増している様子だ。


 それは他の席でも同じのようで……誰もが無言、カニパーティでもこうはならないだろうというくらいに無言。


 嗅覚や味覚に優れる獣人には、俺が感じている数倍の美味しさに感じられるようで……干物は獣人特攻の料理とも言えるのかもしれないなぁ。


 御衣縫さんも干物が大好きのようだし、自分で作ったりしているようだし……うん、色々と道具も揃えているから、やっぱり自分でも作ってみるとしよう。


 ……まぁー、このお店のように美味しく作れる自身は全くないけどね。


 そう思うくらいに美味しい、門の外で食べたものとは全くの別物で……すでにあれこれと食べてお腹が膨らんでいた俺でも一尾は余裕、二尾目まで箸が伸び……三尾は流石に厳しいかな、でももっと食べたいな……と、思う程に美味しい。


 そんな干物タイムはしばらく続き……大皿の上の干物がなくなったことにより終了となり、かなりの量の干物を食べたテチさん達から、大きく力強く、いつになく満足そうなため息が漏れる。


「……美味しかった、本当に美味しかった。

 またこの店に来ても良いが……今日みたいな騒動がなければ中々食べられない代物のようだからな、実椋、期待しているぞ」


 完食するなりテチさん。


「オレも手伝うよ! 干物作りまくる!」


 と、コン君。


「私も頑張ります!」


 と、さよりちゃん。


 干物作りは一般的に9~3月の寒い時期が良いとされているのだけど……獣ヶ森ならまぁ、うん、今でもギリギリいける、かもしれない。


 最悪干物用の道具を使っても良いし……なんとかはなるだろう。


「うん、分かったよ。

 じゃぁ帰りに養殖場とかに寄って、魚が買えないか注文したり出来ないか確認してみようか。

 それで魚が手に入ったら作ってみるとしよう」


 と、俺がそう返すとテチさんはなんとも嬉しそうに微笑み……そして手を上げて店員さんを呼んで、


「おかわり、干物をもう3人前くれ」


 ……という、予想もしていなかった……この流れで予想できるはずがない、まさかの追加注文を行うのだった。


お読みいただきありがとうございました。

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