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番外編 システィア視点 結婚したい

「システィアー、食べさせてー」

「はい」


 シャーリー様にお仕えして、早三年目になった。他家で基本の作法等を習得したとは言え、この風変わりなお嬢様にお仕えするのは大変な苦労があった。

 と言っても、実際のところ手のかかり具合は以前の奉公先と変わらないのだけど、どちらかと言うとその性格に慣れるのに苦労したのだ。人格的には幼いだけで、別に無体なこともしないけれど、とても規格外で、驚かずにあらゆる方面に対応する必要がある。そして割と無茶ブリも多い。


「どうぞ、シャーリー様、あーん」

「あーん」


 この食べさせるのだって、あまりないことだ。本当に幼い幼児だったり、具合が悪くて、等ならあり得るが、普通の淑女は人に口の中を見せるようなはしたないことをするわけがない。なのにシャーリー様は遠慮なく大きく口を開ける。

 慣れた今では、こう思う。シャーリー様は実家で飼っていた犬によく似ている、と。とても不敬なので絶対に口には出さないけど、そう思ってからは私なりにより親身にお仕え出来ていると思う。


 先輩のラミ様は、私より爵位は低いけど、シャーリー様が赤子のころから仕えているということで、本当に自分の赤子のように接している節がある。割合それでいいのかと思うほど不敬な態度をとったりしているけど、シャーリー様がそれに馴染んでいるので何も言わない。

 むしろ私も、ついついペット相手のように気が緩んでしまうことがあるが、そんな態度の時の方がシャーリー様は嬉しそうだったりする。


 まぁ、あのクリフォード様と仲良くやっているのだから、精神年齢が低いことを除いても、変わり者なのは間違いない。

 いくら教育がどうであっても、普通は周りの人間を見て、女性としての意識は自然とはぐくまれるものだ。だというのに、そういうものが全くない。驚くほどない。


「んー、美味しい」

「お口に合うようで、喜ばしいです」


 以前から周知されていたとおり、シャーリー様が成人されてすぐに、クリフォード様とご結婚された。驚くべきことに、シャーリー様はクリフォード様の思いに全く気付いていなかったらしいが、徐々に仲良くなられ、今では見ていられないくらい暑苦しい夫婦になっている。


 と表現したが、悪いことではない。呆れることもあるが、シャーリー様のことは嫌いではない。怒ることもめったになくて、癇癪持ちの主人につかえるよりよほど楽だし、素直に喜ばれると悪い気はしない。手はかかるが、すぐ喜び褒めてくれるので、ついつい、しょうがないなとやってあげたくなるタイプだ。

 そんなシャーリー様が幸せそうにしているのだから、いいことではある。


「これ、リラブルでしょう? 取り寄せられないって聞いていたけど、王都までどうやってもってきたの?」


 リラブルは去年にシャーリー様が視察に行ったきりだったけれど、一目でわかったようだ。

 接していてとても意外だけど、シャーリー様は精神年齢が低すぎるだけで、教えたことはわりとすぐ覚える。ただ、興味がないことは驚くくらいすぐ忘れるが。自分で言いだしたこともすぐ忘れるので、もしかして本気で頭がおかしいのではないかと思ったこともあるが、会話の流れの些細なことを覚えていたりもする。


「通常の果実のように、箱詰めして馬車で運ぶことには耐えられませんが、ほんの少しを人間が抱いて運べば可能です」


 それも熟しきらないよう、早馬を飛ばしてほんの僅かなので、とてもじゃないが費用と合わない。それほど苦労して運んでも店で売るには高価過ぎて誰も手を付けないだろう。それを苦も無く個人の為に行うのだから、クリフォード様の愛、恐い。

 まぁしかし、それも今なら仕方ないだろう。なにしろ、シャーリー様のお腹には、新しい命が宿っているのだから。


「へー。そうだったんだ」

「はい。最近食が細くなられていたことを、クリフォード様が心配して送ってこられたのです」

「あー……えへへ、そうなんだ」

「はい。お礼のお手紙などを書かれると、よろしいかと」


 シャーリー様も気晴らしになるし、喜んだクリフォード様からの特別手当も期待できて、一石二鳥である。私もできるだけ早くお金を貯めたい。まだ希望は捨てていないのだから。


