サクランボとパイと、それと……
サクランボを丁寧に洗って柄を取り、製氷用の氷皿やコンテナ型の保存容器に並べ、体にピースサインな乳酸菌飲料の原液を注ぎ込む。
後はそれを冷凍庫に入れたら作業は終了で……うぅむ、本当に簡単だなぁ。
「こうやって凍りつかせておいて、長期間でも味が劣化しないなら、秋とか冬とかに色々な料理に使って楽しめるかもねぇ。
特にフルーツパイは今ごろの時期より秋とか冬とかに食べた方が美味しい……と、個人的に思っているから、その頃まで保つならチェリーパイを作って楽しみたいもんだね」
サクランボを次から次へと洗い、原液に漬け込み、冷凍庫にしまい……と作業を繰り返しながらそんなことを言うと、いつもの椅子に腰を下ろしながらその作業を見守っていたコン君が、すんすんと鼻を鳴らしながら言葉を返してくる。
「チェリーパイは食べたことないかも!
アップルパイとかイチゴパイはレイにーちゃんが作ってくれたけど!
……そう言えばパイって色々あるよね? お肉のパイとかもあるんでしょ?」
「あるねー、ミートパイ。
他にもお魚のパイもあるし、本当になんでもある感じだね」
「へぇー……お魚のパイ、かぁ。
パイっていうとオレ、甘いものってイメージなんだけど……お肉とかお魚はあんまりイメージ沸かないかも」
「あー……でも昔はお肉とかお魚とか野菜とかのパイがメインだったはずだよ。
それが段々と時代が変わってフルーツとか甘いものを入れるようになった……とかだったはず。
そもそもパイってこう……旅とかに持ち歩く、携行食だったからね」
と、俺がそう言うとコン君は、目をぱちくりとさせて……天井を見上げて、パイ料理がどんなものであるかを一生懸命思い出し、もう一度目をパチクリとさせる。
「……にーちゃん、パイは……その、あんまり持ち歩けないと思うよ?」
そうしてから優しく、諭すようにそう言ってきたコン君に俺は「あはは」と笑ってから言葉を返す。
「えーっとね、昔のパイはこう、コン君が想像しているようなパイじゃなくて、なんていったら良いのか、外側の生地……皮は食べないというか、食べられない感じのがメインだったんだよ。
分厚くて固くて……高火力の竈で長時間熱しても耐えられるようって感じの、皮が容器代わりみたいな扱いを受けていたんだよ。
今のパイみたいに網目にもなってなくて、すごく分厚い皮ががっしりと全体を覆っている感じで……焼き上がったそれを布とかに包んで鞄とかに入れて持ち歩いたんだね。
で、食べる時にはナイフとかで皮を切って広げて、中身と中身の側でちょっとだけ柔らかくなったほんの一部の生地だけを、スプーンですくい取って食べたって感じ。
最初から外側を食べるつもりじゃないから、汚れても構わないし傷ついても構わないし、そう簡単に破けるもんでもないっていうんで、持ち歩けたって訳だね」
「へぇー……?
説明されても、なんだか想像できないかも!
昔の人って変わったものを持ち歩いて食べてたんだねー」
「そうだね。
パイが普及していたヨーロッパの方は、こう……2・3日も歩けば街があるか修道院とかがあるかって感じだから、そんな感じの美味しさ重視のものを持ち歩いて、長時間の移動は最初から考慮してなかったのかもね。
で、最初のパイはそんな感じだったんだけど、オーブンがどんどん改良されていって、そこまでの分厚い皮が必要なくなってきて……それからようやく皮を食べる今の形のパイになった……らしいよ。
同じ頃に菓子パンとかのブームがあって、それで甘い、フルーツとかを使ったパイが広がった……んだったかな」
「へーへーへー!
中身が見えてる網目のとかもその頃に出来た感じ?」
「そうなんじゃないかな? 俺もそこまでは詳しくないけど……。
最近では一切蓋がないフルーツ丸見えの、フルーツドカ盛りのパイとかもあって、昔のパイとは全くといって良い程に別物なんだろうねぇ。
流石にああいうパイは……うん、持ち歩いて食べるには向いてないだろうねぇ」
「でもね、でもね、オレああいうパイ大好き!
レイにーちゃんがイチゴたっぷりの、イチゴまみれのパイ作ってくれるんだけど、本当に美味しくてたまんないの!
ミクラにーちゃんのジャムトーストくらい好き!!」
その言葉に俺は思わず苦笑してしまう。
プロのパイと素人のジャムトーストが同列とは……レイさんが聞いたら卒倒してしまいそうな言葉だ。
「う、うん、ありがとう。
でもその、なんだ……そういうのはレイさんには言わない方が良いかもね」
なんてことを言い、なんでだろうとコン君が首を傾げる中、一通りの作業を終わらせた俺は……道具などの片付けを進めながら、追加の冷凍サクランボを作るかどうかで頭を悩ませる。
サクランボは……本当に美味しくて色々なお菓子に使える果物だ。
パイにケーキに、その他諸々に……長く保存出来るならばそれにこしたことはない。
問題があるとすれば値段がネックということで……いくら保存が効くとはいえ量を揃えるのがきついことで……うぅん、どうしたものだろうかなぁ。
何れせよ今凍らせているのが美味しく出来るかどうかを確かめてから作ることになるのだけど……と、そんな事を考えていると、コン君の耳がピクピクッと動き、その直後にコン君のオーバーオールのポケットの中にあるスマホが着信音を響かせ始める。
なんとも珍しいコン君のスマホへの着信に俺が驚いているとコン君は、椅子から立ち上がって器用にスマホを取り出し、通話ボタンを押して……その顔に対してかなり大きめのスマホにやや苦戦しながらの通話をし始める。
「はい、三昧耶です。
あ、うん、コンです。
うん……うん……うん、分かった、うん、分かったよー。
……うん、かーちゃん、分かったってば、うん、じゃぁまたね」
なんて会話をし、通話終了のボタンを押して、そうしてからスマホをしまったコン君は、小さなため息を吐き出してから何事もなかったかのように椅子に座り直す。
「……何かあったの? 緊急の連絡?」
と、俺がそう声をかけるとコン君は……、
「えっとね、お見合いの日程が決まったんだって」
なんてことをさらっと言ってのける。
お見合い……お見合い……コン君のお見合い!?
以前にお見合いをすると聞いてはいたものの、それでも改めて話を聞くと驚きで、その日程が決まったとなると尚の事驚きで……家族でも親戚でもない俺としては全くの他人事なのだけど、それでもテチさんの叔父さんという揉め事以上に動揺し……ドキドキと胸を打ちながらの妙な緊張感に襲われてしまうのだった。
お読みいただきありがとうございました。




