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愛を込めて

 翌日、クッキーをつくり、花束も届いたのでこっそり室内に運ばせ、準備は万全だ。後は旦那様が来るのを待つばかりだ。


「はー、どきどきするぅ」

「シャーリー様、落ち着いてください」


 旦那様を待つだけなので、もういなくてもいいんだけど、旦那様が来るまではとシスティアが傍にまだいる。でも緊張を紛らわせるのにちょうどよかった。

 システィアが背中をさすってくれるので、俺は合わせて手のひらに名前を書いて飲み込む。これでよし、と。


 旦那様、早く来ないかなぁ。どきどき。

 そわそわしていると、旦那様がついにやってきた。システィアが入れ替わりに出たのを確認してから、いそいそとお辞儀をして、淑女っぽくお招きしてみた。

 席につかせて、お茶を入れる。まずはクッキーを食べて雑談をして、油断させるのだ。


「旦那様、今日もお疲れ様。まだこれからも頑張れるようにサービスしてあげるね。はい、あーん」

「……ふん」


 旦那様は黙って口を開ける。しかめっ面して、可愛いんだから。

 そっと入れると、旦那様は無言のまま咀嚼する。もぐもぐしていて、もっともっと口に入れたくなる。


「美味しい? 旦那様の為に頑張ったんだから」

「ふん。まぁ、悪くない」

「でしょでしょ」

「ふん。仕方のないやつだ。ほれ、口をあけろ」

「あ、はい」


 別に言ってないのに、リクエストした風に言われた。でもしてもらえたら嬉しいし、いいか。

 口をあけると、旦那様がそっと優しく舌の上にのせてくれた。


「んー。美味しい」


 そうして何度か食べさせあって、無くなったところでいよいよだ。旦那様がお茶を飲み干す前に本題に入ろう。


「旦那様、それじゃ本題に入りまーす」

「ん? どうした?」


 立ち上がって、ベッド脇に置いて布をかけて隠しておいた花束を背中に隠し、そっと旦那様の前に立つ。


「あのね、旦那様。昨日、アンジェリカに押し花をつくるために花屋に行ったんだ」

「そうらしいな」

「うん。それでね、はいっ!」


 ぱっと花束を前に出そうとして、大きすぎてベッドに引っかかった。し、しまらない。何とか旦那様に差し出す。


「どうぞ、旦那様」

「花束、か。どうしたんだ?」

「知らないの? 花束と言えば、愛をつたえるためのマストアイテムだよ。これだけたくさん愛してますってことなんだ」

「あ、愛か」

「うん。花屋にいて、思いついたんだ。旦那様に送ったら、喜ぶかなって思って」


 ここまで言ってから、少し気恥しくなって、花束を揺らして誤魔化しながら、言葉を続ける。


「だから、その……旦那様、愛してます。私の気持ちを、受け取ってください」


 旦那様は戸惑っていたみたいだけど、私がそういうと、そっと受け取ってくれた。旦那様が持っても大きい。こんなに私の愛って大きいんだ。ふふふ。なんてわかりやすい。


「シャーリー、その、ありがとうな」

「あ、ど、どういたしまして」


 めちゃくちゃ素直にお礼を言われて、戸惑う。あれ、旦那様、いつもと違う?

 しかめっ面じゃないし、むしろ、微笑んでいる。う、笑顔、めちゃくちゃ格好いい。はああ。なにこのイケメン。どきどきする。


「きょ、今日は素直だね、どうしたの?」


 ってあああ、つい、生意気な聞き方してしまった。旦那様じゃないんだから、先に素直に言えばいいのに、いくら疑問に思ったからって。言い方があるのに。

 と後悔する私を無視して、旦那様は依然微笑んだまま口を開く。


「ああ……嬉しいからな。お前はいつも、まっすぐだ。眩しいくらいに。だから、俺はそんなお前が愛おしい」

「!」


 こ、声が出ない。え、俺がねだったわけでもないのに、愛おしいとか言われた! え? う、嬉しいけど、なんか恐くなってきた。


「俺はいつも、しがらみや位に捕らわれ、お前のように振る舞うことはできない。例え二人きりでも、だ。染み付いたプライドが邪魔をする。だが、お前は、そんなもの何もない」


 俺もプライドがないってわけじゃない、と思うんだけど。うーん。まあ、旦那様に愛を伝えるのは恥ずかしい以外に抵抗はないけどさ、でもついさっき、嬉しいより先に素直だねとか言ってしまった身としては、素直に喜びにくい。

 でも、そんな風に思ってたんだ。旦那様って、そう言う感じであのツンデレしてたんだ。ただの恥ずかしがりやかと思ってた。


「シャーリー、だから絶対に、お前は俺のものにするつもりだった。ずっとそう思っていた。例えお前の心が俺になくても、お前の全てを束縛して、力を無くして逃げられなくすれば、永遠に俺のもので、それでいいと思っていた」


 なんつーこと言ってんだ。ツンデレじゃなくて、もしかしてヤンデレ? 

