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獣ヶ森でスローライフ  作者: ふーろう/風楼
第一章 塩豚、燻製、おまけでジャム

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新たな契約


 それからまたしばらくの間、静かな何も無い時間が続いて……そうしてそろそろ昼食の時間かなと思い始めた頃、がさがさと森の中で音がして……レイさんが姿を見せる。


「よ、今日もやってるな」


 片手を上げながらそう言ってきたかと思ったらレイさんは、今日も何か持ってきてくれたのだろう、手に持った袋をがさりと持ち上げてこちらに見せてくる。


「こんにちは」


「おお、こんにちは。

 今日はこれまでとは違って商売の話をしにきたんだよ、商売。

 富保さんも愛用してくれていた、生活に欠かせない大事なものを買わないかってお話だ」


 俺がそう挨拶すると、レイさんは笑顔で挨拶を返してきて……そうしてから渋い表情というか、なんとも面倒くさそうな表情をしながら口をつぐんでいるテチさんの隣にどかんと座って、袋の中身を取り出して見せてくる。


「これはオレが懇意にしてる牧場で今朝絞ったばかりの牛乳でな、こっちが同じ牧場で今朝とれたばかりの鶏の卵でな、富保さんはこれを1日1本と1個、定期購入してたんだよ。

 そんでまぁ、お前はどうするのかなってさ、スーパーのよりはうんと美味いし栄養もあるぞ」


 そう言ってレイさんは給食で飲んだような牛乳瓶と、卵1個が入った再生紙ケースを俺の目の前にとんと置いてくる。


「へぇー……今朝のっていうのは新鮮で良いですね。

 1日1本と1個を買った場合、いくらくらいの料金になるんですか?」


「月5000円だな。高いと見るか安いと見るかはお前次第だが……オレもお菓子作りに使っているくらいの良いものだからな、損ではないはずだ」


 5000円……大体1本と1個で150円と少しいったところか。

 そう考えると確かに悪くない値段だが……逆にそれで牧場のほうは商売になるのだろうか?


 と、そんなことを考えていると、俺の考えを見透かしたのか、レイさんが笑顔になりながら口を開く。


「ちなみにだが追加購入は別料金だぞ。

 1日1本に1個、一人暮らしならそれで十分だが、追加で牛乳や卵を使った料理を食いたくなったり、お菓子作りをするとなったり、家に客が来るとなったらそれだけじゃぁ足りないからな、配達員に頼んで追加購入をする必要があるって訳だ。

 で、まぁ、これがなんだかんだと週に数回はある訳でな、牧場の本当の狙いはこっちの追加購入にある訳だ。

 更に牧場で作ったバターやチーズ、アイスなんかも販売してるしな……契約してもらってそれらを売るチャンスができればそれで十分と考えてるようなんだよ。

 契約したら色々と貰えるもんもあるし……ま、ま、とりあえずその牛乳をぐいっと飲んでみて、検討してみてくれよ」


 その説明に「なるほど」と呟いて納得した俺は……言われるがまま牛乳瓶に手を伸ばし、紙の蓋を外して……ぐいとその中身を口の中に流し入れる。


「お、美味い。

 旅行とかで牧場に行った時に飲んだ牛乳も美味かったけど、これは更に良いですねー。

 明らかに濃いし、甘みもあるし……うん、これなら契約しても良いかもなぁ。

 ……ところでその、契約したら貰えるものっていうのは具体的に何を貰えるんですか?」


 新聞契約のように洗剤とかだろうか?

 しかし洗剤はこう、使い慣れているものじゃないと変な匂いが服に染み付いてしまってげんなりしてしまうし、誰かからもらって嬉しいものでは無いんだよなぁ。


 なんてことを考えながらの俺の言葉にレイさんは……、


「ん、もし契約してもらえたら配達用の保温箱と、それに入れておく冷却材と、牧場で作ってる石鹸詰め合わせと……それと棒が貰える」


 なんて言葉を返してくる。


「え? 棒? 棒って……棒ですか?

 えっと……物干し竿とか、そういうことですか?」


 その言葉に首を傾げた俺がそう返すと、レイさんはなんとも微妙な表情になって……頭をがしがしと掻いて「どー説明したものかなー」なんてことを言い始める。


 するとその隣で黙って話を聞いていたテチさんがすっと立ち上がり……近くの、子供達が使っている道具などがしまわれている物置へと向かい、その中から一本の棒を取り出し、こちらに持ってくる。


 長さは大体テチさんと同じ身長程度で、恐らく鉄製で……先端には一体何のためなのか、丸い鉄球のようなものが付けられていて……その棒を持って休憩所までやってきたテチさんは、それをまるで自らの手足のように手慣れた様子で、華麗に振り回し……まるでそれが武器であるかのように、映画とかで見る古武道の達人であるかのように構えて見せる。


