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兄視点 俺の妻

「ねぇ、お兄様」

「なんだ、またおねだりか?」


 夜になると、妻が媚びたように眉尻をさげて甘い声をだした。それだけで破顔しそうになるのをこらえて、眉に力を込める。

 全く、油断するといつも可愛いから、困ったものだ。威厳を保つのに苦労する夫を、少しは労ってほしいものだ。まあ、二人きりなのだから、まあ、よいが。


 促すと、妻はぷぅと子供みたいに頬を膨らませる。子供の頃からちっとも変わらない。


「またって、俺がわがままみたいに言わないでよ。俺、従順で清貧でおとなしいでしょ?」

「ふん。言ってろ」


 本人が本気だから質が悪い。

 宝石や装飾に興味がないから、本人は質素なつもりらしいが、遠方の果物や高価な食品を平気でねだる。普通のこと言ってるつもりで、だ。処理が大変でいちいち専門のシェフが必要で、このおねだりのために、何人の一流シェフをかかえて、その維持にいくらかかっているのか全くわかっていない。

 これで、庶民になれるつもりだったのだから、笑ってしまう。着替えから何まで、侍女にしてもらっておいて、いざとなったら一人でできるつもりなのだ。本当に、子供のままだ。


 だがその、子供のままの精神が、俺にとってはいとおしい。こんなに無遠慮で、悪意なく甘えて、やってもらって当たり前で、馬鹿でアホで現実が見えてない。

 そんなこいつが、俺は昔から、ずっと好きなのだ。本当に幼い子供の時代を過ぎても変わらず、世間の声に摩れて邪険にする俺にも、平然として図々しい。そのくせ、女としての媚をうることはない。

 どこまでも、ただ可愛い自分がいるだけで嬉しいでしょ、と言わんばかりの傲慢さと、家族だから当然だと言う自然さで、普通に俺に話しかけてくる。


 それがどんなに珍しいか、他にあり得ないことか、全く理解していない。

 そんなこいつを守りたくて、そうしてきたつもりだ。しかしどうやら、こいつが言うには、男の庶民として生活した記憶があって、今の人格らしい。


 前のことなどどうでもいいが、その発想と態度のとんちんかんさと、自分への自信はそこから来ているらしい。道理で、俺が目をつける前から変なやつのはずだ。

 そのせいか、こいつと話していても飽きない。やる気もなく、貴族の妻としての仕事も、世継ぎさえ嫌がるが、そんなことは関係ない。ただ俺のそばにいてくれれば、それでいい。他の面倒は全て俺がする。


 ただ、困ることがあるとすれば、自分を可愛いと言ってはばからず、男だったと言うわりに、自分の容姿の威力を全くわかっていないことだ。

 中身がいいわけだが、外も、それだけで求婚者の申し込みが以前から我が家に届いていたくらいにはいい。だと言うのに、気安く俺に甘えた顔をする。

 そんな顔をされて、加減や我慢がそうそうできるはずがない。全く男心がわかっていない。


 生まれ変わり、と言う概念は面白いが、前世の記憶があると言うのは嘘だろう。と思っていた。


「で、なんだ?」

「うん。あのさ、昨日お兄様に、洗濯機の話したじゃん? それで昼間思い出したんだけど、昔は手動の洗濯機あったよ。それなら仕組みだって分かるんだゼっ」


 どや顔で言われた。最初に前世のーと言う話を聞いてから、面白いのでどんな設定を出してくるかと思えば、知識不足でいい加減なことはあったが、ほぼ矛盾なく一定のしっかりした設定だった。この妻はそれなりに自主的に勉学をして、一般の子女よりは知識があると思うが、けして自分で考える脳みそがあるわけではない。

 しかも記憶力も悪いし察しも悪いし、飽きっぽいし気分屋で、とにかく遊びの前世設定を、政治的なものまで世界規模で緻密に考えて覚えられるはずがない。


 結婚してから約一か月ほど。何度か前世について聞いて、どうやら本当の話かもしれないぞ、と思い始めたのは最近だ。聞くだけで全く文化も何もかも違う世界なので、それならこちらの男と生態が違っても不思議ではない。男心が分からないと思っているが、女心だってわからなさそうだし、埒外の常識で生きていたなら頷けなくもない。


「……そうか、なら明日の昼にでも、セバスをやるから、詳しく設計について話してみてくれ。実際に作らせる」

「え!? まじで!? 話早! 内政チート始めていいの!?」

「何を言っているんだ、お前は。まぁ、どんなものか知らないが、簡単に洗濯できると言うなら、試してみてもいいだろう」


 正直回転させて汚れをとると言ってもわからないが、俺も洗濯などしたことがないから、真偽は不明だ。なら、再現できると言うならやらせてみよう。それでできるなら、こいつの知識に一定の信頼を認めてもいい。


「やったー! いやー、とっくに諦めてたけど、お兄様に色々話してたら、俺も結構思い出してきたんだ。この調子で、王様になったりして」

「! ば、馬鹿なことを言うな!」


 怒鳴ってシャーリーの口を顔ごと抑えてから、声を潜めて耳元で忠告する。


「お前、そんなことを外で言えば、首が飛ぶぞ。王は神より選ばれた方々だ。ただ人がなるようなものではない。いいな? お前のとんちきな話を、ここでする分には面白いが、けして外で出すな」


