プールで
準備運動が終わったなら、コン君とさよりちゃんは一斉に駆け出し……誰もいないことを良いことに競技用プールへ飛び込む。
飛び込むといってもバッシャンと水を跳ね上げる訳ではなく、さっと軽く跳び、水をほとんど跳ねさせることなくすっと水の中に入り……それからなんとも楽しそうに泳ぎ始める。
顔をしっかり上げ、尻尾もしっかり上げ、毛が撥水しているのか体の半分がぷかりと浮かび……あとは手足を犬かきのように動かして水をかく。
するとすぅーっと真っ直ぐに泳ぐことが出来るようで……その動きはかなり早い。
「……消毒シャワーであれだけしっかり洗ったのに、それでも毛が撥水するんだねぇ。
それで体が浮くからスイスイ泳げる……と。
うぅん、コン君達なら海でも余裕で泳げちゃいそうだね」
と、その様子を見やりながら俺がそんなことを言っていると、テチさんも腕を回しながら競技用プールへと向かい……飛び込んだりはせずに静かにプールに入り、そして壁を蹴って凄い速さで泳ぎ始める。
フォームは完璧、元々高い身体能力をいかんなく発揮して力強く水をかいて、ぐんぐん進んでいく。
そして長い尻尾はコン君達のように水面に出るのではなく、水中に沈んでいて……櫂のように水をかいて、推進力を作り出しているようだ。
だけども速度はそれなりで……お腹への負担を考慮しているのだろうか?
しかし……流石獣人、凄まじい。
子供のコン君もさよりちゃんも、妊婦のテチさんも、ちゃんと泳げるのか? と、心配だったのだけど、完全に杞憂だったというか、余計なお世話だったようだ。
あの様子なら海でも問題なく泳げるはずで……むしろ俺の方がちゃんと泳げるのか心配になってくる。
学生時代はしっかり泳げたけども、社会人になってからは泳ぐような機会に恵まれなかったし……ここでしっかり鍛え直しておいた方が良さそうだ。
ということで俺は競技用ではなく、大人用の普通のコースに入り……ゆっくりフォームを確かめるようにクロールで泳いでいく。
……うん、泳げる、泳げるけどもしっかりは泳げない。
直前にテチさんやコン君達の凄い泳ぎを見ただけに、なんとも情けない泳ぎに思えてしまうが……しかしそこまで運動をしない社会人ならこんなものだと思う。
最近はテチさん達に体を鍛えてもらっているから、むしろよく泳げているほうだと思う程で……そうやって25m泳いだら立ってちょっと休憩、また25m泳いだら休憩を繰り返す。
そうやって何度か泳ぎ……それなりに疲れた所でプールサイドに上がって、休憩用ベンチに腰掛けながらテチさん達の方へと視線をやると、相変わらず3人で物凄い勢いで泳いでいる。
3人とも競泳用の水着ではなく、海水浴用……デザインを重視した水着のはずなのだけど、そんなことお構いなしで泳いで泳ぎ……いや、テチさんはもう十分だと判断したのか、泳ぐのをやめてプールサイドに上がり……そしてこちらにやってきて、隣に腰を下ろす。
「だいぶ水温を上げてくれていたみたいだ、これなら子供への負担も少ないだろうな」
そしてそんなことを言ってきて……俺は首を傾げながら言葉を返す。
「……そうなの? 俺は気付かなかったな。
まぁ、冷やすよりかは良いのかもしれないね」
「いや、競技用のプールだけだろう、あそこで泳ぎたいと事前に連絡しておいたからな……それで対応してくれたようだ。
こういう時融通が効くのは、人の少ない森の中だからなのだろうな」
「……いつの間にそんな連絡を。
まぁー……獣ヶ森の融通の効き方は、ここ特有なのかもしれないねぇ。
スーパーなんか妊婦さんに良いとされる果物とか野菜をわざわざ入荷してくれていたし……離乳食とか哺乳瓶、おむつもどのメーカーのものが良いかなんて御用聞きまでしてくれたよ。
特におむつはかなりの量が必要になるから、事前に注文しておいてくれだってさ。
メーカーさえ決めておけば、あとは成長具合に合わせてサイズを変更してくれるらしい」
「へぇ……あのスーパーはそんなことまでしてくれるのか。
……ただ、作りに不満があって途中でメーカーを変えたいとなったら面倒そうだな?」
「そういうのもあれば遠慮なく言って欲しいだってさ。
そこで変にケチって客を逃がして別ルートから買われたら大損……って所だろうね。
赤ちゃん育児は色々なものが必要になるし、他にも色々買ってくれるだろう客を逃す訳にはいかないんじゃないかな」
「なるほどな……ならお世話になるとしようか。
まぁー……どんな子が産まれてくるかはまだ分からないから、気が早い気もするけどな」
と、そう言ってテチさんはお腹を撫でて……それから俺の手を取り、自分のお腹を撫でさせる。
そうやって二人の時間を過ごしていると、水泳を終えたコン君達がやってきて……いつもよりほっそりぺったりした、ふわふわの毛を水で寝かしきった別人のような体でこちらにやってきて……そしてコン君達もテチさんのお腹にそっと触れて、お腹の子を愛でる。
そんな風にして少しの時間を過ごしたならまた泳ぎ……泳ぎ終わったなら体を温めるためのソフトサウナ、プール脇に設営されたそれに入って体を温めてから、更衣室に向かい……自分の着替えをさっさと済ませてから大きめのドライヤーを持ってコン君の体毛と格闘する。
自然乾燥に任せると毛並みが荒れることがあるため丁寧に、しっかりと乾かしていき……同時にブラッシングを行い、ぺったりとした毛を丁寧に起こしていって……しっかりと空気を含ませてふわふわに仕上げる。
いつか我が子にもすることになるだろうブラッシング、それを今のうちに勉強できるのはありがたいと真剣に行い……それが終わったらコン君の着替えを待って、外に出る。
そしてテチさん達と合流すると……コン君とさよりちゃんのお腹が同時に「ぐぅぅ~~~」と音を出す。
「……うん、じゃぁ皆でご飯食べようか。
ここで食べちゃうか……どこかに食べにいくか、それとも我が家に戻って何か作るか、どれが良い?」
そう訪ねるとコン君達の視線はまず軽食コーナーに向けられるが……軽食では物足りないのだろう、今ひとつの表情。
かといって今から我が家に帰って作り始めたのでは、時間がかかりすぎてしまう……空っぽになったお腹が待ち切れない……と、そんなことも考えているようでなんと返したものかとモジモジとし始める。
「近くに養殖魚専門の料理屋があるからそこに行ってみるか? かなり美味しいと評判だったはずだぞ」
と、テチさんがそう言うと、救いの手が来たとばかりにコンクんとさよりちゃんは目を輝かせて……そうしてその店に向かうことが、決定となるのだった。
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