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私、頑張る

 旦那様とちょっと大事めなことを話したりして、前より遠慮なく接することができるようになった。お休みの日は旦那様とお出かけするけど、その時の対外的な素振りも、結構慣れてきたと思う。

 ふふふ。俺にできないことなどないのだ。なんせ現代知識のある転生者だからな。


 今もお休みの旦那様に付き合って、お出かけ中である。


「旦那様、今右通り過ぎた人見ました?」


 旦那様がいるので一歩離れているけど、侍女と護衛もいつも通りいる。でも割と人混みが多いし、はぐれたら大変だ。なので旦那様の左腕につかまっているし顔は近いけど、話しかけられた旦那様はちょっとだけ身をかがめて俺に顔を寄せてきた。


「ん? たくさんいたと思うが、どうした? もしかして財布でもすられたのか?」

「やだなぁ、旦那様といるのにお財布持ってるわけないじゃないですか。そうじゃなくて、赤い服の人、男でした? 女でした? なんか、女の人かなって思ったけど通り過ぎたら男だった気もしてきました」

「……知らん」

「えー、ちゃんと見てくださいよ」

「お前のことは見ているから、安心しろ」

「う……す、ストーカーちっくなこと言っても、嬉しくないですからね」

「なんだ、そのすとーかーと言うのは。どう聞いても、よくないもののようだが」

「変態のことです」

「お前、家に帰ったら覚えておけよ」


 呆れた顔をされたけど、いやいや。そんなの、旦那様が突然変なことを言うからだ。全く。道を歩いているのに、何を見ているんだか。


「あら? マクベア侯爵!」

「ふぇっ」


 突然大きな声を上げて勢いよく誰かが近寄ってきたから、思わず旦那様の左腕を両手で握って後ろに隠れてしまった。あ、変な声とかだしてないです。


「ああ、フィリップ伯爵のご令嬢だったな」

「アイリーン・フィリップでございます。先日の夜会以来ですね。お久しぶりです。覚えていただいていて、光栄ですわ」


 や、夜会。ちょこちょこ旦那様がご飯食べに行ってるパーティのことだよな。じゃあ貴族だ。俺も挨拶しなきゃ。あ、でも知り合いでもないのに俺から声かけたら駄目なんだよな?

 旦那様、紹介してくれー。と言う気持ちをこめて、くいっと旦那様の腕を揺らす。


「ああ。フィリップ嬢、初めてだな? こちらは俺の妻のシャーリー・マクベアだ。まぁ、そう会うこともないだろうが、よくしてやってくれ」

「お、お初にお目にかかります。シャーリー・マクベアと申します」

「あら、あの……ずいぶんと、お噂とは違うようですわね」

「噂、ですか? 旦那様のですか?」

「いえ……では、マクベア侯爵、マクベア婦人も、よい休日を」


 ちょっと呆れた顔をされたけど、すぐにおほほとお上品な顔になって、お嬢様はさらっと礼をとって足早に去って行った。


「なんか……変な人でしたね」

「なんだ、嫉妬か?」

「は、はぁ!? そんなこと、言ってない、です」


 か、からかうにもほどがあるけど?


「なら、そんなに力を込めるな。皺がよる」

「ぐ、ご、ごめんなさい」


 どうやら俺はずっと旦那様の腕を力一杯掴んでいたらしい。驚いたからね。


「と言うか、別に、そう言うんじゃないですけど、なんか、あの人は旦那様に気がある気がします」


 旦那様しか見えてないみたいに駆け寄ってきたし。


「ふん。馬鹿め。フィリップ嬢は、婚姻相手を探している一人娘だ。俺のような婿にならない当主は、お断りだ。単にコネ狙いだ。安心しろ」

「別に、そう言うんじゃないですけど……」


 でもまあ、ほっとしたかな。何か、元気よすぎで変な人っぽい髪型だったけど、顔とか可愛かったし。

 ……!?


 え、別に、顔が可愛いとか、何にも関係なくない!?

 だって、別に、旦那様がとられる心配してるみたいって言うか。元々妾だと思ってたくらいなのに、そんな心配するの変って言うか。

 う、う……? 俺、え、旦那様のこと、独占したいって思ってる? え? それってガチで?


「ふん。お前がどう思おうが、俺とお前が夫婦であり続けることは変わらん。諦めろ」

「そ、そう、すか」


 え、なんか眉しかめて言われたけど、これって、心配しなくてもずっと夫婦だからねっ。みたいな感じのこと言われてる!? う、うううう。やばい。

 なんか、旦那様のツン語をさらっと自己解釈して、喜んじゃってない? いいの? たぶん解釈間違ってないと思うけど、旦那様の好意に喜んでいいの?


 なんか、俺、しょうがないから妻に就職したのに、喜んでたら、なんか、俺、旦那様のこと大好きみたいじゃない? 恋して愛しちゃってるみたいじゃない?

