来襲
決意を固めて……テチさんと子供達のことを見やって。
そうしてからもう一度、肉をどう使っていこうかなんてことをスマホで調べようとすると、その瞬間に着信が入る。
「はい、森谷ですが……はい、はい……え?
……ああ、なるほど……いえ、特にアポなどはないです、それに今日は外出しておりますので……はい、そうですね、来られても対応が出来かねますので……はい。
えぇ、そのようにお願いします……はい、お手数をおかけしますが、はい、よろしくお願いいたします」
すぐに着信を受けて、そう対応をして……用事も済んだので通話をオフにすると、テチさんがこちらを見やって、その目でもって何の電話だと、そう尋ねてくる。
「いや、まぁ、うん、噂をすればなんとやらで、例の業者が門までやってきたらしくて通しても問題ないかって、門の職員さんが連絡してきたんだよ」
するとテチさんは頬杖をするのをやめて、耳と尻尾をピンと立ててガバっと勢い良く立ち上がって……今にも門の方へと駆けていきそうなものすごい表情をこっちに向けてくる。
「お、落ち着いてよ。事前連絡もなしに来られても困るってことで通さないように頼んだから……。
門が開かないならこっちには来られないし、そのうち諦めて帰るはずだよ」
それなりの予算をかけて、それなりの技術を使って強固に作られているあちらとこちらの境界……『門』には武器を携えた自衛官までがいて、一般人がどうこう出来るような施設ではない。
通るには然るべき所の許可と事前の予約が必要で……その上で検疫に関わる検査などを受けなければ門からこちらに入ることも、こちらから向こうに出ることも不可能となっている。
それでも強行突破なんてしようものなら取り押さえられた上で公務執行妨害やら不法侵入やら……様々な罪状を背負うことになる訳で、まぁ、普通の神経をしていたなら、そんなことはしないだろう。
「しかしまぁ……事前連絡も無しじゃ門を通れない事は知っているだろうに、何をしに来たのやらなぁ……」
更に俺がそう言葉を続けると、テチさんは大きなため息を吐き出してからベンチにすとんと座り……呆れ混じりの声を返してくる。
「……連絡自体はしていたんじゃないか? 門の方だけにな。
一切の連絡無しで顔を出したとしても、富保は文句の一つも言わなかったからな……実椋が相手だとしても、連絡無しで通してもらえるものと思っていたんだろう」
「うわぁ……そんなんでよくもまぁ今まで商売を続けられていたよなぁ。
せめて挨拶くらいしたら良いだろうに……そもそもこんな時期に顔を出して何をするつもりなんだろうなぁ……」
と、そんなことを言ってみたものの……このタイミングで来るということは契約絡みの話なのだろう。
常識的に考えるなら跡取りが現れたと知って契約を続けて貰えるように頼みに来たという所なのだろうが……テチさんの話を聞く限り、その可能性は低いのだろう。
跡取りがもう一つの業者と挨拶を交わしたと聞いて焦って現れた……というのもマシな方で……何も知らない跡取りを騙して、あるいは脅しつけて栗を独占しようと企んだ……とか、そんなのもあり得そうだ。
直接会ってありもしない契約や法律を持ち出してまくし立てたり、距離を詰めながら大声を出してやったりすれば、どんな無茶な話でも自分の思う通りになると思い込んでいる人というのは、社会の中に結構な数、存在しちゃっているからなぁ……。
そんなことを考えながら俺はスマホを操作して……燻製に関してのページを開く。
燻製と一言に言っても様々な味付け、香り付け、道具や方法がある訳で……さて、どれにしたものかなと頭を悩ませていると、テチさんが半目での視線をこちらに送ってくる。
その視線は「例の業者に何もしないのか?」とでも言いたげで……俺は操作を一旦止めて、口を開く。
「こちらから特に何かをするつもりはないよ。
相手をする価値も無いっていうか……例の業者は特に何の契約関係にもない赤の他人だしね。
相手してもらえず、直接会うことも出来ず、そんな状況でどうやって俺と契約を結ぶつもりなのか……お手並み拝見って所かな」
何かをするつもりもないし、その必要もない。
曾祖父ちゃんがしていた契約に関してはしっかり確認したし、一応専門家にも相談するつもりだし……いざという時には相談する人のあてもある。
十分な準備はしているのだから、そんな奴の事を気にしているよりかはもっと楽しい……趣味のことでも考えているほうが有意義だろう。
……と、そんなことを考えて操作を再開させようとすると……テチさんがじぃっと、じっとりとした視線をこちらに向けてくる。
それで大丈夫なのか、本当に問題ないのか、とでも言いたげなその視線に対し、俺はしっかりと視線を返し、真剣な表情をして……言葉を返す。
「大丈夫だよ。
この畑をしっかり守っていくつもりだし、例の業者には相応の態度で挑むつもりだし……覚悟はもう決めたからね。
今の段階で打てる手は打ったし……今は相手の出方を見るのが一番だよ。
……まぁ、もしかしたらこのまま何のアクションも起こさないでフェードアウトってこともあるかもだけど……そうなったらそうなったで、こっちとしては何も困らないしね。
……ちなみにだけどテチさん、テチさんならどういう手を打っていた?」
そんな俺の言葉に対しテチさんは「ふんっ」と息を吐き出してから……拳をぐっと握って俺に見せつけてくる。
「そんなものは決まっている、相手の心が折れるまで殴りつけてやる、これしかないだろう。
私はこう見えてもそれなりは鍛えているからな……拳でも棒でもどちらでもいけるぞ」
更にはそんなことまで言ってきて……何処までも真剣なその表情に俺は冷や汗をかきながら言葉を返す。
「い、いやいやいや、だ、駄目だからね、暴力は。
絶対問題になるし、国際問題っていうか政治とかそういう問題になっちゃうからね……こ、こっちから手を出すのは駄目だよ、うん。
そんなことになったら俺もここにいられなくなるかもだし……うん、本当に勘弁してください。
そ、そんなことよりもほら、燻製、燻製の話しようよ。
燻製は木の香りがしっかりとついて味が引き締まって、余計な脂も落ちるからすっごく美味しいんだよ。
やり方次第では保存が効くようにもなるし……あ、曾祖父ちゃんと一緒にいたんだから、燻製肉なんて食べ慣れちゃっているかな?」
するとテチさんは拳を下げて、大きなため息を吐き出して……そうしてから
「何度か食べたことはあるが、肉を食えるなら食べ方なんてのはなんでも良い」
なんていう、身も蓋もない言葉を投げかけてくる。
それを受けて俺は……そんなテチさんに燻製の美味しさを思い知らせてやろうと、味わってもらおうと……スマホを懸命に操作して情報を集めて……残りの肉を使っての燻製計画を練り上げていくのだった。
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