前世の暴露
「シャーリー、起きろ」
夜。今日はなんか誰かと外で会食ってことで、晩御飯食べてさっさと寝ていたのに、普通に起こされた。嘘だろ? まだ夜じゃん?
「うっ……なんですか。寝てる嫁起こすとか、愛情なくないですか」
「あ、愛などと軽々しく馬鹿なことを言うな! ……お前こそ、普通、夫より先に寝ないものだ」
「じゃあ普通の嫁もらってよ」
「馬鹿が。あんな大々的に正式に式をあげて、一か月で次の嫁がとれるか」
「えー。じゃあどのくらいたったらとれるんですか。半年くらい?」
「……世間的に言えば、子が生まれたら、だな」
「えー!? えー……まじで? うわぁ……」
生むの? 俺が生むの?
思わず顔を歪める俺に、兄も顔を歪める。
「……そんなに嫌そうにするな。貴族の子を、しかも、跡取りだぞ? 生むのは名誉なことだ」
「じゃあお兄様が生んでよ」
「無茶を言うな」
「考えてよ。自分の中で、自分以外の意思を持った生き物が大きくなっていくんだよ? 恐くない?」
「……」
あ、黙った。だよねー。だって、なんか結婚する前は気楽に、最悪結婚しても一人二人産めばいっか。って思ってたけど、実際にやって生まれる可能性考えたら、なんか恐いわ。
「……女なら、誰もがすることだ」
「だって俺男だもん」
「あ? 何をわけのわからないことを言っている。いつまで布団をかぶっているつもりだ。さっさと出てこい」
「あ、ちょ」
強引にされた。力ではかなわないのが悔しい。
ってか、俺の体が平均より小柄だからか、この一か月で結構したけど、まだちょっと、痛いってか違和感しかないんだよね。少なくとも、気持ちよくはない。
いやまぁ、俺もさ? 一応腹くくって、妻するって決めたけど? でも前とほんとに環境変わんないんだよね。今まで通り、特になんもしてないし、妻としてあれしろとかなんもない。心配した社交界とか要素ゼロ。淑女的教育とかダンスとか、昔嫌になって辞めたのも再開したりしない。
となるとさ? やっぱ気持ちも元に戻るわけで? 唯一の変化の夜だけ、やっぱ違和感あるって言うか、うーん。ありていに言うと、めんどいし、やだなーって感じに、なっちゃうよね?
「あー……お兄様、そろそろ手加減覚えてもいいと思うんだけど」
「……そう言えば、さっきお前、変なことを言っていたな」
「露骨に話しそらすなぁ」
終わってダレてると、兄は話を蒸し返してきた。
うーん。でも、今まで誰にも言ったことないけど、兄ならいいか。兄に言って男なんて抱けないって言われたらもうけものだ。母には嫌われたくないから黙ってたけど、絶対誰にも言わないぞと決めてたわけじゃない。
「お母様に内緒にするなら、お兄様にだけ言ってあげてもいいよ?」
「む? ふん、俺が秘密も守れない人間だと思ってるのか。侮るなよ」
「内緒だからね。俺、前世の記憶があって、男だったんだ」
「……ぜんせ、とは?」
あ、そこから説明いるのか。えーっと
「人間って、意識があるじゃん? こう、死んだときはもう起きないけど、生きてるときは寝ててもちゃんと入ってるっていうか。何というか」
途中途中で説明求められて、注釈をいれまくって、何とか理解してもらった。
輪廻転生って、仏教だっけ? キリスト教でないのかな? あ、っていうか、ここの宗教キリスト教じゃなかったっけ? 話半分にしか聞いてないから忘れたけど。まぁどうでもいいか。
「ふむ。なるほど。面白い考えだな。そうなると、俺も前世では女だったりするかもしれないのか」
「うん。そうだね。覚えてるかどうかの違いでしょ」
「なら、別にお前の前世が男でも、関係ないな」
「……ん? え、なんでそうなるの? 男の意識の人間とか、男だし、もう抱けないよね?」
「意識がどうであれ、体は女だ。それに俺からしたら、お前の意識が男か女か、その振りをしているだけかなんてわからん。今目の前で話しているお前がシャーリーで、それが全てだ」
「……それはそうかもだけど」
うーん。確かに、言ってることはわかるけど。思ってたのと違う。
まぁ、男かよ離婚! とまで拒絶されたら困るし、説明しながら早まったかなって不安だったし、それがないのはよかったけど。でも、普通に受け入れられても、うーんだわ。
「お前の前世の記憶と言うのは興味深い。これからも、寝物語にでも聞かせてもらおう」
「え、そんな期待されても、内政チートとか無理だよ?」
「その言葉の意味も、おいおい教えてもらおう。夜もふけてきた。もう寝るぞ」
「あ、うん。お休みなさい」
まぁ、いいか。とりあえず、寝よう。
○
「お母様。久しぶりです」
「あら、別館に来るの珍しいわね」
「お母様に会いたくて来ました」
前は同じ建物で過ごしていたけど、兄と結婚したことで、親と別世帯になった扱いらしく、俺は本館と呼ばれるところに居を移した。
