約束の日の夕方
「はー……とろとろチーズのピザトースト、美味しかった」
お昼からかなりの時間が経ってもう夕方だというのに、昼食に食べたピザトーストが余程に美味しかったのか、コン君がそんな言葉を漏らす。
居間でゴロゴロと寝転がって、座布団を掴んで座布団でくるりと自分の体を包み込んで……そうしながら更にゴロゴロと転がって頬を緩ませて。
そんなコン君の様子を見て微笑んだ俺は……そろそろ時間かなと台所の方へと向かう。
すると座布団巻きと化したコン君もコロコロと台所まで転がってきて……座布団に包まれたまま、声をかけてくる。
「何するんだー? 夕ご飯?」
「ん? いやいや、今日はこれを食べる日だって、言っていたじゃないか。
燻製だよ、燻製。そろそろ塩抜きが終わる時間なんだ」
そう言って流し台まで足を進めて、塩抜きを行っていた燻製用肉を取り出して……キッチンペーパーでよく拭いてから……新しいキッチンペーパーで包んでやる。
と、そんな作業をしているとコン君は座布団に包まれるのを止めて……流し台の下にある引き出しの取っ手などを器用にポンポンと蹴り飛んで、流し台の上へとやってきて、いつもの椅子に腰を下ろし、声をかけてくる。
「あー、そう言えばそうだったなー、今日は燻製かー……燻製って食べたことないけど、美味しいのかー?」
「もちろん、俺は大好きだねー。
……本当はしっかり時間をかけて乾燥させたほうが良いんだけど、コン君も食べていきたいだろうし、ちゃちゃっと燻製にしちゃおうか」
なんてことを言いながら包んだキッチンペーパーで燻製用肉を良く拭いて揉んで……そうしてから一旦手を洗い、燻製用の鍋のような道具の準備を始める。
まずはコンロに置いて、そこに燻製用のサクラチップを詰めて……そうしてから網を置く。
網の上にキッチンペーパーから解放した肉をそっと置いたなら……蓋はせずにコンロを点火し、強火で煙が出てくるまで熱する。
「おー、変な匂いしてきたー。
木が燃えてる感じだけど……なんか臭くないっていうか、良い匂いだなー?」
コンロの側までやってきて鼻をスンスンと鳴らすコン君。
俺の鼻にはまだまだ匂ってきてはいないけれど、獣人のコン君の鼻にはチップの香りが届いているようで……それからしばらくすると白い煙がチップから上がり始める。
「煙が出始めたら蓋をして……火を少し弱める。
んだけど、今日のお肉は市販のものより大きめだから、火は少しだけ強くしておこう。
で、10分から20分程加熱したら……この鍋をコンロから外して保温器に入れておく。
後は保温器の予熱が燻製をし続けてくれて、それで完成という訳だね。
加熱する時間、保温する時間は何を燻製にするかで違うから……ここら辺は実際にやってみての経験とネットのレシピに頼るしかない感じかな」
なんて作業と説明をする間、コン君はずっと鼻をスンスンと鳴らし続けていて、余程にサクラチップの香りが気に入った様子だ。
まぁ、考えてみればコン君達は木の多い森の中で暮らしていて、木と密接な暮らしをしているリスの獣人で、実際に仕事も木に関わっていて……木の香りが好きなのは当然のことなのかもしれない。
問題はこれが木を燃やしている香りって部分なのだけど……まぁ、普通に木を燃やしてもこんな良い香りにはならないから……うん、きっと問題無いはずだ。
ともあれそうして所定の時間が過ぎたなら……保温器に入れていた土鍋をコンロの上に戻して、蓋をゆっくりと開ける。
するとこんがりと良い色になって、テカテカと艷やかに輝く美味しそうな肉塊が姿を見せて……ずっと鼻を鳴らしていたコン君が、ごくりと今度は喉を鳴らす。
「美味しそうでしょ?
