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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

手紙シリーズ

明日を生きる事をやめた貴方へ

作者: 辻一青

六月の梅雨時期だというのに、異常に空が澄んでいて、何だか世界が変わってしまったような気がする。

否、実際変わってしまったのだ。自分にとって、世界が何周にも回って変わってしまった気がしてならない。

昨日の雨を境に、時空が歪んで、何かに掴まっていなければ深淵に落ちてしまいそうだ。


見覚えのある、否、何時も見ている仲間が前に居た。普段の彼は凛々しくピンと伸びた背中が、自分とは違い堂々として、余裕さえ

感じられる。然しあの事件が起きて以来、鋭い目付きが一気に光を失い、その背中は小さく縮こまってしまい、本当に彼なのかと疑ってしまう。

彼を軽く追いかけ、薄暗い部屋に入る。中央付近に寝かされているあれを目にし、顔が一気に強ばるのを感じた。

あれに早く近付きたいのだが、その空気感と圧に押され中々歩を進められない。

結局ゆっくりと近付きあれを挟んで彼と向かい合わせに立った。彼は何も発さず、唯やけに白い布を掛けられたそれを見つめている

。自分も暫く同じ様に見つめていた、然しその空気感が嫌になった、その布の下のあの人を今一度見たかったが故である。そっと布に

手を掛け肩辺りであろう部分迄捲る。

ガタッと音がする、向かいに立っていた筈の彼が一気に崩れ落ち、視界から消えた。唯その存在を証明するのは彼の荒い息遣いである。



(御免……御免な…………)



過ぎった言葉は誰に向けたものであったのだろう。前の現実に苦しんでいる彼にであろうか、それとも寝かされている彼ーー先生にだろうか。


先生の遺体はかなり痛みが進んでおり、顔や身体の所々が酷く荒れている。

昨日先生を発見した際、屹度昨夜の事件で亡くなったのだろうと他の仲間に言われた。彼も共に現場に向かったのだが、ショックに

耐え切れず見るに耐えない程に泣き喚いたかと思えば其の侭気絶してしまった。

あれから一日が経ったが彼の傷は未だ癒えないらしい、否、かといって自分だって辛いのだ、でも、今にも崩れ落ちそうな彼を、誰

が支えるというのだ。今彼の傍に居られるのは自分しか居ない。自分が確りしなくてどうする。




「……こんな事になるなんてな」



あれから暫く経って、自分は彼を支えて部屋の前の椅子に座らせた。自分は少し間をおいて座る。

余りに空気が不味かった、彼を励ましたい一心で声を掛けたのだった。



「こんな簡単に……人って……死んでまうんやな」



彼の(しん)を落ち着かせたい、先ずは同情しようと思った。気持ちを共有する事は安心感に繋がる。

敢えて彼に微笑み掛ける、自分が暗い顔ではどうする。



「今でも、未だ先生(せんせ)が居る気ぃすんねん……見守ってくれはるかな、わいの事も、あんさんの事も。」



彼は先生からコートを貰っていた。生前、先生が『御守り』と言って大切にしていたものだ。屹度守ってくれている、そうだ、絶対そうだ。

然し彼はほんの少し頭を持ち上げた程度である、もう少し、もう少し声を掛けてみるか。



「呆気無い位が……ええんかな、弱っていく姿何て、屹度わい、見てられへん」



これは自分の率直な感想であった。決して先生が死んで良かったという訳では無い、唯、これが先生らしいのかなーーと思った次第である。


あの夜ーー先生が亡くなったあの日、自分は先生に声を掛けられた。



『それ、持ってるでしょ。一寸貰って良い?』



先生は人懐っこい笑顔で自分に爆薬を頼んだ。曰く、『人が多過ぎるから、大方済んだら建物を爆破してしまおうと思う』と言う。何だ、そんな事ならと、自分も爆薬を渡してしまったのが悪かったのかと思ってしまう。

それから暫く戦闘をし、先生と合流した、敵のボスとの抗争の様子だった。自分と例の彼は手伝おうとしたが、先生に止められてしまった。



『此処は任せて、後は大丈夫。先にお行き』



先生の指示は絶対だ、それに自分達に何が出来る訳でも無い。仕方なく高層ビルを出、連絡を待った。

暫く経っただろうか、先生から自分に連絡が入る。



『……例のアレ、頼む、思い切りやってくれ』



流石先生だ、倒したんだ、やったんだ。自分は安心感に溢れていた、これで帰れる、無事に終わったと、皆でお疲れ様と言い合えるとそう思っていた。

自分は作戦通りに、指示のもと先生に渡した爆弾を起爆させたーーそれが、最後の連絡とも知らずに。


死体が見つかった近くには、その爆弾の屑が残っていた。自分が殺した、自分が先生を殺してしまったと、その時は酷く唖然としてしまった。

然し今思うと、先生が自らの身を呈してこの作戦を遂行したのだと思う。自分の責任を転嫁した訳では無い、唯、あの作戦の為ならば爆薬を散蒔けば良いのだ。でもそれをしなかったのは、先生が死ぬ事を決意したからでは無いか、とふと考えてしまうのである。


彼に微笑み掛けていた筈が、その顔は険しくなってしまっていた。直ぐまた表情を戻そうとしたが、彼がまた泣き出してしまった。それを見て笑うに笑えなくなってしまい、正面に体を向き直し俯く。自分の無力を悟った、これだから、これだから先生を守れなかったのだ。何も分からず能天気で阿呆だから、それだから……!


ふと気が付くと彼が過呼吸を起こして倒れている。しまった、気付かないなんて、矢張り自分は阿呆だ、直ぐ駆け寄るが何も出来ない、辛い、苦しい。

何時も何も出来ない自分だから、逸早く彼に追いつきたいと思っていた。然し、それも出来そうにない、寧ろ、自分が居る事で皆を不幸にしているのでは無いか?だから先生もーー



ーー拝啓 若し貴方が彼を守ってくれているというならば、彼を、彼だけでも、どうか守って下さい。


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