「わかった。そうする。ねぇシスティア、ただ書くだけだと面白くないけど、どんな風にすれば、より気持ちが伝わると思う?」

「……そう、ですね」


 これだ。私がシャーリー様に不満があるとすれば、もうこれだけだから、本当に、私に恋愛ごとの話を持ってくるのだけはやめてほしい。


 ラミ様は親よりも上の年代で、乳母でもあったのだから、そういう相手ではないのだろう。年の近い侍女の中でも、領地へ向かう際に朝から夜までほとんどを共にしたことで、身近に感じていただいたのは嬉しい。友達感覚で接されても、それこそ懐いてくれたようで、悪い気はしない。

 だけど、愛の伝え方とか、のろけるのはやめてほしい。


 なんなんですか? 領地についていくのは独り身だけって言うの聞いたでしょう? 去年行って今年急に相手がいたりしませんよ。婚約者だっていませんけど?

 だいたい貴族と言っても、私の家は爵位はあるけれど、この家のようにお金が余っているわけでもない。なのに無駄に人数が多くて、私は23人兄弟の17人目なのだ。とてもじゃないけど、財産付きで婚姻できるわけでもなく、そもそも親が面倒がって相手を探してすらしてくれていない。


 普通は私くらいの年代なら婚約者がいて当たり前だけど、全く影も形もない。どういうことなのか。もちろん生まれてからのことだし諦めてるし、頑張って就職先で努力した。お金をためないと、結婚なんてできるはずもないのだから、私も必死だ。まだ諦めていない。あと、最悪できなくても、お金は大切である。だからこそ、努力したし、この家の、まさかの第一夫人つきになれた。


 シャーリー様は貴族ではないし娼婦の娘だ。だけどその娼婦な大奥様は単なる娼婦ではなく、とんでもない額の高級娼婦で、その種は貴族のもので間違いないという噂だ。貴族は政略結婚が多いけれど、かといって火遊びで問題を大きくしてはいけないので、同性愛か、そうでなければ絶対に後腐れがない高級娼婦しかない。

 なので赤子時分から引き取られたシャーリー様が貴族と結婚しても、それほど大きな問題はない。血を重視する貴族において、男親が貴族ならば、そのほかの問題は男性側が望むなら大抵の希望が叶う。親が分からないと言っても、血と育ちが確かなので、私もこの家に来るまではよその貴族の家に入るのだと思っていたくらい、普通に貴族になるとは思われていたし、仕えるのにも抵抗はない。高級娼婦を利用できる人間なんて限られているので、私より上位の血を引いている可能性の方が高い。


 この家に来るまでは、娼婦の娘らしいとんでもない娘だ、と言う悪評もあったけれど、実際に会うとそうでもない。すくなくとも、もっとたちの悪い貴族を私は知っている。

 と言う訳で、仕えるのに不満はない。ないけど、勝手に人を恋愛経験者みたいに扱うのだけはやめてほしい。そんな経験一度もありませんとか、自分の口から言えるわけもない。


「最近では、手紙自体に加工をするというものが、流行しているようですね」

「どゆこと?」


 例えばそれこそ、以前やったように押し花をつけたり、絵を書いたりというようなものだ。どうして私はまだ相手もいないのに、文の流行を追わねばならないのだろう。むなしい。でも目を輝かせて、いいね! と言われると嬉しい。今後も調べてしまう。


「後はそうですね。刺繍をしたハンカチなどを一緒にしてもいいでしょう」


 これは昔からの定番だけど、しているのは知らない。と言うか最近まで刺繍も許可が出なかった。部屋の中で手持無沙汰で、文字を読むのはつらいと言うことで、子供の為にも必要だからと許されたのだ。

 一般的には、婚約時に済ませることだけど、まだなのだからいいだろう。ここまですれば、報奨は固い。


「それいい! さすがシスティア! 早速昼からしよう!」

「はい、手配いたします」

「ありがとう、システィア」


 ……まぁ、それでも、内容は置いておいて、頼られて悪い気はしないのだ。

 あともう一つ、不満を言うなら、私の相手を見つけてくれたらもう言うことはない。ないのだけど、シャーリー様の基準で探されても不安しかない。クリフォード様のような男性にそのような気遣いはないだろうし、自力しかないだろう。


 本当、頑張ろう。だって、私も半ばあきらめていたけど、シャーリー様の幸せそうな顔見てたら、正直やっぱり結婚したいなって、思うから。

 ああ、結婚したい。できればいますぐして、シャーリー様の第二子に備えたい。もう一人目は無理でも、乳母になれたら嬉しいんだけど。いい相手いないかなぁ。


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