凍み大根
牧場から我が家に帰り、もらった食品を冷蔵庫に入れたり、冷凍庫に入れたりして忙しく過ごし……翌日。
いつものようにコン君達がやってきたので、昨日のうちに洗っておいた大根を流し台に並べながら説明を始める。
「大根は氷室とかに入れておくと春まで新鮮な状態で保存出来るから、昔から冬の間の貴重な野菜として色々使われていたんだよね。
多種多様な料理だけじゃなくて大根を細切りにして、それを四角く刻んでお米と一緒に入れて炊いてお米の消費量を抑える、なんてこともしたりして……冬の主食は大根だ、なんて地域もあったそうだよ」
「……それ、美味しいの?」
するといつもの椅子に座ったコン君が、いつにない真顔でそう聞いてきて、俺は首を左右に振ってから言葉を返す。
「いやまぁ、あくまでかさ増しだからねぇ。
そういうご飯をかて飯って言うんだったか……もし仮に美味しいのなら、今でも当たり前に残っているっていうか、和食党のコン君のお母さんなら作ってくれていたはずで……コン君が未だに食べたことがないってことは、つまりそういうことだね。
大根は普通に料理した方が美味しいと思うよ……で、凍み大根はそんな大根を長期保存、夏くらいまで保存出来る技術だね。
具体的な歴史とかは知らないけど、かなり昔から作られていたらしいよ」
そう言って大根を改めて洗い……まず横半分に切って、それを縦半分にし、もう一度半分にして四分の一にし……それから皮を向いて縦長の切り分け大根を量産していく。
「えっと……シミダイコンは凍らせた大根って意味なんだっけ?
冷凍食品ってこと? でもにーちゃん他の野菜も冷凍庫で保存してるよね?」
「うん……凍み大根はその過程で凍らせたりする保存食なんだけど、ずっと凍らせておく訳ではないんだよね。
どちらかと言うと……インスタント味噌汁とかが近い製法になるのかな? いや、厳密には違うのかもしれないけど、根本の理屈は同じはずだよ」
「ん? ん~~~? んんん~~~??」
コン君の問いかけに俺がそう返すと、コン君は納得出来なかったのか首を傾げ……俺は切り分けた大根に包丁や箸で穴を開け、食品用の耐熱紐を通し、大きな鍋を用意してから凍み大根の作り方についての説明を始める。
「凍み大根の作り方は結構簡単でね……まず、こうやって紐を通して干せるようにする。
で、熱湯でしっかり、二時間程煮込む、そしたらそれを水に一晩つける……んだけど、アク抜きも兼ねているから流水が望ましいかな。
昔は川とかにつけていたらしいけど、我が家では衛生的にアレだからと、流し台に桶を用意してそこに入れて水を流しっぱなしにするつもりだよ。
で、そうやってアク抜きをした大根を外に、日当たりと風通しが良いとこに干す。
……これは外の気温が、夜の間だけ氷点下になるような時期にやらないと駄目で、一ヶ月近く干すから、そのくらいの気温が長く続く地域じゃないと作れないかな。
で、そうやっておくと夜に凍って昼にちょっと溶けて水分が落ちて、また凍ってを繰り返して、どんどん水分が抜けることで旨味や栄養が凝縮されていく上に水分が抜けきるから保存食にもなる。
つまりはまぁ、フリーズドライ製法だね、天然のフリーズドライ」
そう言って説明を終えると……コン君と隣で話を聞いていたさよりちゃんは目を丸くし、ぱちくりとまばたきをしてから二人同時に声を上げる。
「工場とかじゃなくても出来るんだ!」
「昔からフリーズドライってやってたんですか!」
そんな二人の様子に笑ってから俺は言葉を返しながら残りの大根も処理していく。
「基本的には大根を切って煮込んで川に漬けて干すだけだからねぇ。
気温が下がる地域なら余計な道具も手間もいらなくて、簡単に出来る訳だ。
大体夏まで保存出来るって話だけど、気をつけたら夏以降まで保つんだろうし……それでいて美味しくもあるから、かなり良い保存食だよね。
ちなみに気温が下がらない地域でも冷凍庫を使ったりしたら作ることは出来るみたいだね。
その場合は雨とかに気をつける必要はあるから、そこは注意かな……寒い地域なら全部雪になってくれるんだけどねぇ」
「そっかー……でもすぐには食べられないんだよね。
一ヶ月ってことは……出来るのは2月の終わりとか3月とか? 結構先だなー」
「お話からすると時間をかけただけ美味しくなるみたいですから、しょうがないですよ」
コン君とさよりちゃんがそう言った所で、庭の方からなんとも呑気な声がしてくる。
「お~い、きてやったぞー」
「あっ、おいぬのじーちゃんだ」
するとすぐにコン君が声の主が誰であるかに気付き、俺が料理中ということもあって、コン君が代わりに出迎えに出てくれる。
椅子から飛び降り、テテテッと駆けていき……それからすぐにテテテッと戻ってきてまた椅子へ。
そして御衣縫さん……狸獣人の神主さんがやってきて、よっこいせと椅子に座ってから、買い物袋に入れた品を……昨日電話で持ってきて欲しいと頼んだ品を、テーブルの上に広げてくれる。
「まさかこんな時期に凍み大根が欲しいと言われるとは思わなかったよ。
これから作るものを余らせている家なんて、そうはないからなぁ……通販とかで見かける品でもないし、うん、驚いた。
ま、オイラは貧乏性だから、こうして冷蔵庫の奥底にしまっておいたって訳さ。
ついでに凍み豆腐と身欠きニシンも持ってきたから、これらで煮物を作ると良い。
凍み大根と凍み豆腐と身欠きニシン、どれもこれも干し物の保存食だけど、これがまた相性良くてうんまくて……昔の人にとってのごちそうだったんだと実感出来る旨さなんだよなぁ。
干し椎茸と干し昆布、あとはニンジンでもありゃぁ、濃縮された旨味がたまらない煮物の完成よ。
実椋としても大好きな保存食まみれで最高なんじゃないか?」
と、御衣縫さん。
コン君達のために凍み大根だけを頼んだのだけど、まさか凍み豆腐まで用意してくれるとは……。
「そう言えば凍み豆腐なんてのもありましたねぇ、忘れていました。
これが終わったら凍み豆腐も挑戦してみたいと思います、ありがとうございます。
……戻してからの煮物になるんで時間はかかりますが、食べていってください」
と、俺がそう言うと御衣縫さんはにっこりと笑って「あいよ」と言ってから、こたつに入るためかいそいそと居間へと移動していく。
そんな御衣縫さんのためにお茶を淹れようとすると、何度も何度もやったのを見て覚えてくれたのかコン君とさよりちゃんが協力してお茶の準備をし始めてくれて……それを見て俺は、ならば二人に任せると決めて、凍み大根の作業の残りと煮物のための戻し作業へと取り掛かるのだった。
お読みいただきありがとうございました。