中には香りを定着させるためってことでお肉を寝かせる人もいるんだけど……俺はこの出来上がりの状態で食べちゃうのが好きかな。
寝かせる際に水分が抜けちゃうと、縮んで硬くなって……お肉らしさがいまいちになっちゃうんだよね。
ま、ここら辺は好みかな? 香りが定着したのをフライパンで焼くと、とっても良い香りがするお肉になるのは確かだからね」
と、俺がそう言うとコン君は、話を聞いているのかいないのか、じゅるりじゅるりと口の中で唾液を唸らせる。
もう我慢出来ない、今にも飛びつきそうなコン君のために早速切り分けてあげようかとしていると……丁度そこに今日の主賓、テチさんがやってくる。
「……ここに来るまでにかなり匂ってきていたが、もう燻製にしたのか。
……へぇ、できたての燻製肉は初めて見るが、まるでチャーシューみたいで美味しそうじゃないか」
やってくるなりそう言ってきたテチさんは、すぐに食べる事ができる飲むことが出来ることを察したのだろう、俺達の返事を待たずにさっさと洗面所へと向かい……俺が燻製肉をトングでまな板へと移動させている間に、手洗いうがいを済ませ、冷蔵庫から恵比寿様のビールと冷やしていたコップを取り出し……居間のちゃぶ台に俺の分も並べてくれての準備をしてくれる。
「コンは……牛乳が良いか。
燻製と牛乳が合うのかは知らないが……子供だからな、仕方ない」
なんてことを言いながらコン君の分のコップと牛乳を用意してくれたテチさんは、洗面台の上で今にもよだれを炸裂させそうなコン君を抱きかかえて、居間へと持っていって……コン君の席の座布団にちょこんと座らせる。
邪魔にならないようにとそうしてくれたのかな、なんてことを思いつつ、燻製肉を一口サイズに切り分けて……中までしっかり火が通っていることを確認してから、お皿に盛り付けていく。
もし火が通っていないようなら……不安に思うような色なら、しっかりとフライパンで熱してしまった方が良い。
フライパンで熱しても味が落ちるようなことはないし、むしろその方が香りや味が強くなるという人も居るくらいだ。
目玉焼きと一緒にカリカリに焼き上げても良いし、軽く味付けしてしまうのも良い。
今回は強火でしっかりと熱したのでそんな必要はないが……何かあってから後悔するよりも、入念にやっておくくらいの方が良いだろう。
そして盛り付けが終わったなら土鍋を水につけておくのも忘れない。
熱せられて余計な脂が落ちて……落ちた油はサクラチップと共に土鍋の底にたまっている。
これがまた放っておくと焦げ付いた感じでこびりついてしまうので……忘れて冷え切ってしまうと色々悲惨だ。
ともあれ洗ったり片付けたりはまた後で……皆で燻製肉を楽しんでからで良いだろう。
そうして居間へと盛り付けた皿を持っていくと……気が早すぎるテチさんとコン君が箸を構えながら待っていて……俺がちゃぶ台の上に皿を置くなり、それらの箸が伸びてくる。
しっかりと下味がついていて、良い香りのする桜の木の煙でいぶされて、余計な脂が落ちた燻製肉を、同時に口に含んだテチさんとコン君は、同時に表情を綻ばせる。
普通に焼いたって美味しい肉なんだ、ここまですれば美味しいのは当然で……木の香りが大好きな二人にとっては更に特別な美味しさなのだろう、二人とも今までに見たことのない表情をする。
幸せそうな美味しそうな……笑顔とはまた違う最高の表情。
本当に美味しいものを食べたというような表情になった二人は、無言でもぐもぐと口を動かし……ごくりと口の中のものを飲み込んだならコップに手を伸ばし、テチさんはビールを、コン君は牛乳を一気に飲み干す。
その光景を見やりながら俺も席へと腰を下ろし、用意した箸で持って燻製肉を口の中に運ぶと……サクラチップの香りと肉の良い香りが広がって、甘い脂の味といい仕上がりとなったお肉の味が……少しだけ出汁の旨味を含んだ良い塩梅の味が舌を楽しませてくれる。
それはビールを飲まずとも、白米を用意せずとも、ただそれだけで満足させてくれるもので……よく噛んでごくりと飲み込んだ俺は、
「ふはぁ……美味しく出来て良かったよ」
と、そんな声を漏らすのだった。
お読みいただきありがとうございました。