 こればかりは、甘やかしてやれない。館の中とは言え万が一、外へ通じる聞き耳をたてたものがいれば、シャーリーを守ってやるどころか、一族揃って殺される。

 シャーリーは俺の声に身を震わせると、こくこくと小さく何度もうなずいた。それを確認してから、そっと手を離す。


「ご、ごめん。つい、調子にのって。お兄様以外には、前世のこと言ってないし、それ匂わすことも絶対言わないようにするよ」

「ああ、頼んだぞ」


 全く。驚かせてくれる。しかしこう言うところがあるから、余計に信ぴょう性が出てきている面もある。どれだけ学んで知識があっても、現実のこととして認識していないと言うべきか。世間ずれがひどい。

 しかし実際に男だった記憶があるとして、俺の気持ちは最初に言ったのと変わらない。こいつの頭がおかしくて主張していようと、実際の話だろうと、俺にとってもこいつは変わらない。

 俺にとって、シャーリーはシャーリーだ。


「あー、楽しみー、じゃ、お休み、お兄様」

「待て、何を寝ようとしている」

「え?」


  当然、寝る前には楽しんだ。時には家を空けることも少なくないし、家にいても忙しい時期もある。比較的ゆとりのある今、跡継ぎをつくるのは当然のことだ。

 だから別に、俺の意思がどうこうってわけじゃない。









「坊ちゃま、先日の洗濯機について、今報告してもよろしいですか?」


 信頼できる父上から仕えてくれている、執事のセバスが遅い昼食をとっているとやってきた。妻の話は公にできる物ではないが、成功するかわからない試作品を俺が聞き取って設計の為の相談を職人にして、などと言う暇はない。

 例え元々仕えていた父上相手でも秘密を守れるセバスに、あくまでシャーリーが思いついた体で、試作するよう手配を頼んだのだ。


 あれから数日しかたっていないが、毎日可愛い妻が急かしてくるので、俺もやっとか、と言う気持ちでセバスを促した。

 俺が軽く聞いたところ理論的にはとても単純で、先進的だと思われないものだし、本人が言う大発見とまでいかないだろうと思っていたが、洗濯を楽にするために道具をつくるという発想はなかったようで、新鮮だと技師に驚かれたらしい。

 実際にできるかわからないと言うことで、さっさと作ってもらい、家の洗濯小屋へ持っていき試したところ、軽い汚れなら落ちたらしい。落ちにくいものは、手洗いをしてからすれば、全て手洗いでするより楽で、一度に複数洗えて便利だとの評価だ。


「ほう、そうか。なら複数台つくるか」

「はい。技師も気に入ったようで、個人的にも作って周囲に販売を始めたいとのことでした」

「ふむ。いや、一度、上に話した方がいいな。いくら単純と言っても、費用はそれなりにかかっただろう? 庶民には売れないだろうが、万が一があるからな」


 珍しいと言うだけで、好事家の目に留まる可能性はあるのだから、万が一を考えて根回しをしておかないと、後々面倒になる。

 本人が時々言っているように、いくら奇抜な発想や未知の知識でこの世界を変えるほどの発明をできたとして、それを自分だけで有効活用して地位を上げたり権力を得たりするなんて、簡単にできるものではない。シャーリーの脳みそのように、単純に世の中はできていないのだ。

 まぁ、そんな単純で馬鹿なところが、また愛らしいわけだが。


 今後についてセバスに指示をだし、後でシャーリーには自分から伝えるので、秘密にするよう伝えておく。そうそうないだろうが、セバスの顔を見て聞きに行きでもしたらまずい。この結果を聞いたときに見れる笑顔は夫である俺のものだと相場が決まっている。


 この日は可能な限り早くして、無理なものは明日へ見送って、夕食前に仕事を終わらせた。以前のシャーリーは朝も規則正しく起きて、俺と同じ時間に朝食をとる生活をとっていたが、かなり長めに睡眠時間をとっていたようで、俺といて寝る時間が遅くなって朝が遅くなった。なので全く食事の時間が合わない日も珍しくなくなった。

 しかし今日はじっくり話して、妻が手放しで喜ぶ顔を明るいところでじっくり見たい。薄暗い自室だと、あまり堪能するより先に可愛がってしまうからな。


「あ、お兄様、お疲れさまです。今日は早かったんですね」


 食堂に入った俺の顔を見たシャーリーは、まだ食事をこれから始めるところだった。労りの言葉とは裏腹に、若干嫌そうな顔になっている。おのれ。以前に、早く終わって夕食を共にとれたのが嬉しくて、風呂に入る前からつきっきりになったことを根に持っているな。翌日1日不機嫌だったから、一回しかしていないのに。

 全く。妻としての自覚が足りない。


「ああ。それよりお前に、洗濯機の件での速報を教えてやろうと思ってな」

「! 本当ですか!? やった。さすがお兄様、大好き。後で肩もんであげます」


 途端に、にこにこと嬉しそうになり、いつもは言わないことまで言ってきた。これほどか。

 く、大好きなんて、お願いする時にも滅多に言わないし、露骨な媚売りなのに、妻にされるとこれほどくるものか。自分の言葉で引き出した笑顔だと思うと、いつもよりさらによく見える。


「ああ。じっくりと話してやる」


 一晩かけてゆっくりな。


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