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獣ヶ森でスローライフ  作者: ふーろう/風楼
第十章

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春を待つ間に


 子供達が元気に遊び回る中、俺はテチさんと一緒に木の状態を確認していって……そして必要そうな木には樹木医の久々能智さんからもらった薬を塗っていく。


 枝を落とした部分に、傷がついていたらその部分に。


 場合によっては藁を巻いたりする必要もあるのだけど……今回はその必要はないようだ。


 薬を塗るのはテチさんが棒でもってやるが、それでも届かない場合は子供達に頼むことにし……その様子を見守りながら、ふとあることを思い出した俺はそれを口にする。


「そう言えば門の外……有名な産地の栗の木って凄く背が低いんだよねぇ。

 人間の手が普通に枝の先端に届くくらいに、枝も細くて華奢で……いや、そういう風になるよう剪定しているんだろうけど、獣ヶ森……というかここの畑とは全然違うよね。

 ここの畑は子供達に頼んで、枝に登ってもらわないといけないし……そもそも子供達が乗れるくらいに枝が太くてしっかりしているし……。

 台木が別物だったりするのか、それとも扶桑の木の影響だったりするのかな?」


 すると薬塗りをしていた子供達が「そうなの?」と言いたげな顔でこちらを見てきて、テチさんがその疑問の答えを返してくる。


「私もたまにテレビとかで外の木を見ることがあるが、あちらとは全然別物になっている……が、手入れをしていない野生の栗の木なんかは、ここと同じくらいの大きさになるそうだぞ。

 だからきっと向こうの畑でも、ここと同じように育てようと思えば出来るのだろうが……場所を取る上に世話が大変だからと、そうしないように厳しく管理しているのだろう。

 ここの畑には子供達がいるからその必要がなくて……そして富保はこうした方が栗が美味しくなると考えていたようだ。

 実際にあれこれ試したこともあるようで……その上で富保がこうした方が良いと結論を出したのだから、これが最適なのだろうな」


「あー……そっか、野生のと似た感じになっているんだ。

 確かに山登りとかで見かける栗の木はでっかかったもんなぁ……。

 背の高さで言えば生育途中の若木が同じ感じだけど、まだまだ実が成らないか小さいかで出荷出来るレベルじゃないし……もしかしたら扶桑の木の影響でどうしても大きく育ってしまうのかもなぁ。

 ……まぁ、現状で上手くいっているんだから、あれこれ悩む必要もないのかな」


 味を更に良くする研究や、品種改良も……いつかはやらないといけないことなのかもしれないが、流石に初心者がやることではないだろう。


 もう数年頑張って……テチさん達から色々なことを教わって、畑のことをもっと理解出来てからやるべきで……そう出来るように頑張っていかなければなぁ。


 いつかは曾祖父ちゃんの栗の味を越えられたらと思うけど……一体何十年後になるのやら。


 その頃には色々なことが変わっているのだろうなぁ……なんてことを考えていると、働いている子供達の一人、確か一番年上の……ケン君と呼ばれている男の子が声を上げる。


「あれ!? なんだこれ!?」


 その声に何か異常でもあったのかと視線を向けると、ケン君は手に何か毛玉のようなものを持っていて……よく見てみると、ケン君の後頭部辺りの毛がごっそりと抜けている。


 全部の毛が抜けた訳ではなく、短い毛がいくらかは残っているけども地肌が見えていて……木に引っ掛けでもしたかと心配していると、テチさんが喜びの感情を含ませた声を上げる。


「おお、おめでとう!

 毛が抜け始めたら大人の第一歩だな! ケン、今日はもう家に帰ると良い。

 お父さんとお母さんに報告したらお祝いをしてくれるぞ! もう少し毛が抜けたらここも卒業だ……本当におめでとう!」

 

 その声をきっかけに他の子供達もわーわーと声を上げて、ケン君のことを祝福し、俺もそれに続いておめでとうと声を上げて拍手をしていると、ケン君は照れくさそうに頭を掻いてから、ゆっくりと地面に降りて、テチさんや皆にお礼を言ってから帰宅の準備を始める。


 そうしてウキウキとした軽い足取りで家へと帰っていき……それを見送りながら、毛の抜けた後頭部を見やりながら声を上げる。


「そっか……獣人の子供が大人になるには、ああいうことが起きるんだねぇ。

 そう言えば前も、毛がまだらになった子を見かけたっけ……。

 いつかはコン君達もああなって、大人になっていくんだねぇ」


 それは喜ばしいことであり……少し寂しいことでもあり、だけども大人になったコン君と色々なことをしてみたいという思いもあって、なんとも複雑な気分となるものだった。


「なぁに、そう時間も経たないうちに子供を連れて顔を見せに来てくれるさ。

 何年か前に卒業していった子達もそろそろ子供を連れてくるだろうし……毎年増える子供達が寂しいなんて思う暇も与えてくれないぞ。

 それに……コンやさよりがああなるのはまだまだ先のことだ」


 すると、そんな俺の内心を読んだらしいテチさんがそう言ってきて……俺がなんとも言えなくなっていると、コン君とさよりちゃんがやってきて、


「オレ、大人になっても遊びにくるよ!」


「はい! 大人になっても色々教えてください!」


 と、元気いっぱいな声をかけてくれる。


 まさか子供達にまで励まされるとはなぁと、更に複雑な気分となった俺は……それを吹き飛ばすために、コン君達のことを撫で回してから畑仕事を再開させる。


 そうして全ての木を見終わったならクルミ畑へと向かい、そちらでも同じ作業を進め……それが終わったなら剪定は終わり、あとは春を待つばかりとなる。


 春になったら追肥をして、接ぎ木で苗木を作って畑に植えて……ああ、いや、春が来るまでに作っておきたい保存食がまだあったな。


 凍み大根を作ったなら凍み豆腐や凍み餅も作りたいし、いぶりがっこなんかも冬の保存食だったか。


 日本ならではって感じだし、どれも美味しいし……うん、春までに作っておくべきだろう。


 春になったらまた色々なジャムが作れるし、山菜絡みでも色々あるし……冬の間に出来ることはしておきたいなぁ。


 まだまだやりたいことが尽きていないということはとても幸せなことで……それを一緒にやってくれる仲間もいる訳で……うん、本当に自分は恵まれていると思う。


 なんてことを考えながら帰宅した俺は、早速明日からやり残した保存食に手を出そうかと、調理法を調べたり材料を用意したりの下準備に入るのだった。


お読みいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] いきなり頭の毛がごっそり抜けるのか。 子供にとっては大人の始まり。 大人にとっては悪夢の始まり…
[一言] 人間ならショックで天に帰りかねない体験だなぁ
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