食後の運動
昼食を終えて、テチさんが畑へと戻っていって……そうして食器の片付けなどを終えた俺は、棒を手に取り、同じく棒を構えたコン君と共に庭へと繰り出していた。
カロリー多めの昼食を摂ったなら、食後の休憩をし、お腹を落ち着かせてから運動をするというのは、ここ最近の定番になっていて……散歩をしたりラジオ体操をしたりすることもあるが、基本的に運動と言えば棒を使っての鍛錬のことを指している。
以前来たようなチンピラが現れたなら、あるいはイノシシやクマが現れたなら、棒を使えなければ話にならず、自衛が出来なければ話にならず……暇さえあればそこら辺のことをコン君に習っている、という訳だ。
「とぉぉぉぁぁぁぁあー!」
なんて声を上げながらコン君が棒を軸に飛び上がる。
飛び上がったなら棒を手放して、両手をくわりと構えながら飛びかかってくるので、それを受けて俺は、怪我しないようと厚めの布を巻きつけてある棒を軽く振るい、飛びかかってくるコン君のことをそっといなす。
するとコン君は俺が振るった棒をがっしりと掴んで、掴んだなら棒登りの要領で棒を伝ってこちらに物凄い勢いでやってきて……両手を大きく広げてがっしりと俺の顔に飛びついてくる。
飛びつき俺の頭をテシテシと軽く叩き……そうしてからコン君は、飛び退く形で俺の顔から離れて、へへんと得意げな表情を浮かべての勝利宣言をしてくる。
「はい、今回もオレの勝ちー!
っていうか、ミクラにーちゃん、棒には怪我しないようにって布を巻きつけてあるんだからさ、もうちょっと力込めても良いんだぜ?」
勝利宣言のついでにそんなことを言ってきて……そんなコン君に対し、俺は頭を掻きながら言葉を返す。
「うーん、分かってはいるんだけど、どうしても躊躇しちゃうんだよね。
こればっかりは性分だからどうにもならないかなぁ」
「まー……オレはにーちゃんのそういうとこ嫌いじゃないけど、それでもいざという時は遠慮なくやらなきゃ駄目だよ? それで怪我しちゃったら何にもならないからね」
俺の言葉を受けてそう返してきたコン君は……手放した棒を手に取り、持ち上げて構えて……そうしてから何か思い出したことでもあったのか、ハッとした顔になってから、縁側の方へと駆けていく。
縁側にはいつもコン君が背負っているリュックがあって、そのリュックにはコン君の割烹着とか着替えとかが詰め込まれていて……そんなリュックの中から黒い服と黒い頭巾を取り出したコン君は、服を来て頭巾を被って……いかにもな忍者風スタイルとなってから、棒を忍者刀のように逆手に構えての決めポーズを取ってくる。
「これ、かーちゃんに作ってもらったんだ! 忍者衣装!
どうどう? かっこういいでしょーー!
とーちゃんは茶色の方が良いなんてこと言ってたんだけど、やっぱ忍者といえば闇に紛れる黒だよねー!」
コスプレというか忍者ごっこというか、年相応というか、忍者のような格好になったコン君を見て俺は……一瞬だけあることを言うか言うまいかで悩んでから「お、おー、似合ってるねー! 格好いいねー!」と、歯切れ悪くそんな声を上げる。
するとコン君は半目になって……、
「にーちゃん、何かウソっぽいよ? あんま格好よくなかった?」
と、俺の一瞬の迷いを見抜いた上でそう言ってきて……両手を上げて降参のポーズを取った俺は、仕方無しに腹の奥にしまっていた言葉を吐き出す。
「いや、本気で格好良いと思っているし、似合っているとも思っているんだけど……俺も三昧耶さんのように茶色派だからさ、それで一瞬言葉に詰まっちゃったんだよ」
「えー? 茶色は格好悪くないかー?」
「んー……俺も黒の方が格好良いと思うんだけど、実は黒って結構目立つんだよ。
黒い影が視界の中で動くと、人はそれにすぐに気付いちゃうものらしくてさ、夜でも黒は結構目立っちゃうらしいんだよね。
逆に茶色だと視界の中で動いていても中々認識できないらしくてさ、実際の忍者も茶色とか地味ーな色の服を着ていたらしいよ」
「そうなの!? 黒って目立つの……!?」
「うん、結構目立つらしいね。
黒よりも茶色とかのが目立たなくて、茶色よりも迷彩柄とかのほうが目立たないって感じなんだよ」
「……オレ、迷彩って結構派手っていうか目立つなーと思っちゃうんだけど、本当に隠れられるものなの?」
「町の中とかでは目立つだろうけど、いざ木の中に隠れちゃうと中々見つけられないもんだよ?
