旦那様、可愛い
旦那様が、俺のこと好きってわかってから、一か月くらいたった。まだ結婚して三か月もたってないと思うと、長いようでまだまだ短い新婚期間だなって思う。
「って」
し、新婚って。いや合ってるけど、何ていうか、そういう発想しちゃう自体がどうなのっていうか。何ていうか……
「旦那様、かぁ……」
口の中で転がすようにつぶやいてみる。まだ旦那様が帰ってきてないからできることだ。
旦那様と呼ぶようにしてから、だいぶ慣れたけど、改まって呼ぶと、やっぱりちょっと、照れる。って、いないのに名前呼ぶって、なんか、なんかそんな感じっぽいじゃん! う、うおお。
うーん。と言うか、何というか、普通にもう、旦那様の妻として生活に馴染んでるけど、何というか、いいのかな?
最初、旦那様が俺のこと好きってわかった時、めっちゃ動揺して、どうしようって思った。でも母が、結婚してるんだしいいでしょって感じで、妻してみればって感じのアドバイスくれたし、そんな感じでしてきた。
その生活自体は、多少やることあったほうが、メリハリもでるし、悪くないって思う。旦那様も喜んでくれてるし、侍女のミラも頑張ってますねなんてほめてくれて、やる気もでる。
でも、なんか、旦那様がこんな喜んで、言葉はツンツンしてる風だけど明らかにこいつ俺のこと好きだなーって感じの反応されると、悪い気がしない反面、申し訳ないなって最近思う。
だって、同じ気持ちをもって返してるわけじゃないのに、だましてるみたいな感じじゃない? 恋してないのに、好きってよくしてくれる旦那様に、勘違いさせるように妻として振る舞って、俺も恋してるみたいにして喜ばせるのって、なんか、違う気がする。
「はぁ……」
いや、俺だってわかってるよ? 別にこの生活に不満があるわけじゃないし、成人の身で養われてる以上、ちょっとくらいお仕事としてもいいし、喜んでもらえるとやりがいもある。
別れようって思う要素ないし、そうなったらみんなも困るし、旦那様も、その、ショック受けたりすると思う。
でも、その……なんていうか、うーん
「うーんうーん」
この違和感と言うか何というか。何といえばいいのかわからないけど、座りが悪くて、落ち着かない。
どうすればいいんだろ。この変な感じは、俺のどういう感情なんだろう? 俺はどうしたいのかな?
と、悩んでいるとドアが開いた。
「あ、旦那様、お帰りなさい」
ベッドから出て、旦那様の上着を脱ぐのを手伝って、着替えの用意をする。
「ああ、ありがとう。シャーリー……、その、話がしたいから、起きているんだぞ」
「え、あ、う、うん。待ってる」
旦那様がお風呂に行った。普段、するとしても、わざわざ断っておくことって、そうそうない。よっぽど遅い時間じゃないと俺だって寝ないし、最近は言われなくても話とかだってするし基本待ってる。でも、何ていうか、急な約束とかで夜中まで帰ってこなかったりした翌日とか、俺の体調的に無理な時治ってからとか、間が空いたときは念押しされる。
でも、今日はそうじゃない。なのにわざわざ言うってことは、そう言う意味なのか、本当に話なのか、どっちだろ。
母からは、結局何も聞けてないけど、なんか、兄が色々してくれたり、兄が俺に言ってくれたりして、何ていうか、悪くない感じだ。嫌いじゃないし、前みたいに抵抗はない。だからいいんだけど、もし本当に話だったら、なんか期待してるみたいで微妙だ。
ていうか、改まって話ってなんだろ。話ねぇ。……もしかして悪い話?
「いやいや、でも、昨日だってああだったし、大丈夫大丈夫」
俺が旦那様に飽きられたとか、嫌われたとか、そういうのはないない。ない、よな?
○
「お、お帰り」
「ああ……なんだ、神妙な顔をして」
「別に、そんなことないけど。な、何だよ、話って」
「ああ。まぁ、座るか」
並んでベッドに座る。ちょっとどきどきする。いったい何を言われるのか。
「あのな、シャーリー、俺は……あまり、頼りになる夫ではないかも知れん」
「へ?」
「だがな……これでも、その……お前がどう思っても、俺が夫であることには変わらん。お前には、俺しかいないんだ。自覚しろ」
「え、ええぇ?」
な、何の話? 別に頼りないってことないけど? 生活的に困ったことないし、色々頑張ってくれてるし。と言うか、自分で頼りないと思ってるなら、違うよって言おうかと思ったけど、急になんか自信満々になった。
俺には旦那様しかいないって……そ、そうかも、知れないけど。なんか。それ、旦那様本人が言っちゃうの? そこ、俺にはお前しかいないんだから、頼ってほしいなみたいな流れじゃないの? いや言ってほしいわけじゃないけど。
「だから、だな。何を悩んでいるのか、言え」
さっきまでぼそぼそした感じで目をそらしていたのに、急にきっと俺を睨むように見てきた。
う、い、イケメンめ。俺はそんな、顔になんか屈しないからな!
