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獣ヶ森でスローライフ  作者: ふーろう/風楼
第一章 塩豚、燻製、おまけでジャム

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襲撃


 少しばかり契約から話が逸れてしまっていたが、毎日家まで配達してくれるのならありがたいと、牧場との牛乳配達契約をすることに決めた。


 するとレイさんは、契約に関するパンフレットと、契約書の見本を渡してくれて……よく読んでおけと、強く念を押してくれる。


「契約書はどんなものであっても……有名な企業相手のものでも、身内相手のものであってもしっかり読んでおけよ。

 読まずに契約して後で騙されたとか詐欺だとか騒いだってどうにもならないんだからな。

 契約書をしっかり読んで内容を理解しておくというのも、社会人の義務みたいなものだ。

 どうしても内容が理解しきれない時は、然るべき所に相談して―――」


 と、そんなことを言いながらこんこんと、親身になって語ってくれて……その言葉を聞きながら契約書の見本に目を通していると、がさりと森の方で大きな音がする。


 それはレイさんがやってくる時の音のようで、誰かが森の木々をかきわけてこちらにやってきたという音のようで……また誰かやってきたのかなと音がした方へと視線をやると……ぎょろりとした二つの目が、俺のことを睨んでくる。


 荒く息を吐きだし、大きな牙を揺らし……まさに殺気立っていると表現したくなるような、鬼のような表情でこちらを睨んでいるのは……大きな、とても大きな黒々とした毛でその身を覆う、大きなイノシシだった。


 まさかの登場に驚き、困惑し、俺が身動き一つ取れなくなっていると、棒の先端に落ちた丸いパーツをはめ直したテチさんが、棒を構えながら飛び上がって、俺達の前に……俺達を守るように仁王立ちになり、同じく飛び上がったレイさんが子供達を守る為なのだろうか、畑の方へと凄まじい勢いで駆けていく。


「去れ!

 ここにお前の餌は無いぞ!!」


 そんな状況の中でテチさんがそう声を上げるが……イノシシはその声に耳を貸そうとしない。


 その目と大きな鼻と大きな耳は俺へと向けられていて……いや、テーブルの上にある牛乳の瓶と紙箱入りの卵へと向けられていて……『餌ならそこにあるじゃないか』と言わんばかりの表情をしながら地面を蹴って、こちらに駆け出そうとしてきて……テチさんが構えた棒で休憩所の床を……コンクリートの床をガチィンと叩き、こっちに来るなとの威嚇をする。


「森に帰るんだ!

 それ以上こちらに来るなら容赦をしないぞ!」


 そんなテチさんからの警告を受けてもイノシシは、こちらに襲いかかろうという態度を崩さず……興奮しているのか荒く息を吐き出してから、物凄い勢いでもってこちらに突っ込んでくる。


 するとテチさんはその突進をひらりと華麗に避けて、すれ違いざまに棒を物凄い速さで振るいイノシシの額を強かに打ち据える。


 鉄の棒での一撃はそれなりのダメージだったのだろう、額を打たれたイノシシは『ブギィ!?』との悲鳴を上げて、体をよじりながらもこちらに襲いかかろうと駆けてくる……が、脳震盪でも起こしているのか、方向が定まらず、明後日の方向へと駆け抜けていく。


 そうして前足をもつれさせて、鼻から地面へと突っ込んで地面の上を滑り倒れ……ふらふらと定まらない足元でどうにか起き上がってこちらへと向き直り……敵意のある視線をこちらへと向けてくる。


「もう春だ! 餌ならそこら中にあるだろう!