軍隊で採用されているのは伊達じゃないっていうか……すぐ目の前で動いていても、気付けない時は気付けない感じだね。
写真とかで見たことあるけど、本当にびっくりするくらいに何処にいるか分かんないんだよ。
答えが分かった状態でそこにいるって分かっていて意識してみると目立つんだけど、無意識でぼやーっと見ているだけでは気付け無いっていうか、そんなとこにいたの!? ってびっくりするくらいにね。
もし現代に忍者がいたら迷彩柄の服を着ていたんじゃないかな?」
「そーいうもんかー……。
とーちゃんも茶色が良いって言っててさ、理由は教えてくれなかったんだけどさ、茶色がおすすめとか言っててさー……とーちゃんもそこら辺のこと知ってたんだなー。
オレ知らなかったんだけど、とーちゃんも忍者が大好きらしくて、オレが最近忍者にハマってるって言ったらすごく嬉しそうにしててさー……お家に伝わる古い忍者道具とかがあるから、今度そういうのも見せてくれるってさ、約束してくれたんだよ!!」
「へー……そう、なん、だ……それはよかったねぇ」
コン君との会話の中で、俺はまたも歯切れが悪くなってしまう。
歯切れが悪くなった理由はコン君の言葉にあり……『家に伝わる忍者道具』とは一体全体どういうことかと、内心で困惑してしまったのだ。
昔から忍者が大好きなお家で、代々忍者に関わる色々な道具をコレクションしていた……という理解も出来る、実際コン君はそういう理解をしているようだ。
だがそうではなく、コン君のお家が……三昧耶さんの血筋が『忍者の血筋』であり、本物の忍者道具を受け継いでいるという理解も出来る訳で……言葉の意味合い的には、そちらの方が合っているというかなんというか、可能性が高いように思えてしまう。
忍者……シマリスの忍者、獣人の忍者。
その姿は想像してみると随分と可愛らしく思えるが……コン君のような小柄さと、身体能力と、人間の数倍、数十倍の聴覚と嗅覚を持つ忍者と考えると、途端に可愛くなくなるというか、恐ろしい存在に思えてしまう。
木を登るようにどこでもあっという間に登攀出来て、ちょっとした隙間に忍び込めて、その聴覚と嗅覚で様々な情報を盗み出せて。
厄介というか優秀というか、もしそうなら物語に出てくるような、とんでも忍者のような活躍を余裕でこなせてしまうかもしれないなぁ。
……っていうか、もしかして、忍者って『そう』だったんじゃないか? 獣人だったんじゃないか?
顔とかは頭巾で隠せば分からないし、尻尾も取ってしまえば良い訳で……普段は隠れ里に住んでいるとかも、獣ヶ森のような所で暮らしていたと思えば、納得のいく話のように思えてしまう。
伊賀とか甲賀とか流派の違いは、どの種の獣人かの違いで……それぞれにやれること、得意なことが違って……。
そしてその時に使っていた道具が今も残っている……とか?
……と、俺がそんな事を考えていると、コン君が心配そうに「にーちゃんどうした? 疲れたかー?」と、そんな声をかけてきて……俺は顔を左右に振ることで、コン君に違うよと伝えると同時に、自らの頭の中の思考を振り払う。
今ここで考えても答えが出る訳でもなし、答えが出たからどうだという話でもなし。
むしろ三昧耶さんが本物の忍者の末裔ならば、あれこれ詮索するのは良いことではなさそうで……そうして頭を切り替えた俺は、棒をしっかりと構えて、忍者スタイルとなったコン君との鍛錬を再開させるのだった。
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