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獣ヶ森でスローライフ  作者: ふーろう/風楼
第一章 塩豚、燻製、おまけでジャム

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約束


 燻製のための下味作業が終わり、手を洗ったり片付けをしたりしていると、流し台の上に置いてあったスマホが鳴り始める。


 今度の着信も門の職員からのようで……スマホを手にとった俺は、コン君に聞かせる話でも無いだろうと、居間に移動しながら通話に応じる。


「はい……またですか。

 はい……確かに今の時間なら家に居ますけども、はい、これから仕事ですし、相変わらずアポもありませんので……はい、そうですね、おかえり頂いて……はい。

 ……もしこちらの都合でどなたかをお呼びする場合は事前に連絡を入れることになると思いますので、それ以外の方は……はい、はい、そういう形でお願いできればと……はい」


 また例の男が来たようで、今の時間なら家に居るはずだと騒いでいるようで……門の職員さんに、誰かが門を通る必要がある場合は事前に連絡しますとそう伝えて……職員さんが了承してくれたことを確認してから、通話をオフにする。


 ……と、そこに椅子を両手で抱えたコン君が、とてとてと歩いてきて……同情しているような目をこちらに向けてきて、ぽつりと声を上げる。


「ミクラにーちゃんも大変だなー。

 なんかすげー声で騒いでたし……職員って人も困っちゃってたな」


 その声を受けて俺は……スマホをちゃぶ台の上に置きながら言葉を返す。


「あー……もしかして聞こえちゃってた?」


「もちろん! 獣人は子供の頃すげー耳が良いから、このくらいの距離なら電話の向こうの声でも聞こえるぞ。

 仕事中にテチねーちゃんとミクラにーちゃんがしている会話もなんとなく聞き取れちゃうくらいには」


「そ、そうなのか……」


 それはまた凄いというかなんというか、子供に聞かせられないような話は控える必要があるなと怯みながら……畑に向かうための準備を整える。


 といっても洗面台での身支度や、外行きのちょっと良いズボンとちょっと良いシャツに着替えるくらいのもので……10分もあれば完了となり、そうしてスマホをしっかりとズボンのポケット押し込んだ俺は……玄関ではなく、縁側で靴を履いて外に出る。


 本当は玄関から出た方が良いのだろうけど、どうにも楽でこっちから出入りしちゃんだよなぁと、そんな事を考えていると……同じく縁側から外に出たコン君が、耳をピクリと動かしてから……何か聞こえでもしたのか、門の方へと視線を向ける。


 そうしてからしばらくの間、耳をピクピクとさせていたコン君は……なんとも言えない表情をこちらに向けて、呆れ混じりの声をかけてくる。


「なんか、無理矢理門を通ろうとしてるみたいだなー。

 通せって叫んでるのと、下がらないと逮捕するぞってそんな大声が聞こえてきてる」


「うわっ……そ、そこまでするか。

 ま、まぁ、そこら辺は……うん、門の職員さんの職務だから、俺達は関わらないようにしようか」

 

 そう言葉を返すとコン君は、こくんと頷き……畑の方へと向いてとてとてと歩き始める。


 ……しかし門からここまで結構な距離があるというのによくもまぁそんな会話まで聞き取れるなぁ。

 大体3・4kmか? 障害物もなくて真っ直ぐな道で……大きな音ならば聞こえないこともないのだろうけど、人間の声や会話なんて、余程に高性能な集音マイクを使ってもかすかに聞こえるかどうかというレベルだろう。


 獣人の凄さというか、能力の高さを改めて実感した俺は……ちょっとだけ尊敬の目でコン君のことを見ながらコン君の後を追いかけていく。


 するとコン君はそんな俺の視線に気付いたのだろう、こちらをちらりと見て、俺が尊敬の目で見ていることに気付いたのかにへらと笑って……大きく手を振って大きく足を振り上げて、元気にのっしのっしと畑の方へと歩いていく。


