凍み大根の料理
凍み大根の煮物を口に運ぶと、たっぷりと吸い込んだ煮汁が溢れ出てきて……その後に大根の強い風味と旨味が口の中に広がる。
普通の凍み大根とは一段も二段も違うその旨味の強さに驚かされていると、同じく凍み大根を食べていたコン君が元気な声を上げる。
「おいっしー! そしてこれ、家で食べたことあるかも!
かーちゃんが色んな料理で出してくれる!」
「うん、和食党のお母さんならそうだろうねぇ……。
しかしこの凍み大根、雑な処理をした割には美味しいというか、普通のとは段違いの味が詰まっているねぇ。
獣ヶ森の大根が良いのか、御衣縫さんの作り方が良いのか……獣ヶ森の気候も影響しているのかな?」
と、俺がそう返すと煮物を口いっぱいに押し込んでいた御衣縫さんがにっかりと笑い……もぐもぐもぐっと口を動かし、口の中のものを綺麗に飲み下してから口を開く。
「そりゃお前ぇ、全部よ全部。
だけどま、特にこのつるけしさんの腕前が影響してる……って言いてぇとこだが、凍み大根なんてのはただ干すだけだからなぁ、腕どうこうより、獣ヶ森の賜物ってのが大きいんだろうな。
そもそも大根それ自体が美味いもんだしなぁ……知ってるか? 他所の国じゃぁ大根を出汁のための食材と考えて、いかに大根の出汁を上手くスープに出せるか、みたいな調理法もあんだぜ。
まぁ、そこのお国じゃ出汁をしぼった大根は食わないで捨てちまうらしいがな……ちょいともったいねぇよな」
「へぇ……大根出汁ですか。
普通に大根を食べるだけじゃあまり実感できませんけど、凍み大根や干し大根にするとうんと旨味が強くなりますからねぇ。
それと……大根の旨味が他の旨味を強くするんでしたっけ? それで大根おろしを魚と一緒に食べるようになったとか」
「ま、単純にさっぱりするってのもあるんだろうけどな。
大根おろしと焼き魚があれば、その日の食卓はご機嫌で、あとはいっぱいの酒さえありゃぁ文句もないねぇ~」
なんて会話をしてから御衣縫さんはまた煮物をひとつまみし……皆もどんどん箸を進めて、煮物とご飯を一気に減らしていく。
大根も美味しいけどニンジン他の食材だって旨味たっぷりで、それが煮込まれ染み込んで……これ以上ない旨味の塊となっているのだから、それも当然だ。
こんなに美味しいのにコスパは悪くなく、日常的に食べることが可能で……可能だからこそあまり評価はされていないけど、この美味しさは料理としてかなりの高レベルになるんじゃないかな? と、そんなことを思ってしまうくらいに美味しい。
皆にとってもそれは同じようで……肉やらうなぎやらと変わらない勢いで食事を進めていき、大鍋で作った煮物があっという間に全滅してしまう。
「……うん、美味しかった。
たまにはこういった落ち着いた料理も悪くないな」
と、テチさん。
「美味しかったー! 時間かけないでこれなら、時間かけて作ったらもっと美味しくなるのかなー」
「料理の前からたっぷり時間かけてますから、そんなに変わらないかもですよ。
……それにしても大根ってしっかりアク抜きすると、こんなに美味しくなるんですね」
と、コン君とさよりちゃん。
「当然時間かけた方が美味くなるとも。
味どうこうってより食感がな、結構違ってきて……食感が違うと当然美味しくならぁよ。
ちなみにだが、こうやって野菜の煮物で食っても美味いが、何しろ大根だからな、肉との相性も悪くないぞ。
鶏肉と一緒に煮込むもよし、すき焼きに入れるもよし、肉じゃぁないが煮卵との相性だって悪くねぇ。
麻婆豆腐に入れて麻婆大根にするとか……ああ、あとはあれだな、甘じょっぱいタレで肉と卵と一緒に煮込んで、凍み大根の肉丼にするとな、これがまたたまらねぇ美味さなんだよ。
肉と卵だけでも美味いのに、大根が旨味をたっぷりと発揮してくれて、それでいて良いアクセントになってくれて飽きずに丼を楽しめて……肉だけの肉丼なんて食ってらんねぇってくらいに美味くなるんだ」
両手を忙しく動かしながら、それぞれの料理の形を作っての説明をしてくれる御衣縫さん。
その表情は緩んでいて、その声にはいつか食べた料理のことを思い出しているのか、唾液で潤んだ音が含まれていて……よほどに美味しいのだろうということが分かる。
そんな御衣縫さんの話を聞いたテチさん、コン君、さよりちゃんは、物凄い目でこちらを見てきて……それを受けて俺は、降参だとばかりに声を上げる。
「……じゃぁうん、今日の夕食は凍み大根の肉丼にしようか……」
すると皆は満面の笑みとなり……そして俺の負担を減らそうとしているのか、食器の片付けをし始めてくれる。
そして洗い物まで始めてくれて……ならばと俺は、洗面所に向かって歯を磨こうとする。
……と、そこで御衣縫さんが声をかけてくる。
「んじゃぁおいらも歯を磨きたいからここで一旦失礼するよ。
夕飯時になったら嫁さんとくるからその準備をしておいておくれ。
……なぁに、ただで頂こうってんじゃねぇんだ、ちゃんと対価は用意しとくからよ。
凍み大根とたくあん、それと野菜の詰め合わせだな、肉丼に合う漬物もいくらか用意しとくから、よろしくな!」
そう言って御衣縫さんは、なんとも軽い足取りで我が家から出ていって……俺は、
「分かりました、またあとで」
という言葉でもって御衣縫さんを見送る。
それから洗面所にいって歯を磨き……磨き終わって台所に向かうと、洗い物を終えたらしいテチさん達が満面の笑みを浮かべたまますれ違い、洗面所へと向かう。
本当に良い笑顔で……その笑顔を曇らせてはいけないなと気合を入れた俺は、夕食の肉丼のための下拵えを始める。
凍み大根を戻し、ゆで卵を作り、イノシシの良い肉を厳選し……それが終わったならタレをどんな味にしようかと調味料の瓶を並べて頭を悩ませる。
甘じょっぱいか、甘辛か……凍み大根を楽しむならやっぱり甘じょっぱい方が良いか。
そうやって方針を決めたならだいたいこんな味にしようと頭の中で組み立てを行い……そうしてある程度の準備が整ったなら、本格的な調理を始めるために残っている他の家事を終わらせにかかるのだった。
お読みいただきありがとうございました。