「これが棒だ。護身棒と呼んだりもするが……まぁ、棒と呼ぶのが一般的で……武器だな」


 棒を構えたままテチさんがそんなことを言ってきて……俺は首を傾げながら言葉を返す。


「武器……? 牧場と契約すると武器が貰えるの? というか、武器なんてもらって俺はどうしたら良いの?」


「そもそも牧場と契約しようと検討するのは、独り立ちをした者かよそ者かのどちらかで、新しく武器を必要とするのもそのどちらかだからな、契約の際に渡しておくと都合が良いというか、楽なんだ。

 そして武器をどうしたら良いかと言われれば……その答えはこれで身を守れというものになる。

 この森には熊やイノシシといった野生の獣がいるからな、それと出くわした際に護身棒が無いでは命を落とす危険すらあるぞ。

 ……本当は槍だとか刀だとか銃だとかを持ちたい所なんだが、銃刀法なんていう面倒くさい法律があるからな……仕方なくこんな棒を護身用にしているという訳だ」


 それから始まったテチさんの説明によると、獣人が銃の所有許可を取ろうとすると、それはもう驚くくらいに面倒くさい、様々な手続きと審査が必要になるんだそうだ。


 熊などが出る森の中で銃が無いでは危険過ぎるので、許可自体は降りるのだが……あちらの人間、たとえば俺が許可を取るよりも10倍面倒で、10倍許可が取りにくいらしい。


 かつて人と獣人は戦争をしていたことがあり……また戦争になるかもしれない相手を武装させたくないという、そんな意図というか、政治的な判断あってのことなのだとか。


「熊にしてもイノシシにしてもこの棒でもって……この先端の丸い部分でもって頭蓋を砕いてやれば、肉へと早変わりという訳だ。

 ここらは森の隅の隅と言える場所だし、富保が獣避けの薬剤を撒いたりしていたから、そうそう出くわしはしないだろうが……それでもまぁ、念のために棒を持っておくと良い。

 ……使い方に関しては……そうだな、それ相応の礼をしてくれるなら私が教えてやっても良いぞ」


 そう言ってテチさんは俺に決断を促すためか、棒の先端……丸い部分を俺の眼前へと突きつけてくる。


 その動きは鋭く、全くブレることのないその様はとても洗練されていて……テチさんがかなりの使い手であることが分かる。


 熊に武器無しで襲われるなんてのはゾッとしないし、これは棒をもらって使い方を習っておいた方が良さそうだなと、そんなことを考えた……その時、棒の先端の丸い部分が、ぽろっと落ちてゴツンとテーブルの上に転がる。


 転がった丸い部分にはネジのようなパーツが突いていて、棒の先端にはそれを受け止めるネジ穴のようなものがあって……どうやらしっかりとネジが締まっていない状態で振り回してしまったがために、緩んで落下してしまったようだ。


「へぇー……こんな風に先端が外せるんだなぁ

 ということは先端が付け替え可能ということ……だけど、こんなただ丸いだけのものをなんでこんな造りにしたんだ?

 多少傷ついても変形したとしても交換する必要なんて無いだろうに……。

 ……あ、もしかしてこの先端パーツ、色々なバリエーションがあるとか?

 確かにこの部分だけ付け替えれば、色々な使い道がありそうだなぁ……そう、例えば槍……と、か」


 と、そんなことを話していって……話していく途中で俺は、何か拙いことに気付いてしまったのではないかという気分になって、口をつぐむ。


 この棒……見ようによってはテチさん達が、いつでも簡単に槍やら薙刀に換装出来る武器を常備しているとも言える訳で……露骨な態度で目を逸らしているテチさんとレイさんの態度からも色々と察することが出来る訳で……。


 だが現代社会において、こんな槍一本で一揆だ戦争だなんてことは出来ないし、仮に槍に換装出来たとしても……やはりこれは護身用のものだと言えるのかもしれない。


 ……そう言えば確か、以前読んだ本に……。


「た、確か、以前読んだ本によると、鉈とかそういうのを棒の先につけても槍とは呼ばないらしいよ、うん。

 戦国時代に使っていたような、細くて切れ味があって、突き刺し能力の高いものを槍と呼ぶんだとかなんとか……。

 だ、だからまぁ、この先端にそういった刃物をつけるくらいは……うん、罠猟のトドメとかにも使うことがあるらしいし、セーフなはず……だよ、うん」


 と、そんなことが書いてあったなぁと、思い出しながらのフォローをすると、テチさんとレイさんは目を逸らすのをやめて、俺のことをじっと見つめてきて……にこりと、二人同時に微笑む。


 この件に関してはこれ以上、深く詮索するのはやめようか。


 そんな意味が込められている微笑みを受けて俺は……似たような乾いた微笑みを返しながら、こくりと力強く頷くのだった。


お読みいただきありがとうございました。

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