 なんだってここにこだわるんだ、お前は!!」


 そんなイノシシに対して、テチさんがそう声を荒げる。

 怒っているというかなんというか……苛立っているようにも聞こえるその声に対してのイノシシの回答は……もう一度狙いを付けての突進だった。


 だがその突進に先程のような鋭さは無く、突進力はなく……その程度の突進であれば回避するまでもないとテチさんは、両脚をしっかりと開いて構えて、両手でもってしっかり棒を握って、全力での一撃をイノシシの脳天へと放つ。


 勢い無く駆けていたイノシシはその一撃を食らってふらりと体を揺らして……そうしてドスンと横に倒れてピクリとも動かなくなる。


 気絶しただけなのか、それとも死んだのか。

 なんとも言えない状態のイノシシを見て……改めて棒を構え直したテチさんは、ゆっくりと近づいて棒でなんとかイノシシの腹を叩き……そうしてからそっと、その胸の辺りというか、腹の辺りに手を触れる。


「……もう大丈夫だ、死んでいる。

 逃げれば死なずに済んだものをなぁ……」


 そうして少し悲しそうに呟いたテチさんは、そっと手を合わせてイノシシの冥福を祈ってから……まずは俺に、次にレイさんに声をかける。


「実椋、こいつの解体をするから家から何本か包丁を持ってきてくれないか?

 ……そして真っ先に逃げた兄さん! こいつを吊るして解体するからさっさとこっちにきて、手伝って!!」


 その声に対し俺とレイさんは、異口同音に『はい!』とそう言って駆け出し……子供達が「テチ姉ちゃんすげー!」「かっけー!」なんて声を上げて騒ぐ中、俺は家の方へと、レイさんはイノシシの方へと向かう。


 そうやって駆けていると今更になって冷や汗が吹き出してきて、一歩間違えばあの鋭い牙に刺殺されていたかもしれないなんてことを思って……テチさんは命の恩人だなぁと、そんなことを考えながら家の中へと駆け込む。


 そうしたなら台所で包丁を取り出し……なんだかそのまま持っていくのはためらわれたので、引っ越しの際に荷物を包んでいた新聞紙でもってしっかりと包み込み……3本程の包丁をそうしてから、両手で抱えて畑の方へと戻る。


 すると休憩所側の、森の木に倉庫にあったらしいロープが縛り付けられていて……そのロープでもって、圧巻の大きさのイノシシが頭を下にする形で吊り下げられていた。


 そしてその直ぐ側には、疲労困憊といった様子で地面に座り込むレイさんの姿があり……小さな同情心を懐きながら、イノシシの側に仁王立ちになっているテチさんの下に向かい、新聞紙で包み込んだ包丁を手渡す。


「今、湯を沸かしているからもう少し持っててくれ」


 するとテチさんがそんなことを言ってきて……「湯を沸かす?」とそう言いながら首を傾げた俺は、休憩所のコンロ台の方へと視線をやって、そこに設置された小さなコンロとその上の鍋を見て「あ!?」との声を上げる。


 倉庫の中にあったのか何なのか、いつの間にか用意されたそれらを見て……いや、だとしても一体何に使うんだ? と、俺がもう一度首を傾げていると、イノシシを睨んだままテチさんが説明をし始めてくれる。


「包丁を煮沸消毒するんだよ。

 それが終わったら内臓を傷つけないように腹を開く。

 腹を開いたら各内臓を肉から切り離してやると……内臓全てが一塊になって下に落ちてくるという訳だ。

 それが終わったら倉庫に移動してから皮を剥いで、肉を各部位に分ける訳だが……この大きさだと食いきれないかもしれないな」


 何度か解体の経験があるのだろう、さらりとそう説明してくれたテチさんを見やりながら俺は「なるほど」と頷いてから……ぼつりと言葉をもらす。


「もし食いきれないようなら冷凍するとか……それこそこのイノシシ肉で、何か保存食を作るのも良いかもしれないな。

 塩豚とか燻製肉とか……うん、色々作れるかもな」


 そんな俺の言葉を受けてテチさんは、こちらに視線を向けてきょとんとした顔をして……何を思ったのか「それも良いのかもな」なんてことを言ってなんとも柔らかに微笑むのだった。


お読みいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] イノシシの解体は地域差もありますよねー。 熱湯で体毛むしってからバラすとこもあったりするんで、最初お湯沸かしてるのはそれ用かと思いました。 僕は喉から肛門に向けて外してく派ですね! 肉に…
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