 いやそりゃ、駄目ってことないし、どうせやるならその方がいいんだ。じゃあなんで、こんなに、変な気持ちなんだ?


「旦那様、俺……」


 つい俺、と言ってしまってから、はっとして口を押さえ、そして、気づいた。そうだ。俺だからだ。結婚していて、何の問題もなくて、むしろその方が、自分だって幸せになれる。わかってる。わかってるけど……どうしても、自分は男だって意識があって、それが邪魔をするんだ。


「……」


 今は異性だし、旦那様に養われてそれを求められてて、全部明かして受け入れられていて、正直悪くないし、女になってることはもうあきらめてるし、女として生きてるつもりだ。

 なのに、どうしても、自分が男だって言う意識が真ん中にあって、旦那様に恋をすることを受け入れられない。性愛の対象として、認めることができない。好きになりそうな単純な自分に、でも男じゃん。俺も相手も男じゃん。って思ってしまう。


 旦那様が俺を好きなのは、別に俺は女の体だし、仮に同性愛的要素があったとしても、俺以外の人が同性愛者でもそんなに偏見ない。ちょっと引くくらいだ。でも自分自身の気持ちとなると、抵抗しかない。嘘でしょ? ってなる。

 この世界では、同性愛は法的に認められてないけど、前世では同性でも二次元でも無機物でも結婚できるようになったのは俺の生まれるより前だし、一部の団体が主張する以外では何を愛しても普通のことで個人の自由と言うのが風潮だった。だけど半数以上は男女が結婚する。自分では偏見なんてないと思っていたのに、俺は、こんなにひどい差別主義者だったのか。


 ひどく、ショックだ。


「おい、シャーリー? どうした急に? 顔色が悪いぞ? 気持ち悪いのか?」

「……旦那様、ごめんなさい。今ちょっと、ショック受けてて、旦那様の相手してられない」

「そうか。帰るぞ」

「うん……」


 急に、こんな失礼すぎることを言う俺に、旦那様は優しくて、何も聞かずに、そう促してくれた。俺をエスコートして、家に帰ってくれる。

 なんでそんな優しいんだよって、八つ当たりしたくなる。わかってる。旦那様は俺が好きなんだ。俺だって……嫌いだなんて思ったこと、一度もない。うざいはあるけど。


 家にたどり着いて、部屋に入って用意された飲み物を飲んで落ち着かされた。背中をさすられて、そっと旦那様の顔を見ると、真剣に俺を見ている。どきっと、してしまう。


「ねぇ、旦那様……あのさ、ど、同性愛って、どう思う?」

「は? お前は何を言っているんだ?」


 ですよね。自分でも思うよ。でも、口から勝手に出ちゃったんだから、しょうがないじゃん。

 だって、どうすればいいのか。自分のこの意識を変えられるのか、全然わかんない。でも、少なくとも旦那様は、男になんて何も感じないって思ってた自分の意識を変えてくれてる。だから、旦那様ならわかるんじゃないかって、期待したって仕方ない。


「だから、その、男が男を好きになることって、どう思う?」

「……。ああ、お前が、元々男だ、と言うことか。俺にはそんなこと、関係がないと言っただろうが」

「旦那様には関係なくても、俺にはあるんだよっ」


 真剣に尋ねると、呆れたような態度から、旦那様も少しは真面目な顔になってくれた。


「あのな、シャーリー、俺には、お前の気持ちはわからん。だから、何とも言えないが……俺は、お前がどうであっても、お前だと思っている。お前を、思っている。それでは駄目か?」

「……それは、嬉しいけど、でも、それじゃ、俺は、俺は……」

「お前の前世がどうでも、今は女なんだ。どうしても気になるなら、お前は、今の心も女にすることはできないか?」

「女って……そんな簡単に」


 そんな簡単に、女の意識になれるなら、俺は生まれ変わったことで自動的になってるはずだ。なのに今も、男だと思っているから困るのに。

 だけど非難の目を向けても、旦那様は真剣な顔のままだ。


「前世と言うのは、覚えていないだけで、誰でもあるんだろう? なら、性別が変わっている人も多くあるはずだ。それが普通なんだ。なら、お前でも、できるはずだ」


 そ、それはそうかもしれないけど。でも覚えているから大変なわけで……。


「まぁ、それも方法の一つと言うだけだ。別に俺は、お前が何を考えていようと、扱いを変える気はない。だが、その……お前が俺を思う為に、男であることが邪魔をするなら、俺の為に、女になってくれないか?」

「……うん」


 な、なんだよ。そんな風に言われたら、頷いちゃうじゃん。いっつも、ツンばっかのくせに、俺が弱ってるときに限ってそんな風に言われたら、頑張ろうって。旦那様の為なら、今までの人生丸ごとひっくり返してもいいって、思っちゃうじゃん。


「じゃあ、俺……頑張る」


 って、女になるのに、いつまでも俺じゃ駄目だよな。


「その、だから……私のこと、ちゃんと見ててね?」


 私として、頑張るから。

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