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獣ヶ森でスローライフ  作者: ふーろう/風楼
第九章 いなり寿司、収穫、お餅に年取りのごちそう

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神事


 まず舞台の上に用意された椅子に腰掛けた、装束姿の御衣縫さんが歌のような声を上げ始める。


 リズムにのって揚々と力を込めて……祝詞みたいなものだろうか?

 

 しかしその言葉を聞き取ることは出来ず……言葉が古いとか方言とかじゃなくて、どうやら日本語ではないようだ。


 獣人語? 獣ヶ森語? 少なくとも俺が知っている言語ではなくて……そんな声が上がる中、舞台の奥にあるお堂の戸が開き……そこから伝統衣装を身につけたテチさんが姿を見せる。


 バンダナ……のような布を額に巻いて、頬に赤色のヒゲのようにも見える化粧、テチさんの普段着と同じような柄の服の上に、コートのような白い服を羽織っていて……そして何故か弓矢を持っている。


 破魔弓矢……なんだろうか? 黒塗りの本体に金糸を巻き付けて、紅白縄を編んで作った花のようなものが中央に張り付いている弓に、赤色、白い羽根、鈴のついた矢に。


 ……しっかり矢じりがついているのが普通の破魔矢とは違う部分で、あれを仮に射ったなら結構な威力が出るんだろうなぁという鋭さをしている。


 そしてテチさんはそんな弓矢を大きく振り上げ、仰々しい仕草で引き……引いた状態でゆっくり舞台を歩いていく。


 それから御衣縫さんの声に合わせて弓を上下させたり、左右に振ったり……引いたり緩めたりしながら、ゆっくりとした舞……? を踊っていく。


 そうやって2・3分くらいの時間踊ったならテチさんが矢を番えて引き絞り、御衣縫さんから「えいっ!」との声が上がり、それに合わせてテチさんがまさかのまさか、矢を放ってしまう。


「ん!?」


 なんて声を上げながら俺が驚く中、特に驚いた様子もない観客達は振り返って矢が飛んだ先を見やって……いつの間にか席の後ろに用意されていた、大きな紅白で丸形の的の中央に当たっているのを確認するなり、なんとも嬉しそうにやんややんやと声を上げて拍手をし始める。


 それを満足げな様子で眺めたテチさんは駆け寄ってきたリス獣人の子供……テチさんの服によく似た伝統服を着た子に弓矢を預け、それからまた踊りを再開させる。


 今度の踊りは……何と言うか意外なものだった。


 両手を腰に当てて腰を左右に振る……なんとも現代的と言うか、どこかで見た事があると言うか……伝統衣装と神社という舞台にはあまり合わない踊りだ。

 

 だけどまぁ、動きとしてはとてもシンプルなものだし、簡単に思いつけそうな内容でもあるし……これはこれで昔からある伝統的な踊りなのかもしれない。


 ……特に獣ヶ森であればこそありえる話だろう。


 なんでそう思ったかと言えば、そんな振りに合わせて、しっかりと立てられたテチさんの大きな尻尾がゆらゆらと……なんとも可愛らしく揺れていたからだ。


 獣人にだけある尻尾、その尻尾を使うというか、アピールするための伝統的な踊りがあるのは至極当然のことで……実際、綺麗に揺れる尻尾の様子はなんとも楽しげで見ていて悪くないものだった。


 そんな踊りを踊りながら舞台の上をぐるりと歩いたりして……そうこうしていると、先程受け取った弓矢を奥のお堂に片付けていた子供がやってきて……それに続いて5人の子供達がやってきて、テチさんの周囲を囲むように立って、テチさんと全く同じような踊りをし始める。


 手を腰に当てて、腰というか尻尾をふりふり……テチさんがやっても可愛いものだったが、子供達がやると全く別物の極上の可愛さで……神事というかなんというか、可愛い尻尾を愛でる会のような空気が出来上がる。


 そんな中でも御衣縫さんの祝詞は続いていて……うん、まだ神事ではあるらしい。


 それからしばらくの間、腰振りが続いて……ある程度続いたら子供達がお堂の中に戻っていって、そしてお堂の中から木の枝を持って戻ってくる。


 あの木は……クルミか。


 今の季節にあんな青々とした葉がついている枝は無いだろうから、造花というか造木というか、とにかくそんなものなのだろう。

  

 枝の先にはいくつかのクルミの実がついているのだけど、皮が剥かれているというか、殻の状態になっているというか、自然界ではまず見かけない状態になっている。

 

 もしかしてあのクルミの実だけは本物なのかな? なんてことを考えていると……子供達がその枝を左右に振り始め……そんな子供達に舞台を任せてテチさんが奥のお堂へと足を向ける。


 お堂の中に入り……すぐに出てきて、その手にはイガ栗のついた栗の枝。


 これまた青々とした葉がついていて……イガも本物ではないようだ。


 そんな枝を両手で大事そうに持ったテチさんは、まずは胸の辺りで構えて……それをゆっくりと上へと持ち上げていく。


 まるで木が成長する様子を表現するかのように……子供達もそれを真似てクルミの枝を持ち上げ始めて……腕がピンと伸び、これ以上なく持ち上げたならそれを左右に揺らす。


 そうやって豊穣の祈り……? なのだろうか? とにかくそんな舞をしばらく踊ったなら、御衣縫さんの歌が終わり、舞も終わり……そしてしばらく何もない、静かな時が流れていく。


 これで終わりなのか、ここからまた何かがあるのか……周囲がただただ静かに見守っているので、同じように見守っていると……御衣縫さんが前に進み出てきて、また祝詞のような呪文のような何かを唱え始める。


 そうやりながら腰の後ろに隠しておいたらしい、杖……と言うか、なんと言うか、とにかく木製の何かを取り出す。


 木を削ってタツノオトシゴ、のような形にしていて、それに色とりどりの布が巻き付けてある。


 赤、青、黄色、白、橙色……それでもってテチさんのお腹を軽くポンポンと叩いて……安産のお祈りというところだろうか?


 確かタツノオトシゴは、そのお腹からたくさんの子供を物凄い勢いで放出する様子から、安産祈願に使われるんだったか? つまりあの杖はそのための道具なのだろう。


 そんな安産祈願が終わったなら御衣縫さんが深々を頭を下げて……テチさんと子供達がそれに続いて、それから御衣縫さん達がお堂の中へと戻っていく。


 それを受けて観客からは歓声と拍手が上がり……俺もしっかりと力強い拍手をし、コン君とさよりちゃんは両手をいっぱいに広げてバンバンと勢いよく叩きつける拍手を披露する。


 そんな風に一通りに盛り上がったなら誰からともなく席を立ち始め……皆が屋台の方へと移動を始める。


 神事が終わり、ここからは食事会……俺達にとっての本番が始まったようで、慌てて立ち上がった俺達は、自分達の屋台へと小走りでもって向かうのだった。


お読みいただきありがとうございました。

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