 いや、まあ……最初に、結婚する前にそんなこと言われたら引いてたし、逃げようとしたと思う。でも今は、聞いてもちょっと呆れるけど、どんだけ俺のこと好きなんだよって呆れで、別に嫌とかはない。

 と言うかむしろ、そんなに私のこと好きなのかって、ちょっとドキドキする。


「だがお前は、俺を愛してくれた。これが、どんなに嬉しいか。お前は、何の関係もないアンジェリカの用事として出掛けた先でも、俺のことを考えて、花束を注文した。それが、どんなに特別か、お前自身にはわからないだろう」

「えーっと、私にとって旦那様は特別だから、普通じゃない?」

「そうだ。そう思っていることが、何よりも、嬉しいんだ。前よりももっと、お前が愛おしい」

「そ、そうなんだ……」


 う、はずかしい。でも、すごい嬉しい!

 何にも深く考えてなかったけど、旦那様にとってはそれこそがよかったんだ。そして、愛を伝えたいって思いは、それこそこれ以上なく伝わったんだ。

 嬉しい。伝わったのも嬉しいし、それを旦那様が受け入れて、笑顔でそれを返してくれる。こんなに最高なことってある!? これ以上、凄いことって、ないよ。世界中で一番、素敵な奇跡が、今目の前で起こってるんだ。


「ああ、ありがとう、シャーリー。俺を愛してくれて、ありがとう。どれだけ感謝しても、足りないくらいだ」

「ど、どういたしまして」


 ああ、だと言うのに、なんと言えばいいのかわからない。旦那様が染々と愛情深く言ってくれているから、気安く愛してると応えるだけでいいものか、悩む。

 そんな私に構わず、旦那様はいっそう笑顔になって、花束をそっと机に置いて、膝をついて私の手をとった。戸惑う私をさらに無視して、旦那様は甘やかな声を出す。


「ああ。愛している、シャーリー。今更だが、今後もずっと、俺と夫婦でいてくれるか? 俺のずっと側にいて、俺をずっと見ていてほしい。俺と一緒に、幸せになってくれ」

「……は、はい! ずっと、幸せでいます! 旦那様と、幸せになります!」


 無理矢理で強引な結婚だった。当たり前のように言われて、プロポーズがないことだって気にしたことがなかった。

 でも、されたらこんなに嬉しいんだ! お互いに好きだって分かってて、気持ちを全部わかってて、当たり前のように一生一緒だと思ってて、それでも、言葉にされることが、こんなにも、嬉しい!

 胸がうるさいくらい高鳴っていて、震えそうだ。嬉しすぎて、涙が出てきた。ああ、こんな幸せが、この世にあるなら、生まれ変わって本当によかった! 生きてきてよかった!


 反射のように頷いて、旦那様の手をぎゅっと両手で握り返す私に、旦那様は笑う。

 どちらともなく近寄って、口づけた。こんなに心がつながってするキスは、今までよりもさらに幸せな気分にしてくれる。もうそれだけで、全てが満たされる。旦那様への愛で、心が溢れて、止まらない。


 ずっと、旦那様と一緒に居よう。それだけで、私はずっと幸せだ。だから旦那様のことも幸せにしよう。ずっと、ずっと、旦那様に、思いのまま愛を伝えよう。

 旦那様に愛を込めて、思いを伝えて、愛を込めてもらって、もっといっぱいになった愛をまた込めて、もっと返して、そうしてずっと、傍に居よう。今よりもっと、明日よりもっと、どんどん幸せになろう。


 キスを終えて、唇を離して、それでも至近距離で見つめあったまま、しばし無言になる。だけどすぐに耐えられなくなって、私が先に口を開く。だって無理だ。こんなに溢れる愛を、伝えずにいられない。伝えずにいたら、体が愛で破裂してしまう。


「旦那様、愛してる」


 馬鹿みたいにシンプルで、でもこれ以上ない言葉。愛を込めて、もう一度、口づけた。旦那様は微笑んだまま


「俺もだ。愛している」


 と言って、俺に愛を込めて、口付けをかえした。それを何度も何度も、繰り返した。








 その後、あまりに遅いので執事に声をかけられて、延々と続きそうな口付けの応酬は終わった。それから旦那様はあの甘い言葉が嘘みたいに、また恥ずかしがって、素直じゃないことを言ったりもするけど、時々は素直になってくれることもあった。


「旦那様、大好き!」

「ふん、当たり前のことを、わざわざ大きな声で言うな」


 そんな旦那様のことが、大好きだ。愛してる。

 きっと俺は、旦那様に出会うために、生まれてきたんだ。旦那様の為に、前世を持って生まれたんだ。だからずっと、伝え続けよう。愛を込めて、愛を伝えよう。


「旦那様、愛してる!」

「ふん……俺もだ」


 ああ、世界一、愛してる!

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