ホテル
木の根のトンネルを進み……密集していた根の間隔が段々と開いていって、木漏れ日が大きくなり、周囲が明るくなり……トンネルの壁というか屋根を作り出していた根が大きく開いていったかと思えば、窓の向こうに青い空が一気に広がる。
まるで演出というものを理解しているかのような形になっている根に驚きながら、窓の向こうの青空を眺めていると、まっすぐに伸びていた道がカーブし始め……正面にあったホテルを横窓から眺められるような形でバスが進み始める。
大きくカーブしたと思ったらまたまっすぐ進み……ホテルを横に眺めながら真正面まで行ったなら、玄関に向かっていく……という感じになるようだ。
木の根のトンネルの向こうの一帯は、森の中とは思えないような木々の少ない開けた場になっていて……そこにホテルや運動場、コンサートホールのような施設や病院やリハビリセンターが建てられていて……恐らくはプールなのだろうという広い区画が特に目立っている。
「おお、いかにも山の中のリゾートホテルって感じの見た目だなぁ。
ホテル自体も大きくて立派で……建物全体が弧を描いていて、正面に噴水広場があって、玄関があって……これで温泉があって、食事も美味しいなら悪くなさそうだなぁ。
門の向こうでも普通に人気になりそうな感じだけど……これでお客さんがいないっていうのはちょっと寂しいねぇ」
身を乗り出してテチさん側の窓を覗き込みながらそんな声を上げると、静かにホテルを眺めていたテチさんが頷き……どうしてもホテルを見たかったらしいコン君達が席を離れてこちら側へとやってくる。
運転中に危ないと叱っても良かったのだけど、この年頃の子供の好奇心にそんなことを言っても仕方ないかと頷いた俺は、さよりちゃんをテチさんに抱きかかえてもらった上で、コン君を抱きかかえて、窓の向こうがよく見えるようにと位置を調整してあげる。
「おぉー! ホテルだ! テレビで見たやつだ!!」
「あそこで結婚式とかも出来るんですよねぇ」
なんて声をコン君とさよりちゃんが上げて……そうこうしているうちにバスがホテルの正面に到着し、噴水広場脇の大きな道路を進みながら玄関へと向かっていく。
弧を描いているホテルに沿うようにしてバスが進み、ゆっくりと速度を落としていって……そして弧の中央にある玄関へと到着すると、ホテルの職員の……皆さんがずらりと整列していた。
質素なネクタイや蝶ネクタイ、あるいはノーネクタイの男女がずらり。
当然全員が獣人で……その耳をパッと見ただけではどんな獣人なのかの判断は付きづらい。
「あー……中々お客さんがこないもんですから、たまのお客さんが来ると、ああして張り切っちゃうんですよ。
ま、サービスに関してはこれ以上ないものが受けられるでしょうから、安心してくださいよ」
その光景に俺達が怯んでいると……バスを止めた運転手さんがそんなことを言ってきて、俺達は苦笑いを返しながら立ち上がり、鉢植えなどの手荷物を持ってバスを降りて準備をし始める。
準備を終えたなら俺を先頭にバスを降りていって……同時に凄まじいまでの声が正面から一斉に降り注いでくる。
『ようこそいらっしゃいませ!!!』
それを合図にして職員さん達が動き始め……バスに詰め込んだ荷物の運び出しなどが行われ始め、結構な量のパンフレットを抱えた男性が部屋への案内をし始める。
玄関を入って分厚い絨毯を踏んで、豪華なシャンデリアを見上げ、綺麗な花瓶と花を眺め。
そうやって進んだ先にはエレベーターがあり、エレベーターの壁はガラスなのか透明の、ホテルの外を眺めることの出来る作りとなっていて、そんな光景を……、
「おお、これは凄いな」
「おおーーー!! なんか空飛んでるみたい!!」
「きゃー!? な、なんでこんな風にしちゃんですか!?」
なんていう、テチさん、コン君、さよりちゃんの声を聞きながら楽しんでいく。
そうしてエレベーターは最上階に到着し……職員さんが案内するままに、俺達は最上階の……なんか、玄関よりも豪華な絨毯の敷かれた廊下を進んでいく。
「……ん? 最上階?
あれ? 予約は普通の部屋でしたような……」
全てのホテルがそうでは無いのかもしれないけども、客が行ける範囲での最上階というのはほとんどの場合スイートルームとか呼ばれる一番豪華な部屋があるもので……普通の価格の、一般的な部屋の場合はその下の階層となるのが通例で……。
一体なんだってまた、そんな最上階に案内されてしまったのだと俺が首を傾げていると、俺の言葉を受けてか職員さんが言葉を返してくる。
「お客様から頂いたご予約……大人二人、子供二人の二部屋とのことで。
わざわざそういうご指定をいただく程ですから、お子様だけでも問題ないとの判断をされたのでしょうが……それでもなるべく、大人の目が届くところに居る形になったほうが安心出来るのではないかということで、こちらの判断でこのお部屋をご用意させていただきました。
料金は予約頂いた時に提示させて頂いたから変更はありませんので、安心してお楽しみください」
と、そう言って職員さんは、目の前へと迫ってきたなんとも立派な……ホテルの客室の部屋とは思えない、装飾付きの取っ手のついた両開きドアにカードキーを差し込んでから、ゆっくりと押し開いていく。
その先にあったのは我が家より広いんじゃないかという立派な部屋で……壁全てが窓になっているというとんでもない空間で。
ソファやテーブル、テレビにワインセラーに冷蔵庫、更にダイニングキッチンなどなど驚くような設備が揃っている部屋が俺達を出迎えてくれる。
「寝室はあちらとあちらの扉の先にありまして、中にあるものを含めご自由にご利用になってください。
バスルームはあちらになりますが……しばらくの間は貸切状態ですので、ぜひとも1F2Fにある大浴場をご利用になっていただければと思います。
ワインセラー及び冷蔵庫の中の品々は料金に含まれていますのでご自由にご利用ください、料理をしたい場合はその旨を連絡していただければルームクリーニングのタイミングで冷蔵庫の中に材料を揃えさせていただきます。
ルームクリーニングの際に、バスルームのクリーニングボックスに入っている衣服を回収させていただき、翌日までにクリーニングを済ませてお部屋にお戻しいたしますので、こちらも料金内のサービスですので遠慮なくご利用ください。
そしてあちらにあるのが―――」
部屋の豪華さに驚く俺達に対し、職員さんはそんな説明をし始めてくれて……いやいや、いやいやいやいや、こんなにサービスしてもらってあの料金はあり得ないでしょ、絶対赤字でしょこんなの、なんで俺達こんなにサービスされちゃってるの、と、そんなことを考えた俺は……テンションを上げてしまったらしい、テチさんコン君さよりちゃんが部屋の中を駆け回る中、大口をあけたままただただ唖然としてしまうのだった。
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