ドレスとかの話
夕方。
仕事を終えたテチさんは手洗いうがい着替えを済ませて居間のいつもの席に座り……そうしてなんとも楽しそうにパンフレットを見始める。
既にどのドレスを着るかは決まっていて、仕事中に暇なタイミングを見つけては何度も目を通したらしいのだけど、それでもそうやってパンフレットを見るのは楽しいようで、鼻歌まで歌っていつになくご機嫌な様子を見せてくれる。
これからしばらくは……結婚式までは見ていて嬉しくなるそんな姿を見せてくれるのかなと、俺がそんな事を考えながら夕食の準備をしていると、テチさんが声をかけてくる。
「実椋はどれにするか決めたのか?」
「どれ? どれって……何を?」
そう返した俺は一旦手を止めてテチさんを見やる。
するとテチさんはパンフレットを掲げて……、
「結婚式に何を着るかって話だよ」
と、呆れ顔でそんな言葉を投げかけてくる。
……すっかりと忘れていたが、そうだった。俺の結婚式でもあるんだった。
当然俺もそれなりの格好をする必要がある訳で、それなりの格好でテチさんの隣に立つ必要がある訳で……夕食の準備を再開させながら俺は、合間合間に言葉を返していく。
「んー……んー……まさかスーツって訳にはいかないし、俺もレンタルかなぁ。
……レンタルで……どんな服を、か、んー……どんな服が良いんだろうねぇ」
「それはまぁ、私がドレスを着る訳だし、ドレスに合う服をってことになるんだろうな。
……っていうかこのパンフレットを見てないのか? 最後の数ページに男物の服も載っているぞ」
「あー……さらっと見ただけだったからなぁ、テチさんが選んだドレスはしっかりチェックしたけども。
それに載っているなら、そこから選んでもいいかなぁ、尻尾の穴は対応して貰えばなんとかなるだろうし……」
「そうか……まぁ、ページ数が少ないから選ぶと言っても選択肢はあまり無いだろうな」
「まぁね、結婚式は女性が主役みたいなところあるから……」
焼いた魚を皿に盛り付けながらそう返して……女性が主役との言葉の意味を改めて考えた俺は……盛り付けた皿を居間に持っていきながら言葉を続ける。
「俺の服、テチさんが選ぶっていうのもありなんじゃないかな?
テチさんが俺に着て欲しい、これを着て隣に立って欲しいっていう服を選んでくれたら、多分それが一番の答えなんじゃないかな」
するとテチさんは驚いたような顔をこちらに向けてくる。
向けていて何かを言おうとして……何を思ったのか言葉を飲み込んで「そうか」とそう言って頷き、パンフレットに視線を落とし、ページをめくり始める。
テチさんがそうやってパンフレットをチェックする間に配膳を進めていった俺は、最後に味噌汁をちゃぶ台にとんと置いてから、ゆっくりと腰を下ろす。
するとテチさんは顔を上げて俺を見て、顔を下げてパンフを見て、また俺を見てと繰り返し……小さなため息を共にパンフを畳み、箸を手に取る。
その動作に少し思うところはあったものの、俺もまた箸を手にとって「いただきます」と声を上げて……冷めないうちにと夕食を摂り始める。
「……まぁ、明日か明後日に連絡しても間に合うだろうから、ゆっくり決めてよ」
食事を進めながらそう声をかけるとテチさんは……「ふっ」と小さく笑ってから言葉を返してくる。
「いや、もう決めたんだ、決めてはあるんだが……実椋に似合う礼服は少ないなと思ってな。
普段着ているなんでもないシャツとジーパンが一番似合っていて……かしこまった服は本当にアレだな、全然だな」
「……全然って。
これでもスーツ姿はあっちこっちで結構褒められたんだけどなぁ」
「ああ、スーツは以前、うちの両親の挨拶の時に着ているのを見たが、あれは不思議と似合っていたな。
普段の姿から想像すると全然似合いそうにないのに、不思議とぴったりで……なんでなんだ?」
「……なんでと言われればオーダーメイドのスーツだから、かな。
それなりに高いものだし、プロが俺に似合うように、俺の体に吸い付くように仕上げてくれたものだからね、当然見栄えもよくなるんだよ」
「ふぅん? そういうものなのか?
1・2万のそこらのスーツでも、基本的な造りが一緒なんだから似たような感じになるんじゃないか?」
「まさか、それよりもうんと出来の良い5・6万のスーツでも全くの別物かってくらいに変わってしまうものだよ。
オーダーメイドに否定的な同僚もいたけど、第一印象が天と地ほどに変わっちゃうからね、営業に行くとなったら欠かすことの出来ない必需品だったかな」
「ふーん、そんなものか」
「そうだよ、ウェディングドレスだって、オーダーメイドとなれば天地の差になるはずだよ。
テチさんの体にしっかり合って、テチさんのことを美しく格好よく見せる作りになっていて、見る人を惹きつけるというか、見る人に一切の違和感を抱かせないっていうか、そんな作りにさ」
と、そこで美味しそうに焼き魚を食べていたテチさんの箸が止まる。
箸を止めて何かを考えているかのような顔になって、横に置いたパンフレットを見て……そうしてからこちらへ視線を向けてくる。
「……オーダーメイドって高いもの、なんだよな。
するとこのドレスも当然高い……のか?」
そう言ってくるテチさんの顔はなんとも硬いものとなっていて……俺は首を傾げながらそんなテチさんに言葉を返す。
「え? ああ、まぁ、うん。そうだね、高いものだね。
ウェディングドレスにはそこまで詳しくないけど、ものによっては数百万とかするんじゃなかったかな?
まぁ、今回はオーダーメイドではあるけども、あくまでレンタルで着た後は返す訳だし、割引もしてくれるそうだから、そこまでの値段にはならないはずだよ」
「ぐ……む……。
そ、そうすると、汚したりしたら怒られる……のか?」
「汚れによる、かなぁ。
どうしたって汚れるものだろうし、洗って済むレベルならいちいち何かを言ってきたりはしないと思うけど……」
「ぐうう……け、結婚式には母さんが、母さんが得意のうなぎ料理を作ってくれると言っていたのに……」
そう言ってテチさんは歯噛みする、歯噛みしぐぬぬとでも言わんばかりの、滅多に見られない表情をし……それを見て俺は笑いながら言葉を返す。
「あはははは、ご飯を食べるときは別の服に着替えたら良いじゃないか。
ドレス姿を披露して、皆に見てもらって、写真を撮ったり結婚の誓いをしたりして……そうしたらお色直しってことで着替えて、気兼ねする必要のない格好で食事をしたら良いんだよ。
それなら汚さないだろうし、遠慮なくご飯を食べられるだろうし……っていうか、うなぎの旬って秋だったと思うんだけど、もう出てくるの?
そしてテチさんがそんな風になる程に美味しいものなの?」
そんな俺の言葉を受けてテチさんは目を丸くし、目を丸くしながら頬を赤くし……赤くした頬をぷっくりと膨らませて、膨らませたまま器用に箸を動かして口の中に食べ物を送り込み……物凄い勢いで用意した夕食を食べ尽くしていく。
そうしてから「ごちそうさま!」と荒く声を上げたテチさんは……恥ずかしさがまだ残っているのか、茶碗や食器を抱えての荒い足取り、台所の流し台へとそれらを片付けてから、そのままお風呂場へと直行するのだった。
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