「別に、悩んでない」
「嘘をつくな。うんうん唸っていただろうが。だいたい、先日から様子がおかしいし、気づくに決まっているだろう」
「……ちょっと待って、聞こえるの? 声、外に聞こえるの? え? マジで?」
悩んでるのばれた、とかよりもっとやばいんだけど。普通の独り言で聞こえるとか、え? おっきい声出ちゃった時とか、外で響いてるの? え、死ぬしかないの?
旦那様の肩を掴んで尋問すると、旦那様はあー、と目をそらした。
「べ、別に、そういう事じゃない。だいたい、近くの部屋は夜誰もいないしな。問題ない」
「問題しかない! やだー! もうこの部屋から出られない!」
「落ち着け。仮に、万が一聞かれたとして、問題ない。俺とお前の関係を自覚しろ」
「そういう問題じゃないんだよ……もう、やだ」
「そんなことより、悩んでたんだろ? 俺に話せ」
「じゃあ、扉厚くして」
「わかった。そのうちな」
うう……ほんとに直してくれるの? 実際、頭ではわかってる。夜に母とか父が来るはずない。この辺りに部屋ないし、奥だし、近づくこともない。で、使用人とかのこと、貴族ってあんまり同じ人間として羞恥の対象とかって考えてないみたいだし、頓着してなかったんだろうけど。
でも俺は嫌だよ! 普段いなくても、たまには使用人が用事あってとかありえるし、見回りとかあるだろうし、もうほんとヤダ。 今までのことは、諦めるしかないけど、今すぐでも交換してほしい。
「で、何を悩んでいるんだ?」
「……その、旦那様って、俺のこと好きだよね」
「ばっ! ば、馬鹿なことを言うな……」
あ、そう言う反応はもういいです。俺がついどきっとしちゃうとこまで含めてテンプレだから。
あと、考えたら、馬鹿とか言われても、好き自体を否定されてないよね。なんだこいつ。素直かよ。可愛いとか、男相手に思ったりしないからな。
「でもさ、その、俺は別に、その、何て言うか、同じだけ返せてないっていうか、何か、申し訳ないなっていうか」
あれ、言ってから思ったけど、もしかして、すでに旦那様は俺も同じだけ好きって思ってるかも知れなくない? だったら言うだけ可哀想って言うか、何て言うか、ショック受ける? やっちゃった?
恐る恐る、旦那様の反応を伺うけど、旦那様は驚いたりしてない。眉を寄せていつもみたいな感情を隠す顔もしてない。
むしろ、眉尻をさげた、見たことない、やれやれとでも言いたげな、ちょっと情けない顔をしていた。
「そんなことを気にしていたのか?」
「そんなことって」
逆に俺がむっとしてしまう。そんなことじゃない。これが全然知らない人ならともかく、旦那様だから、傷ついてほしくないし騙すのも嫌だし、悩んでるのに。旦那様の為の悩みなのに、何で本人にそんなこと言われなきゃいけないんだよ。
「あのな、シャーリー。そもそも、人の気持ちなんて目に見えるわけでもないし、同じだけの感情を持ってるかなんて、証明することはできないんだ」
「そ、それはそうかもだけど」
そんな子供に言い聞かせるみたいに言われても。証明とかじゃなくて、何ていうか、何か、違うでしょ。
「シャーリー、お前は妻として、よくやっている。それ以上、望むことはない」
「そう、なの?」
「ああ。今のままでいい。いつも通りのお前でいろ」
「……」
「まさか、お前は俺が、お前ひとりが好き勝手することを許さないような、狭量な人間だと思っているのか」
「そ、そんな言い方しなくても。そうじゃなくて……もういい」
「ああ。もういいんだ。お前が俺の妻として、そうあろうとしてくれているのはわかっている。お前に多くを求めるつもりはない。その……まぁ、なんだ。この俺の妻なんだ。俺がいる以上、お前が何をしようと、俺の妻と言う立場である以上、何とでもなる」
「う、うん……」
この人、俺のこと妻って言い過ぎじゃない? 照れるんだけど。
ま、まあ……なんだ。旦那様が全部わかったうえで、このままの俺でいいっていうなら、いいか。俺も、このまま旦那様と生活するの、嫌いじゃないし、割と楽しいし。うん。
「その……俺、もっと、頑張るから、よろしく、な?」
「あ、ああ……こちらこそ、まぁ、そうだな」
そうだなって、もう、ほんとに、この旦那様、可愛いなぁ。




