昔話
夕方くらいになるとたくさんの野菜や漬物、更にはかなりの種類の乾物を持ってきてくれた御衣縫夫妻がやってきて……それから少し遅れてフキちゃんもやってきた。
お客さん用の折りたたみテーブルを出した居間で待機してもらって……御衣縫さんの野菜でサラダを作り、漬物を盛り付け、お茶を入れたなら今日の主役、肉丼を用意し……ついでに味噌汁も用意して配膳していく。
そうして皆で席についたなら、あれこれややこしいことは言わずシンプルに、
『いただきます』
と、皆でそう言って箸を手に取る。
フキちゃんが持ってきてくれた長森牧場のどんぐり豚、味見をしてみたところ油が甘く、肉が驚く程に柔らかく……柔らかいといっても歯ごたえがないとかではなく、しっかりとした肉感もあるという、なんとも不思議なお肉で……市場価格は下手な牛肉を優に上回るお値段となっているらしい。
そんなお肉と凍み大根の相性は極上で……そんな両者の良いところをなるべく消さないようにと気をつけて味付けをしたが……さて、皆の反応はどんなものだろうかと、周囲に視線をやりながら肉丼を口に運ぶ。
コン君は夢中で食べている、大きなどんぶりを用意してあげたのだけど、それに顔を突っ込んでいるような形になって食べ続けている。
さよりちゃんも同じどんぶりで、流石にコン君のようにはなっていないが、それでもかなりの勢いで箸を動かしている。
御衣縫さんは一口一口堪能するようにゆっくり口に運び、ゆっくり咀嚼し……奥さんはとても丁寧に、上品さを感じる箸使いを見せている。
そう言えば奥さんは箸を持つ時から様子が違ったなぁ、自然な流れで右手で箸をつまみ上げ、左手で持ち直し、それから右手を返して箸を持ち構える。
それが正しい作法だとは知っているけども、実際にやっているかというとそうではなく……ましてや違和感なく自然な流れで出来るのは凄いというか、立派というか……上品なのだろうなぁ。
そしてテチさんは……うん、何というか、食欲暴走状態にある。
散々待たせたのもあるし、お腹の子が栄養を欲しているのもあるのだろう……凄い勢いで一番大きなどんぶりの中身を食べつくそうとしている。
……いやぁ、あのどんぶり、飾り用というか、飲食店などがディスプレイとして使う常識外の大きさなのだけど……それでもお構い無しで食べ進んでいる。
通販で見かけた際に、一応買っておいたのだけどまさか使うことになるとはなぁ……。
なんてことを考えていると口の中に肉が入ってきて……味見をした時よりも更に強く甘みと旨味を感じることが出来て、火をしっかり通したからか食感もかなり良くなっている。
とても美味しい、すごく美味しい、こんな豚肉が当たり前に手に入るフキちゃんの環境を羨ましく思いつつ……これが普通になってしまうと外食が大変だろうなぁ、なんてことも思いながら食べて食べて……箸休めにサラダや漬物も楽しんでいく。
そうやって皆でたまらなく美味しい肉丼を堪能していると……本人の希望で用意した小さなどんぶりの中身を綺麗に食べ上げた御衣縫さんが、お茶を飲んで口の中をすっきりさせてから口を開く。
「そう言えば君達は知っていたかな? この辺りに暮らしていた侍の話を」
それはなんとも唐突な言葉で、俺は興味をそそられ視線を向けるが、コン君やテチさん達は夢中で肉丼を食べていて……それでも構わず御衣縫さんは言葉を続ける。
「彼らは外からやってきた、獣人の力を求めてな。
何しろ獣人は食をなんとかしたなら、強力な力となるのだから当然のことだったが……彼らは主の命令でやってきただけで、自ら望んでやってきた訳でも、獣人の力を求めていた訳でもなかった。
そんな消極的な態度でやってきた彼らは、獣人やこの森と接するうちに獣人と仲良くなり……いつしか自分達と同じように外からやってきた人間から獣ヶ森と獣人を守るようになった。
時にはやってきた人間を仲間に取り込み、役人やら神職、結構な立場の人間まで仲間にして、それはもう立派な組織となったそうだ。
……だがまぁ、そのうちに組織は縮小化して、いつの間にか無くなってしまったらしい。
まぁ、外の人間への対応なんかは段々と獣人の……獣ヶ森の連中がやるようになったからな、必要なくなっての自然消滅なのかもしれんなぁ」
その話は……どう受け止めて良いのかよく分からない話だった。
本当にあったことなのか、それともただの与太話なのか……そもそもこの場でなんだってそんな話を始めたんだろうという疑問もある。
「へー……サムライって格好良いんだよねぇ。
獣人のサムライとかもいたのかな? リスのサムライとかも格好良いだろうなー」
俺がそういう反応をしたものかと悩んでいると、コン君がそんな声を上げ……御衣縫さんはそれを受け、
「そうだなぁ、いたかもしれんなー。
侍も忍者も、お殿様なんかもいたかもしれんなー」
なんてことを言ってわっはっはと笑う。
本当に意図が分からないなぁと思いつつ、あれこれ気にしても仕方なさそうなので食事に意識を向ける。
ふと気付けばテチさん、コン君、さよりちゃんは自主的におかわりを盛り付けての二杯目を食べていて……うん、あの体のどこにあれだけの量が入っているのかと今更の疑問が再び湧き出てくる。
……もしかしたらどこかのタイミングでこっそりトイレとかいっているのかなぁ、なんて下世話なことも考えつつ、どんぶりの中身を食べ尽くし……俺は一杯でお腹いっぱい、満足しての休憩モードに入る。
すると御衣縫さんが奥さんから脇を肘でつつかれ……それで何かを思い出したように懐から大きな紙包を取り出し、こちらに差し出してくる。
「いかんいかん、忘れとった。
こいつは安産祈願のお守りでな、外の神社に依頼しておいたのが今朝方届いたそうでな、持ってきたんだ。
今の若者はそこまで神頼みに熱心じゃないかもしれないが、こちとら神職なんでな、最大の応援だと思って受け取ってくれい。
天御中主大神のそれはもう特別なお守りだぞ」
「ありがとうございます、神棚に飾って毎日お祈りさせていただきますよ」
即座にそう返して俺が紙包を受け取ると、御衣縫さんはにっこりとほほえみ、奥さんも似た笑顔を浮かべる。
それからテチさんもお礼も言って……何故かコン君とさよりちゃんもお礼をいって、そしてその三人はまさかの3杯目のおかわりのために台所に向かう。
そんなにたくさん、お米が足りないはずだがと思ったら炊飯器が炊きあがった際のアラームが聞こえてきて……いつのまにか勝手にご飯を炊いていたらしい。
早炊きモードなら確かに間に合うんだろうけど……色々無茶するなぁと呆れるやら驚くやら、それから続く暴食モードの三人を俺と御衣縫さん達はゆったりお茶を飲みながら眺めるのだった。
お読みいただきありがとうございました。




