一段落して
蓋を開けられた缶詰が並び、そこからほかほかとした熱気が漂い。
冷ましたのもあって湯気が立つ程ではないけれど、冷え切ってもいない感じで、ちょうど良さそうな缶詰の中身を、一旦大きな器に出してから三等分して分けていく。
イワシ、サバ、ベーコン、ソーセージ。
そして最後にフルーツをガラス皿に分けて……三人同時に箸を構えてつついていく。
「ん、普通に美味しいね。
流石に普通の料理よりかは大雑把な作りになるから大味だけど……それでも出来たてだからか、普通の缶詰より美味しいかもしれないなぁ」
「んー! ソーセージもほかほかやわらかでおいしー!」
「ふむ、普通の煮込み料理といった感じだな。
市販のより美味しく感じるのは……まぁ、手作り品と量産品の違いといった所か。」
俺、コン君、テチさんの順番でそう言ってから……箸を動かし、夢中で目の前のそれらを食べていく。
しっかり火が通っていて程々に柔らかくて、味は染み込みきってはいないけれども、そのおかげで薄味で。
普通の缶詰は保存性のことも気にして塩分とかを多めにしていそうだから、そこら辺の事情も影響してのこの美味しさなのかもしれないな。
「これで保存できれば一番なんだが……素人仕事だとやはり難しいのか?」
皆で美味しく食べ進む中で、テチさんがそう言ってきて……俺は力強く頷いてから言葉を返す。
「うん、そうだね。
ボツリヌス菌とかの問題もあるし、瓶と違って外から中の様子が見えないという問題もあるし、後は作るのに缶代とかでいちいちお金がかかることもあってか、やっている人がすごく少ないんだよね。
前例というか、先輩がいないとどうしても怖い部分があるし、健康を害するかもしれない危険性をおかしてまですることではないし……缶詰に関しては市販品を食べるのが一番だろうね。
瓶詰めとか、梅干しとか、皆がやっていて成功例も失敗例もいっぱいあって、何に気をつけたら良いか、どんな危険があるのか、失敗した時にどう挽回したら良いかが分かっていれば良いんだけども……そういうのが一切ないからねぇ」
「ああ、なるほどな。
今の保存食……いや、料理全般がそういう成功と失敗の積み重ねの先にあるという訳か。
……まぁ、栗作りクルミ作りも似たようなものだしな、そういうことなら仕方ないのかもな」
「そうだねぇ。
それに今回は趣味でやったから問題にならない訳だけど、自作缶詰はコスト的にも決して良いものではないからね。
缶もお高いし、材料もお高いし、加熱のガス代だってそれなりにかかっているし……完璧に計算された工場での効率的な量産にはかなわないってことさ」
「手間賃を無視しても段違いのコストがかかってしまう訳か。
魚や肉を美味しく食べようと思ったら他にも方法はある訳だからな……普通に料理して、その都度食べるのが一番か」
なんて会話を俺とテチさんがする間、コン君は夢中で魚や肉を食べていって……自分の分を綺麗に食べ上げたなら、一旦お茶を飲んで口をすっきりとさせて……そうしてからフルーツへと取り掛かる。
フルーツに関しては入れ直して再加熱しただけで、特にこれといった工夫も何もなく、再加熱したことにより味が落ちているまであるんだけど……それでもコン君は美味しそうに嬉しそうに食べてくれる。
自分で作った缶詰を食べる。
という経験を楽しんでいるというか味わっているというか……ただただコン君は真っ直ぐに目の前の美味しいものたちに向かっていて……そんなコン君にならって俺も、目の前の魚や肉やフルーツに向かい、箸を動かしていく。
そうやって全てを食べ尽くしたなら……ほふぅと息を吐きだし、お茶をすすり、まったりとした食後の休憩時間を過ごしていく。
「あ、そうだ。
テチさんとコン君の摂取カロリーの問題、今度から色々な味の兵糧丸を作っておいて、それを食べてもらおうと考えているんだけど、問題ないかな?
もちろん他のものも作ったりするだろうし、二人に食べたいものがあれば出来る限り対応したいとも思っているけど、基本は兵糧丸みたいな形にしたいなって。
……どうかな?」
庭から吹いてくる風を堪能しながら、大きく膨れた腹を撫でながら、俺がそんなことを言うと……テチさんとコン君はその表情で持って返事をしてくれる。
テチさんは目を輝かせていて、コン君は頬を嬉しそうな笑顔になっていて……二人共余程に忍者のことが好きらしい。
まぁ、門の向こうとかにも好きな人はいるし、海外でも人気だったりするし……好きなものを好きといって楽しめることはとても良いことだし、俺の保存食作りという趣味も応援してもらっている訳だし、俺も出来る限り二人の趣味を応援してあげるとしよう。
と言っても俺に出来ることは兵糧丸を作ることだけなんだけどね。
他に忍者に関する知識とかがある訳でもないし……。
ああ、うん、これから良い時期になって梅が出回ってくるから、梅仕事を頑張るっていうのは悪くないかもしれないな。
梅干しは保存が効いて、お弁当に入れるとお弁当が長持ちするなんて話があるくらいには抗菌作用が強くて、たっぷりのクエン酸で疲労回復が出来て、ちょっと多すぎるくらいに塩分を補給出来る、昔ながらの知恵が詰まったアイテムだ。
当然忍者も梅干しを愛用していて、兵糧丸に混ぜたり、梅干しを中心に作った水渇丸なんてものを作っていたりもしたし……うん、悪くないかもしれない。
日本の保存食作りと言えば梅な訳で。
梅だけで本が一冊できちゃうくらいに色々な活用法がある素敵な果実で。
その上美味しくて、栄養もあって……若い青梅は食べすぎると体に毒だから気をつける必要があるとか、そういうところもまた面白くて。
梅干しにした後もそのまま食べても良いし、刻んで梅肉ソースにしても良いし、魚や肉と一緒に煮込んでの味付けにしても良いし、おにぎりやお弁当で大活躍だし。
ジュースにジャムに、他にも色々……ああ、うん、梅はその味を考えただけっていうか、思い出しただけでよだれがでてくるなぁ。
と、俺がそんなことを考えていると、お茶を飲み終え、休憩もそろそろ終わりだと言わんばかりにテチさんとコン君がすっと立ち上がる。
そうしてとても良い顔というか、凛々しい顔をしてから二人は、庭へと向かいまたも棒を握って忍者風の鍛錬をし始める。
そんな光景を元気だなぁ、なんてことを眺めていると、コン君の攻撃を上手にいなしがらテチさんが、
「実椋! お前もこっちに来て運動をしろ!
私達よりも少ないカロリーで済む人間が、私達と同じだけのカロリーを取ってしまうなんてのは問題だろう!
太ってしまわないようにこっちにきて、少しで良いから体を動かしておけ!」
なんてことを言ってくる。
その言葉は……まぁまぁの正論で、確かに今日は少し食べすぎてしまった感があって、膨れたお腹を撫でた俺は……仕方無しに立ち上がり、庭へと足を向ける。
「分かったけど、俺にそんなアクロバティックな動きは出来ないからね!」
棒を軸に飛んで跳ねて、空中でひらりと回転までして、空中殺法と言わんばかりのすさまじい動きを見せて。
獣人の身体能力の高さをまじまじと見せつけてくるテチさんとコン君にそう声をかけた俺は、縁側の下にしまっておいた自分の棒を手に取り……軽く準備体操をしてから、テチさん達の鍛錬に混ぜてもらうのだった。
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