目と鼻の先だし、食堂とか図書室とか、そういうのは普通に共同だから、二世帯住宅ってわけではないけど、部屋が離れていると、部屋にこもりがちな俺は母とあまり会わなかった。
なので会ったら質問しようと思ってたのに、二週間以上合わないからこうして部屋を訪ねてみた。母はなかなか活動的で、割とこの家からお出かけすること多いから、いないかなと思ったけど、いてよかった。
部屋の中でお茶をしていた母は、俺が素直に言うと、前と変わらずにこっと笑った。
「よしよし。そこに座りなさい。お茶」
「はい。ただいま」
すすめられるまま対面に座ると、お茶が出てくる。母は専属の侍女をたくさん持ってて、どの子も可愛い。俺も何人か小さいころはいたけど、人が常にいるって落ち着かないからやめてもらった。
元男と言っても、女の人相手に、そういうのを感じたりしないけど、単純に可愛かったり美人は見ているだけで、ちょっと嬉しい。
「で、何か用なの?」
「うん、聞きたいことがありまして」
「会いたいだけじゃないのね」
「それもありますけど、他もあります。その……ちょっと内緒話したいんですけど、隣行っていい?」
「二人きりなのだから、遠慮しなくてもいいのに」
「いや侍女いるし」
「ま、いいわ」
椅子ごと移動して、隣にいって、両手でメガホン作って母の耳にあてて、こそこそ話す。
「あの、夜のあれって、全然よくならないんだけど、コツとかない?」
「あ、そういうやつ? ふーん。あなたも大人になったのねぇ」
「やめて。その目やめて。で、ないの? だってしょっちゅう来るし」
「駄目よ、ちゃんとしなきゃ。飽きられたら終わりよ。可愛い娘の為だもの。私が教えてあげるわ」
「やったー」
「と、言いたいけど、駄目よ」
「えー」
なにそのフェイント。よっぽど面倒なこととかじゃなければ、基本聞いてくれるのに。いつもの優しい母はどこ行ったんだ。
母は呆れたみたいに、俺の頭を撫でた。
「いつまでも子供みたいに、頬を膨らませない。あなたも、そろそろ自分の立場を自覚なさい」
「大丈夫ですよ。お兄様は、私に今まで通りで何もしなくていいって言ってますから」
「ふーん。で、あなたの好きなそのお兄様から、教えるなって言われてるのよ。昔から。だから教えられないの。残念ね」
「え、なんですか、それ。ひどい。あんな可愛くない息子のことは無視して、こっそり可愛い娘の味方してくださいよ」
「駄目よ。わたしにとっては、二人とも可愛い子供だから」
「絶対そんなキャラじゃないくせに」
めっちゃにやにやしてるし、からかうつもりとしか思えない。ぐぬぬ。恥を忍んでやってきた娘に、こんな冷たいなんて。
「どうしてもっていうなら、お兄様から許可をもらうのね」
「うへぇ」
「ちょっと、私の娘なのに、汚い声出さないでよ」
「すみません、つい。でも、だって」
「……まあ、あなたも子供ができれば変わるでしょうけど、少しは、成長しなさいよ。ほんとに、こんなに小さい時から変わってないわ」
こんなに、と言いながらテーブルより下を手のひらで示された。それ、5歳くらいの身長じゃない?
まあ、それくらいでも、俺って前世の記憶で大人だったし、変わらなくても当たり前だけど。
「そんなに小さい時から、私はすでに完成されていたと言うことですね」
「……その無駄なポジティブさ、どこからきたのかしら」
「血筋です」
「えー……まあ、いいわ。このあと、質のよい調香師がくるけど、あなたも会う?」
「あ、遠慮します」
なんか香水でしょ? あんま興味ないから。気に入ってるの一個あって買い続けてるのあるし、もういらない。
お礼を言って、母の部屋を後にする。
さて、何しよっかな。思いの外早く終わったから、この後の予定は何もない。
たまには出掛けようかな。
部屋に戻って侍女に着替えさせてもらって、護衛と一緒にお出かけすることにした。
どっちも専属はいないけど、テキトーにその辺の人に声かけたら手配してくれるんだよね。
「奥様、お気をつけていってらっしゃいませ」
「あ、はい」
今までお嬢様って呼ばれていたのに、奥様になってる。気づいてはいたけど、普段の侍女は名前で呼ぶし、兄についてる執事とかくらいにしか呼ばれたことないから、門番とか護衛のおっさんにそう呼ばれると、なんかむずむずするな。
「って、あれ? なんか数多くないですか?」
「奥様、以前とはお立場が違いますから」
あ、ここでもそうなの? でもそうか。一応、お世継ぎを生む身になったんだもんね。あー。あの時サインしたの早まったかなー。
「え、馬車? 徒歩でいいんですけど」
「奥様、お立場をお考え下さい。私たちが怒られてしまいます」
「……はい」
うー、めんどくせー。