 その途中で思い出したようにポケットから名札を取り出し、それを胸の辺りにぱちんと付けたら仕事の準備は完了。


 既に畑に来ていた皆の所に駆け寄って、一列になって……その列をテチさんが数えていって、今日も気をつけるようにといつもの文句を言ったなら、仕事が開始となる。


 今日は少し曇り空で、風も少しだけ冷たいが、子供達はその毛皮のおかげなのか、全く気にした様子もなく寒がる様子もなく、元気に駆けて木に登り、いつもの仕事をし始める。


 そんな子供達の様子を見ながらいつものベンチに座ったなら……テチさんに今朝のことを報告すべきだろうと、燻製のことから電話のこと、門で騒動があったらしいことも報告しておく。


「……そうか。

 燻製のことはどうでも良いが……うん、他の二つに関しては了解した」


 報告を受けてテチさんは、頬杖をつきながらそんなことを言ってきて……俺は慌てて言葉を返す。


「い、いやいや、大事だから、燻製のことも大事だから。

 テチさんに食べてもらいたくて作ったんだし、五日後に食べにきてよ。

 お酒が好きならビールが合うかも……ってあれ? テチさんってお酒飲めるんだっけ?

 ……そもそも獣人の人ってお酒は……いや、スーパーにあったし飲むんだよな、うん。

 何歳から飲めるとかも……あっちとは違うのかな?」


「……まぁ、普通に飲むし、獣人も飲める。

 こちら側で飲酒は大人……体が完全に人の姿になったら飲んでも良いとされている。

 獣の姿で酔ってしまって、酔った状態で獣の力を振るったり暴走したりすると大変なことになるからな」


「あ、ああ、そういう理由なんだ。健康とかが理由じゃないんだね……。

 な、なら尚更五日後、来てよ、美味しいビールも用意するからさ! 恵比寿様のとか!」


 俺がそう言うとテチさんは頭の上の耳をピクリと反応させて、力強く立ててから……そういう反応をしてしまったのが恥ずかしかったのだろう、頬を赤く染めながら視線を大きく逸らし……言葉を返してくる。


「……ビールに罪はないから貰うことにするが……なんだってそこまでするんだ?

 燻製を作ったからって私に食べさせないで自分で食べれば良いだろう?」


「あー……うん、それはそうなんだろうけどね、やっぱりテチさんにも保存食に興味を持ってもらいたいっていうのがあるし、それにほら、保存食じゃなくても、お菓子でも料理でも、自分で作ったのを誰かに食べて貰いたいってのは普通の欲求じゃないかな?

 自分で作って自分で楽しむのも勿論良いんだけど、やっぱり人に食べてもらって喜んでもらえたら、その数倍……いや、数十倍は嬉しいし、仕事仲間のテチさんにそう思ってもらえたなら更に更に嬉しいし、きっと毎日が楽しくなるだろうからね。

 曾祖父ちゃんも食いきれない程の保存食を作っていたけど……きっとあれも誰かに食べてもらいたくてそうしていたんじゃないかなー」


 災害の時、皆に保存食を配っていた曾祖父ちゃんはきっとそれどころではなくて、ただ皆のためになりたい、少しでも助けになりたいという思いだけで行動していたんだろうけど……その後、災害が落ち着いた後に、保存食を食べた皆から、あの時貰った保存食が美味しかったとか、食べて元気が出たとか、そういう感想を言ってもらえたなら凄く嬉しかったに違いない。


 俺は夏休みが終わり次第に実家に帰ったから、実際どうだったかは分からないけども、きっとそういう感想をもらえたはずで、曾祖父ちゃんはそのことを嬉しく思っていたはずで……そこまでじゃないにしても、俺もそれに近い気分を少しは味わってみたいという思いがある。


 そのためなら燻製を作ったりビールを用意したりは何でもないことで……テチさんに美味しいと喜んで貰えたなら、それ以上に嬉しいことはないかもしれない。


 そんな思いを込めての言葉を受けてテチさんは……視線を逸らしたまま「仕方ないから、行ってやるよ」と、小さな声で……少しだけ弾んだ声で返してくれるのだった。


お読みいただきありがとうございました。

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