食べて食べて食べて
お義母さんが作ったウナギ料理は、蒲焼きや白焼きといった定番なものだった。
見た目としては何処にでもある感じというか、至って普通で……門の向こうのものと差は無いように思える。
まぁ、仮に差がないのだとしても、そもそもウナギそれ自体が美味しいものなのだし、丁寧に作っていれば人気になるのも当然かと、そんなことを考えながらコン君が用意してくれた良い照りとなっている蒲焼きを一つ、自分の皿にとってから、箸で一口サイズに切り分け、口の中に運ぶ。
甘さとしょっぱさは控えめで、どういう味付けなのか、旨味がぐんと強くなっている。
タレに旨味が入っているのか、それともウナギの旨味を引き出しているのかは分からないが、とにかく強くて豊かで、たまらない風味が鼻を抜けていって……同時にやわらかなウナギの身が程よく口の中を刺激してくれる。
「いや、思っていた以上に美味いな!」
なんてことを言いながら俺は二口三口とウナギを食べていく。
今日一日頑張って疲れているというのもあるのだろう、ろくに食事をしていないというのもあるのだろう。
そうした効果もあって特に美味しく感じているのだろうけども……それにしてもこれは、今まで食べたことがないって程に美味しくてたまらない。
そうやって蒲焼きを次から次へと食べていると……お義母さんが二つのどんぶりを持ってきてくれる。
片方はキラキラと輝く白米で、もう片方はなんらかの炊き込みご飯……大葉とゴマと、それと薄切り生ショウガが入ったものとなっていて……それらを見せてきたお義母さんが「どっちが良い?」と、そんな声をかけてくる。
これはつまり、どっちのどんぶりでうな丼を楽しむのか? という、そういう問いなのだろうか?
うな丼と言えば当然白米……なのだけど、あえてそんな炊き込みご飯を、これ程に美味いウナギの蒲焼きを焼ける人が持ってきたというのも気になってしまう。
ショウガと大葉とゴマ……刺し身と一緒に食べたり、ちらし寿司にして食べたりするには中々悪くない組み合わせに思えるが……さて、ウナギに合うのかどうか。
もしかしたら合わないかもしれない、お義母さん的には好みでも、俺の好みじゃないかもしれない。
だがそれでも好奇心を抑えられず、試してみたい気持ちに勝てず、俺は炊き込みご飯の方を選択する。
するとコン君もそちらを選択して……すぐに俺とコン君の分のどんぶりが運ばれてきて、俺はそれにウナギの蒲焼きをどかんと乗せて……箸を構えて始めてのウナギ炊き込みご飯丼に勝負を挑む。
蒲焼きを切り分け、炊き込みご飯と一緒に箸で持ち上げ……口の中に運び。
するとウナギの味と炊き込みご飯の、控えめの味付けと大葉とゴマの香りがふんわりと漂ってくる。
主張としてはそこまで強くはない、ショウガもそこまで強くは主張をしてこない。
だけれどもたまにショウガがガツン! 大葉がガツン! と香りを伝えてきて……俺は「ふぅむ」と唸る。
美味いか美味くないかで言えば美味い。
魚によく合う味付けでやっぱり刺し身やちらし寿司向きといった印象で……だけれどもお義母さんのウナギにもよく合う。
普通の蒲焼きとは少し違う、控えめの味のタレが良いのか、豊富な旨味が良いのかはよく分からないが、蒲焼きの味に飽きることなく、もっともっと、どんどん食べたいと食欲が湧いてきて、いくらでも口を動かしていられるというか、ウナギを食べ続けることが出来る。
しかしこれなら白米でも良いように思える。
白米のあの素朴さと、ガツンとインパクトたっぷりのウナギの蒲焼きの相性の方が良いように思える。
思えるのだけど……これはこれで悪くない。
いくらでも食べられるし、箸は止まらないし、食べた先からお腹が空いてくる感じだ。
漬物などといった箸休めを、ご飯の中に混ぜ込んだとでも言えば良いのか、なんというか……少し騒がしく落ち着かない、こういう場で食べるには悪くないのかもしれない。
と、そんな風に俺が風変わりなうな丼を楽しんでいる中、目の前のテーブルにちょこんと座ったコン君は、それはもう凄まじい勢いで炊き込みご飯うな丼を食べ続けていた。
「はふっ……ほふっ……うまうま! はふっ!」
なんて声を上げながら、それはもう夢中で。
そうするコン君の鼻がピクピクと動いていて、耳も尻尾も活発に動いていて。
特に鼻の動きが激しいことから俺は……このどんぶりは獣人向けなのかもな、なんてことを思う。
大葉とゴマと生しょうが。
どれも香りが強いもので、嗅覚に優れる獣人に訴えかけるもので……それもあって目の前のコン君は食欲を刺激されまくっているのだろう。
鼻がそこまで効かない俺には程々の効果でも、獣人相手となるとまた別であるらしい。
そんなコン君の様子を見て俺は「なるほど……」なんてことを呟きながらうな丼を食べていく。
この味というか香りというか、豊かな風味を覚えておけば、テチさんやコン君にもっと喜んでもらえるかもしれない……と、そんなことを考えながら食べ進めていくと、庭の向こう、倉庫の前辺りから、大きな歓声がどっと上がり……そちらへと視線をやると、凄まじいまでの湯気と熱気がむわりと上がっている様子が視界に入り込む。
そこには例のレンガを積み上げた窯があり、牛の丸焼きが行われているはずであり……どうやらようやく丸焼きが完了し、窯の開封が行われたようで……それを受けての歓声だったようだ。
そこからなんとも良い香りが漂ってきて、それを受けてか、椅子に腰掛けて酒を飲んでいたり、食事をしていたりした獣人さん達が……結婚式の丸焼きを楽しみにしていた面々が立ち上がり、皿と箸を片手に、窯の側へと殺到する。
そしてそれを待っていましたとばかりに、大きなナイフとしゃもじのようなスプーンを構えたレイさんが、牛の解体をし始めて……牛の皮や肉を切り分け、お腹の中に詰め込まれたご飯と丁度いい割合になるようにすくい取って、殺到してくる人々の皿へと盛り付けていく。
盛り付けるレイさんも、盛り付けられる獣人さん達もなんとも慣れた様子で、手際よくスムーズにことが進んでいく。
そんな様子を驚くやら何やら、俺側の親戚は呆然と見つめていて……何人かの勇気ある男達……叔父さん達が皿を片手に窯の方へと近づいていく。
もう既に十分過ぎる程に食べてしまった、酒もそれなりに飲んでしまった。
それでも思わず食べてみたいと思わせるインパクトと魅力と、強い香りが牛の丸焼きにはあり……それらに負けた叔父さん達は、恐らく無謀と思われる挑戦に手を出してしまう。
……無謀なのは俺も同じことだった。
今日の主役として全く手を付けない訳にもいかないだろうし、ここで食べておかないと、もう食べられないかもしれないし……。
獣ヶ森で暮らしていれば結婚式に参加することはあるかもしれないが、普段は豚とかでお高い牛を使うことはそうそう無いとのことらしいし……。
そんな言い訳を心の中で並べた俺は、うな丼を綺麗に食べあげてから皿と箸を持ち、無謀を覚悟で立ち上がり、窯の方へと歩いていく。
そんな俺のことをじぃっと見つめた、そのお腹をぽっこりと膨らませたコン君は……「ふっ」と小さく笑い、そうしてから皿と箸を手に立ち上がり……『オレも付きやってやるよ』と言わんばかりの態度で、俺の後を追いかけてくるのだった。
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