春
雪解けが進み、気温があがり……啓蟄が近付いて、テチさん達は戦闘準備を進めていた。
啓蟄……つまりは虫が出始めてくるとあって、虫との戦闘は避けられないようだ。
かなりお腹が大きくなったテチさんにそんなことはして欲しくないのだが……本人は良い運動だと言っていて、お義父さんやお義母さん、それとコン君達も手伝ってくれるから大丈夫……ということらしい。
無理をしないのであれば……ということで渋々納得することになった俺もまた、棒を用意しての鍛錬をし……役立たずではあるだろうけど、それでもいざという時のために備えておくとしよう。
それと同時に、冬の終わりに干しておいた食べ物の回収や後処理も進めていき……その一つ、網棚に並べて干しておいた薄切り干しリンゴを保存タッパーへとしまった上で冷蔵庫に押し込んでいると、いつもの椅子でその様子を見ていたコン君が声を上げてくる。
「このリンゴはどうやって食べるの? そのまま?」
「これはアップルパイにする予定だよ。
こんなことしなくても一年中リンゴが手に入るんだから、それを使えば良いんだけど……たまにはこういうのも良いかなって」
「おー、アップルパイ、オレ好き!
……そう言えばにーちゃん、アップルパイってアメリカの料理なの?」
その突然の言葉に俺が首を傾げていると、さよりちゃんが説明をしてくれる。
「昨晩テレビでやっていた映画でそんなセリフがあったんですよ。
アップルパイがアメリカの家庭料理……とか、そんな感じの。
映画の最後は皆でアップルパイを食べるシーンで終わってましたね」
「……それはまた、凄い映画があるんだねぇ、あとでテレビ欄チェックしてタイトル確認しておこう。
……まぁ、うん、アップルパイは確かイギリス発祥だけど、アメリカで愛されている料理なのは確かだね。
……なんだっけ、アップルパイのようにアメリカ的だ、なんて言葉まであったはずだよ」
と、俺がそう返すと2人は「アメリカ的?」と首を傾げ……その様子に笑いながら言葉を続ける。
「あははは。
あえて意訳するなら、それはとてもアメリカっぽいね、とか、君の言動は凄くアメリカらしいね、みたいな言葉になるかな。
それだけアメリカではアップルパイが愛されていて……その理由は西部開拓時代、小麦粉がとても貴重で、逆にリンゴはよく採れたとかで、小麦粉の消費量を抑えるためにリンゴたっぷりのアップルパイを主食のように食べていたらしいんだ。
干しリンゴにしたら一年中食べることができて栄養豊富、リンゴを毎日1個食べていれば病気をしなくなるなんて言葉もあるくらいだからね、愛されるのも当然だよね。
日本の食べ物でたとえるなら……おにぎりとか寿司とかになるのかな?」
「おー……そうなんだー。
アメリカってリンゴの木がいっぱいあるんだねー……確かアメリカには栗の木いっぱいあったんだよね。
それが病気でなくなって……代わりにリンゴが生えてきたのかな」
そんなコン君の言葉を受けてまた笑った俺は……そう言えばと、ある本のことを思い出し……その本がある場所、曾祖父ちゃんが残してくれた荷物をしまった押入れへと向かい、そこの中にある段ボールから、一冊の本……絵本を取り出し、台所へと持っていく。
それをテーブルの上に置くと、すぐにコン君達が興味を持って飛びついて……なんとも可愛らしい絵のその本を、2人仲良く読み始める。
その絵本は実在のある人物のことが書かれていて……ジョニー・アップルシードの愛称で親しまれた彼はとにかくリンゴが好きだったらしい。
リンゴが好きで大好きで、ただ好きなだけでなくリンゴへの造詣が深く……ある時からリンゴの種や苗を売る商売を始めたそうだ。
ただ売るだけでなく、売った後もどう世話をしたら良いか、どう管理したら大きく育つかなど様々なアドバイスを行い……アフターフォローもバッチリなのに、売値はとても安く、あっという間に評判になったんだとか。
そうして商売は大成功したが……とても善良で変わり者でもあった彼は富に頓着せず、貧しい人にはリンゴの種を無償で与え、それどころか自分の靴や服までもこれから西部に開拓に行く人々に必要だろうからと与えてしまっていたらしい。
嘘か本当かズタ袋を着て、鍋を頭に乗せたような格好をしていたとかで……髭も剃らず髪も手入れせず、外見に関しては決して良いとは言えないものだったようだ。
それでも彼は善良で信心深かったのもあってか、人々に受け入れられ……そして開拓と共に彼のリンゴは西へ西へと広がっていったそうだ。
どんどんリンゴの木が増えて、リンゴのおかげで飢えや乾きを癒やす人が増えて、話題になって彼のリンゴの種を求める人が増えて、そうやって儲かったお金で更にリンゴを増やして……と、その生き様をずっと貫き続けたらしい。
自然や動物を愛していたからか、ネイティブアメリカンの人達にも好かれ、何度と無く彼らに捕まったそうなのだが、特に何もされることなく解放されていて……むしろ彼を傷つけてはならないと、シャーマン達からの厳命まであったんだとか。
彼のリンゴは接ぎ木をせず、品種改良も行っていなかったため、とても酸っぱかったそうだが、それでも食べることはできたし、加工することはできたし……むしろその方が虫や動物に狙われにくかったのかもしれないなぁ。
今もその品種は残っているとかで……それを加工したシードルもあるんだったかな。
アメリカのアップルパイ好きには、西部開拓時代の偉人であり、英雄でもあるジョニー・アップルシードの影響もあった……のかもしれない。
大体そんなことが書かれている本を読み終えたコン君とさよりちゃんは、丁寧に本を畳んでから……キラキラとした目をこちらに向けてくる。
「西部劇ってたまに映画でみるけど、あの時にそんな凄いことしてた人がいたんだなー!」
「本当にリンゴが好きだったんですねぇ、私達にとっての栗みたいですね」
そして順番にそんな声を上げてから……何か期待するような目をこちらに向けてくる。
それを受けて俺は冷蔵庫の中身を確認し……ついでに年末年始に実家から送られてきたお歳暮の余りを確認し……それからコン君達に向けて声を上げる。
「じゃぁ今日のお昼ご飯はリンゴジュースとアップルパイにしようか。
リンゴを楽しむために甘さ控えめにして……おやつとしてじゃなくて食事としてのアップルパイを楽しんでみても良いかもね」
するとコン君達は両手を上げての大喜びをし……それからこれから始まるアップルパイ作りを見学するために、いつもの椅子へと飛び込んで、ちょこんと座ってみせるのだった。
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