愛を誓って
俺とテチさんの着替えが終わって、母さん達は一旦居間から出ていき、外での……庭の方での準備をするそうだ。
コン君も打ち合わせとかで居間を出ていって、礼服姿の俺とドレス姿のテチさんが残るという形になり……少しの間テチさんを見つめた俺は、大きく頷いてから声をかける。
「よく似合っていて素敵だと思うよ。
お化粧も髪も良いと思うし……母さん達には後でお礼を言っておかないとね」
「うん」
テチさんは短くそうとだけいって、俺のことを見つめ返してきて……そんなテチさんに向けて更に言葉を続ける。
「こっちの式は誓いの言葉とかは無いようだから、今言っておくけど……愛しています、これから二人で頑張っていきましょう」
「うん」
「何かあったらその都度相談するようにして、お互い譲れるところは譲って譲れないところはしっかり守って、長く一緒にいられるように」
「うん」
「そしてまぁ……コン君みたいな元気な子供が出来たら良いなとも思っています」
「うん」
「……これから宜しくお願いします」
「うん……よろしく」
伏し目がちの照れているのか何なのか、静かな表情をし続けるテチさんと、そんな会話とも言えないような会話をして、恐らく母さんたちが気を使って作ってくれたと思われる二人の時間を堪能して……それからしばらくしてコン君がそっと障子戸を開けて入ってきて、持つ必要の無い程度のスカートの裾をそっと持つ。
それは母さん達からの準備が出来たとの合図のようで……俺とテチさんは庭へと向かって並んで立って、そうした方が良いのだろうと、自然な流れで腕を組み合って……まっすぐに障子戸のことを見つめる。
するとすぐに勢いよく障子戸が開かれて、カメラのフラッシュやら何やらが激しく焚かれて……そんな中俺とテチさんは前に進み、縁側へと出る。
最前列にはカメラを構えた父さん達が、その後ろにはテチさんのご両親と、恐らく同年代のテチさんの友人と思われる人達がいて……テチさんの親戚達はこういう式もあるのかと物珍しげな視線をこちらに向けながら、一生懸命に目の前の食べ物を食べ続けている。
それからすぐに叔母さん達がライスシャワーのつもりなのか、切り刻んだチラシの紙をばっさばっさと俺たちに向けて振りまいて……それを受けて更にカメラのフラッシュが焚かれていく。
そうして俺とテチさんは、母さんが何度も何度も繰り返してくる、さっさとやってしまえとの無言のジェスチャーを受けて……緊張やら何やらで固い表情になりながら、誓いの口づけを行うのだった。
それからはもう大盛り上がりとなった。
冷やかすような、煽り立てるような歓声が飛び交い、乾杯の声が飛び交い、食って飲んで飲んで食って、歌って踊っての大騒ぎ。
テチさんの友人達はテチさんの下へと駆け寄ってきて、おめでとうと言いながらドレスを眺めて触れて、スマホで写真を取っての大騒ぎ。
その騒ぎはどんどんと、賑やかに……騒がしくなっていって……俺はそっとコン君のことを抱きかかえ、その場から避難し、父さんが用意してくれていた席に腰を下ろして、ようやくの休憩時間となる。
「……思えば朝からずっと立ちっぱなしだったような……。
いや、途中何度か休憩はしたんだっけ……? もうなんか忙しすぎて何が何やら覚えてないや」
なんてことを言うと……俺の膝からテーブルの上へと移動し、テーブルの上に並んでいたホロホロ焼き鳥を引っ掴み、美味しそうに食べ始めたコン君が声をかけてくる。
「ミクラにーちゃん、おめでとう!
かっこよかったよー!」
「ああ、うん、コン君も今日はお手伝いありがとうね。
後はもう好きなだけ食べて飲んでくれて良いから……ジュースもたくさん用意したから好きなのを飲んでよ」
「うん! おいしーご飯いっぱいだし、今日はもうずっと食べ続けるよ!
……にーちゃんは食べないの?」
「……この服を汚しちゃうとアレだからね、もう少ししたら普段着に着替えてきて、それから食べることにするよ。
特に随分前からずっと良い匂いをさせているウナギ料理は前から楽しみにしていたものでもあるからね……着替え次第腹いっぱいになるまで食べないとなぁ」
「テチねーちゃんのかーちゃんのウナギは美味しーからなー!
オレもこれが終わったら取りにいってこないとなー!」
なんて会話をしながら体を休めていると、満面の笑みの父さんがコップとビール瓶片手にこちらへとやってくる。
そうして俺の手にコップを持たせて、瓶の蓋をカシュッと開けて「ほれほれ、飲め飲め」なんてことを言いながら注いでくる。
今日はあまり飲むつもりではなかったのだけど、こんな風にされたら飲むしか無く、くいっとコップを煽って一気に飲むと、それを合図にしたかのように俺の親戚連中の男性陣……叔父さんや祖父さんやらがぞろぞろとこちらにやってくる。
『色々あったけどとにかく良かった、おめでとう。それとこれからもよろしくな』
そんな言葉をその表情や目で伝えてきた親戚達は、和解の一杯として俺のコップにどんどんとビールを注いでくる。
ここまで来てくれて、こうまでしてくれているのだからと、俺はそれを受け入れて次から次へと飲み干し……来てくれた親戚全員分の一杯を飲み尽くしていく。
「……うっぷ、流石にトイレいってきます。
ついでに着替えてきます……」
コップを空にするなりそう声を上げた俺は……ゆっくりと立ち上がりフラフラと揺れる頭を抱えながら自室へと戻っていって……その道中で様々な光景が俺の視界に飛び込んでくる。
母さんや叔母さんは笑顔を弾けさせながらあちらの女性陣と会話をしている光景。
コン君のような子供達を嫌がられない程度に構っている光景。
テチさんが友人達とドレスのパンフレットをわいわいと、楽しそうに眺めている光景。
俺の一気飲みを受けてか、飲み比べなんてものを始めてしまった連中の光景。
楽しそうに嬉しそうに料理を作って運ぶレイさんと彌栄さんの微笑ましい光景。
それらはなんというか……こういう結婚式も悪くないなと思わせてくれるもので……そんな思いを懐きながら自室に戻った俺はさっさと着替えを済ませてから、トイレへと向かって……すべきことをすませてから洗面所へと向かう。
手を洗い顔を洗い、固められた髪を崩し……タオルでぐしぐしと雑に拭いたらリフレッシュ完了。
さぁ、ウナギだと意気揚々とさっきの席へと戻っていく。
するとテーブルにちょこんと座ったコン君が、いつもの笑顔で口いっぱいに美味しそうなウナギの蒲焼きを頬張っていて……そのすぐ側に気を利かせて持ってきてくれたのか、結構な量の蒲焼きが積み上げられた大皿がどかんと二皿置かれている。
一つはコン君のなのだろう、そしてもう一つは恐らく俺のなのだろう。
豪快というかなんというか……大きくて脂が乗っていて、たまらなく美味しそうな匂いを漂わせるウナギが山積みになっているという豪勢な席についた俺は……コン君が片方の大皿をこちらにすっと移動させてきたのを受けて笑顔で「ありがとうね」と返す。
するとコン君はいつもの笑顔を大きくしながら「どういたしましてー!」とそう言ってきて……それを受けて俺はコン君が用意してくれた箸を手に取り、待望のウナギ料理へと手を伸ばすのだった。
お読み頂きありがとうございました。




